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 Mission1:危機的状況を把握せよ!

「私の将来の夢」そんなタイトルで、小学生の頃に作文を書く授業がある。

 自分の都合のいい解釈で世の中を見ているまだ世間というものが何かもわからない齢の若造が、自分勝手気ままに描いたそんな創作物に、しばし犯罪者の幼少期の価値観に投影される事あるが、一体どれほどの根拠があるだろうと日々思っていた。


 将来を正しく見据えることができないから「幼稚」だと言いたいのか、決めた夢を叶えることができない体たらくさを犯罪因子としたいのか。

 いずれにしても幼少期の作文如きに深い意味を持たれては彼らはおちおちそれを書くこともできないだろう。

 

 そして、もう一つ。全くもって理解できないことがある。

 子供の頃に描いた夢が全てだと思い込み、それを何がなんでも実現しなければならないと思っている人間がいる。

 それは本人かもしれないし、親族かもしれない。

 

 可哀想なことにそのタイプに該当するものに身に覚えがあるなら関わる者にさぞ同情する。

 なぜならその手の人間は、「子供の頃に決めた」この一点にのみに重きを置き、子供の無邪気な発想を神のお告げと信じ疑わないからだ。

 途中で価値観が変わることも、現実が見えたことで自然と消化する選択肢も全て無視して、「子供の頃に決めた」その動機だけを一筋縄に自身か、はたまた発したその子にデッドオアライブの綱渡りをさせる。

 

 では、そこまでして追い込んだ先には一体何があるのか。

 仮に実現させたとして、実現した途端にゴールテープを切ってしまう夢に、一体どれほどの価値があるのか。 

 この世界の一番困難なことは、無謀な夢を叶えることじゃない。

 ’無理だと思うことをやり続けること’。それはどんな人間でも等しく同じにある常識だ。

 

 無理を続けて、幸せになることがあるだろうか。

 あるかもしれないが、なくてもいい幸せじゃなかろうか。考え方次第でもっと楽に幸せになる方法など五万とある。

 だが、違う。

 その手のタイプは、他に幸せなんてないと思い込む。選択肢がそれ以外ないと本気で信じ切っている。

 そして私もまた、この議論の矢面に立つ一人。

 

 警察官の父を持つしがない少女が、父の影響でハマった映画の主人公に憧れ、それを「私の人生」と称し作り上げた創作物を、あろうことか父が出席している授業参観で発表し、その内容に感化された父により、その日から叱咤激励と血の滲むような努力、数多の裏工作で、なんとか実現と祭壇に立たされたこの私。

 

 夢の道程でもう親子関係とは呼べばいほど険悪な関係と化した父と、現状を維持する為に日夜命と等価交換の業務に赴く娘。

 ここまでして手に入れたというのに、当の本人は親戚の集まりで高級取りの娘を自慢する事しか使い道を知らないから滑稽だ。それほど私の職業が、秘密事項の多い業務を要するからだが。


 私の職業は危険な交渉場所に向かう「ネゴシエイター」だ。

 この国にも存在疑問視されるとほど、公でない存在だ。


 私は、組織の中の特殊部署の一員として凶悪事件の被害を最小限に止めるのが仕事。

 自爆テロ、立てこもり、銀行強盗・・・危機的な状況はいつだって前触れもなく訪れ、その使命はいつもこちらが先に捧げなければ成し得ないものばかり。

 故に極限状態で私の才能が開花したのかもしれないが。


 それは「軍師」としての才だ。

 恐怖や責任で翻弄されるのは、犯人にまんまと利用されてしまう。

 だが犯人の意図する事を理解しその上で行動すれさえすれば、要求も逃走もこちらの掌で転がす事ができる。


 皆が守っている日常を私利私欲の為に危険なダンジョンへと変貌させる犯人の身勝手な行動への怒りが私の軍師への才を目覚めさせたのだった。


 ー・・・


 だから、バスジャック犯との長時間ドライブの末、乗客を皆開放させ、逃亡犯を追い込みその過程で死んだ私は正しく英雄だろう。

 何より着かぬはずの父娘の夢の道程に決着をつけた。さぞ優秀な娘として名誉勲章を頂けるに違いない。

 

 (・・・死んだ後にもらっても意味がないんだけど。せいぜい、実家の仏壇に遺影と一緒に飾る手土産が一つ増えただけだろうし。青春を無駄にし、一重に人の命を優先にして生きてきたけど、私の命もまた「尊重」される立場ではなかっただろうか。)


 バスジャック犯を追い込んだ埠頭、暗闇大量の照明が照らされる。

 唐突の発砲でで吹っ飛んだ身体は海へと投げ出され、哀れな身の上を心の中で嘆きながら落ちていく。広がるシミの様に夥しい出血は、暗い冷たい海の中で英雄とは程遠い感情とともに垂れ流している。

  

  ’父の望みなどどうでもよかった・・・それよりももっと自分の人生を楽しみたかった・・・’

