mission15:不躾王子を今から追い出せ!
【マーズ家;第三応接室】
第三応接室、ここは団体での利用も可能な程広く、家長であるジェームズ公爵の代では要人が度々訪れた。
あの歴史上最も有能と名高い皇太后も、来訪の際はここで過ごしたという。
そんな歴史ある第三応接室は、伝統を重んじたインテリアで、無駄なものがなく格式高い要人専用応接間だ。
アンティークの家具は、代々大事に使用されていて、その貴重さが伺える。
王子が来る際にのみ、この部屋は開かれ、その間、長兄次兄、トワイライトの三人と王子は、若年者同士もあり、仲間内で思い思いに利用する場所となっていた。
王子が来ると、普段は利用されていない畏った部屋から非常に砕けた雰囲気で話す声がいつも飛び交っている。
叔父は、その状況をあまり良いと思えなかったが、何も言えずに放置していた。
彼ができることは間接的に挨拶すること、それだけだった。
王子は、今回初めてマーク伯爵を連れてマーズ家を訪れた。王子はいつものように我が物顔でその応接間で彼女の到着を待っている。
寛ぐ王子とは対照的に初めて訪れた邸宅でマーズは、その状況に少々気後れしながら、姿勢を正して同じく屋敷の人間を待った。がだ内心はそんな時間すらもったいないと煩わしくも感じていた。
(そうこうして居る間に、捕まった犯人は息を吹き返すかもしれないというのに、この時間が一体なんなんだ。
王子がいう通り、この首都には首都ならではの戦いがあり、戦い方がある。
北部の冷たい風に吹き荒ぶ故郷で必死に生きる人達をいくら懐かしんでも、ここには生緩い紅茶にいつまでも浸っている人間しかない。どうすれば良いものか。)
時折、彼の首を掻っ捌く想像をしてしまうマークが、今回も7回目の王子の首を切り落とす想像を一度見た後、そんな腹持ちをおくびに出さず平然と紅茶を飲んでいると、執事が入ってきてエルカルロからの言付けを伝えた。
「エルカルロ様は、今回も執務が多忙で直接ご挨拶ができない事をご容赦くださいとの事でした。」
「ああ、彼はいつも忙しいと知っているのに、私がトワイライトに予定を伝えたら気が済んでしまうからな。
トワイライトもそそっかしく、いつも周囲に知らせるのを忘れるようだ。
そうそう今回は、マーク伯爵も連れてきたんだ。マーク家の兄妹達もこちらに来るよう伝えてくれ。」
するとパタパタと可愛らしい足音がしたと思ったら、応接室のドアが開き、天使のように愛らしいトワイライトが顔を覗かせ入ってきた。
まるで幼子がするようなその振る舞いに気後した伯爵とは全く正反対の反応を王子は見せた。
「殿下ぁーもう今回も急だったからみんなに伝えるの忘れてましたよぉー。兄達は先ほど出かけてしまわれたばかりですわ。」
前日に殿下が来るのは知らされているにもかかわらず、白々しくトワイライトは困って見せた。兄弟達にも無論殿下来訪の件は伝えていない。伝えるつもりもないのだが。
「そうかそれは残念だ。伯爵を連れてきたから、紹介を兼ねて親睦を深めて欲しかったんだが。
いつも其方には事前に伝えてはいるが例え気が向いたまま来ても、其方は綺麗だから何もせずとも、支度は早いだろう?」
「私は、そうですが、あの、アメリアお姉さまはそうじゃありませんもの。
いつも、日が暮れると思うほど時間を掛けて、結局殿下が待ちくたびれて帰られるじゃないですか。
嬉しさのあまり必死に準備した姉が殿下の去り際だけ、挨拶を交わし見送る姿がもうおかしくて。」
「あぁ、一生懸命準備をしたと言わんばかりに、息を上げて走ってくる顔を見ると、なんだかいつも急に帰りたくなるんだ。」
「じゃぁお姉様が殿下を帰らせてしまっているんですね。私はもっと長くお側で話したいのに。
本当に相変わらず私の邪魔ばかりするので困っています・・・そういえばこないだも・・・」
口を膨らませながらコロコロと表情を変える様子や婚約者がいる身にもかかわらず、隣に座るトワイライトに終始疑問符が生まれるマーズは、これまで王子に一度も一礼せず、それどころか帝国の挨拶もしないまま許されているのが気になった。
’まるで家族のように近い存在だが、彼女は王子と血のつながりがあるのだろうか。’
トワイライトの取る言動が理解できず、伯爵は何かその理由があるのかと思案しながら彼女を見つめていると、その視線に、トワイライトもすかさず反応した。
「マーク伯爵様、そんなに熱心に見つめられては穴が開いてしまいますわ。私も伯爵を見つめて差し上げます。」
というと急に彼女は伯爵の方に身を乗り出し、顔を近づけた。
「・・・・・。」
パチパチと目配せさせ、彼女はマークに返答を求めているようだが、何を言いたいのかわからず、彼女から目を逸らした。彼女は微笑んで腰を下ろすと、その様子に王子が呆れ顔で彼女にフォローした。
「すまない、トワイライト。お前が知る紳士の中で彼だけはお前が何をしても、君の望む返答はないぞ。女とろくに喋れない所か、感情と表情の欠如が著しくてな。気にしないでくれ。」
「えー!いいと思いますよ!私、実は寡黙でクールなお方が好きなんですもの。何を考えている分からない横顔ってかっこいいですよね。」
「かっこいいだと?・・・お前は、この男が好きなのか?!」
「違いますよ、マーク伯爵の様なタイプが好みとお伝えしただけですわ。殿下は殿下のままで十分素敵です。」
「そうすぐに好みだとかいう表現をするのは、他の令嬢を探してもお前だけだな。
男はすぐ調子に乗る生き物だから、そう、簡単に男を褒めるな。」
「じゃあ、殿下にだけならいいのですか?」
一連の流れを仕方なく見ていたマーズはここまでの図々しい彼女の態度の訳を理解した。
(殿下と血のつながりがあるから親しいのかと思ったら、そういうことか)
彼らのやり取りを、伯爵は終始冷めた感情でこの時間をやり過ごす。一体、殿下は何故この私を拘束しているのか益々疑問が増すばかりだ。
(確か、婚約者は姉の方ではなかっただろうか。
まるで妹が婚約者の様に見えるが、そうでは無いらしい。
姉の方は、どんな方だっただろうか。色々と問題があると、以前噂で聞いたことがあった。
皇太后の推薦を受けるほど有能な淑女だと聞いたが、精神的問題を抱えているとか、容姿が醜悪だとかそういう内容だっただろうか。
だが、前者に関しては先ほどの話といい、目の前の光景と言い殿下の方に問題があるのでは・・・。)
二人が談笑に花を咲かせている中、再び、執事がノックをし入室した。
「アメリアお嬢様から、伝言を賜りました。」
「ああ、アメリアか。はぁ、今日も随分とかかるのだろう。いいぞ、私は優しいから待ってやろう。」
「いえ、体調が悪いので、今日はお会いにならないとの事です。」
二人は安堵した様に快諾した。
「そうかそうか、今日は体調が悪いなら仕方あるまい、せっかく来たのだからトワイライトとココでゆっくり過ごすとしよう。」
トワイライトはあからさまに嬉しそうにはしゃぎ始め、マークは一見動じず無表情だが、内心落胆で肩から崩れそうになった。
執事は、アメリアの発言を言付けたにも関わらず、帰る素振りが見られない。
トワイライトは邪魔者とばかりに、「早く下がりなさい、失礼よ。」と声を掛けた。
執事は意を決してさらに話を続けた。
「こ、今後殿下と言えど事前謁可なしの急な来訪は、緊急事態でなければお会いにならないとの事でした。」
皆がその言葉に耳を疑う。あまりにも失礼極まりない内容であり、殿下にそんな不遜な態度を取った人間は過去に一人もいないからだ。
トワイライトはここぞとばかりに反応した。内心、状況をより荒立てようとも考えた。
「なんて無礼なの!?皇太子殿下が来られているのよ。ご挨拶もなしに謁見拒否して、それこそ許されると思っているの?!この国の王子なのよ!
しかも今後はアンソール様の方が、事前にお姉ちゃんに謁見申請しなければならないなんて。あなた何を言っているかわかっているの?!
不敬にも程があるわ!!あなたもちゃんとお姉様に伝えたの?!」
トワイライトの発言がよりこの部屋の緊迫感をあげた。
(これまで殿下に一度も挨拶をしていない妹が、姉の対応は酷く避難するんだな。)
マークはトワイライトの姉への激昂ぶりに違和感を覚えた。
執事は必死にこの状況を説明するので必死だ。
「はい!ですがご挨拶ならトワイライトお嬢様が対応されるから問題ないと。加えて法律の観点からも問題ないとお伝えされまして。」
「何?!あいつは私の婚約者なのだぞ!法律ならこれはまさしく不敬罪だ!」
「それが・・・この度、アメリア様はこの部屋の管理責任者となりまして、その責任者とのアポイントなしの面談はマーズ公爵家の「資産防衛法第12条」に基づき一切禁止するとの事です。ですので応接室使用の際にも責任者の許可が必要になります。」
「な、なんだ!?」
「資産防衛法?!」
皆が聴き慣れない名に虚を突かれていると、執事がある文書が王子に手渡しした。
(資産防衛法)・・・それは資産の所持・維持について個人や公人、場所や物品などあらゆる資産に用いられ、様々な防衛についての規約事項が制定されている法案で、機密事項の多い場所や屋敷も準ずる。
主に場所であれば、機密情報機関がある施設や要人が招待される個人邸宅なども含まれ、マーズ家はその後者に当てはまっていた。
さらに人に対しても、それは効力を持つ。
所属する職業では保護が難しく、重要資産と関わりのある人物で、有名著名人、個人資産が数十億円以上有する資産家、国の文化遺産保護を担う職人も含まれる。
主に、その者達の心身を保護する目的に活用され、人を指定する場合はその目的にふさわしい理由と推薦保証人が必要だ。
資産保持の責任者2名以上の署名があれば、その法律に基づいて立ち入りを管理する場所を指定できる上、その重要責任者となればその要件で人にも効力を持たせる事もできる。その場合は、建物の資産の重要性が求められるが、認められれば可能だ。
『それが「資産防衛法12条」である。
王子に手渡されたのはその法案を申請した旨の控えだ。
その紙にはマーズ邸管理代理人にエルカルロの名前が、応接室責任者にアメリアの名前があった。
そう、この応接室を公的利用も行われる重要資産及び機密事項を要する重要性の高い場所に指定されたのである。
その管理者であるアメリア・マーズも保護対象として。
だが、法案として通すには、最終的に結を下す者の認証が必要だ。
これは「王族直属の地位が必要」なのだが、それも問題なく降りたとの事で連絡があり、これは異例とも言われる速さだった。
本当なら一週間以上はかかる申請を、何と半日で完了させた。
「近日中、正式に許可証が発行されますと、殿下とてこの場所の立ち入りできません。」
「なんだと!私は王子だぞ!不敬罪だ!あいつをひっ捕らえよ!」
「できません。これは皇太后直属の宰相からご連絡があったのです!皇太后は、この申請を可決されました。」
執事の発言に呆気にとられる王子とトワイライト。
それを横目に北の暴君は、今度はわかりやすく肩を揺らして笑った。
外目には、悔しがっている素振りに見えるが、伏せた顔を手で塞いで口が緩むを見られない様と実は必死だった。
久しぶりに愉快な思いをしてしばらく肩を揺らした。
(アメリア・マーズ、頭が切れるだけじゃ無い。私ができぬ首都なりの戦い方を心得ている、この国の王子をこんな風に追い出されるとは前代未聞じゃないか。
たとえ権力者でも、’no’を叩きつける事ができる令嬢がこの世にいるとは・・・。)
マーク伯爵は、この時という存在をしっかりと認識した。そして急激に興味を惹かれるのを感じた。マークが戦事以外に興味を持つのは初めてのことだった。
彼はトワイライトに慰められる王子を放置し、早速彼女に会う申請をする為、自分なりの首都での戦い方を見つめ直すためマーズ家を後にした。




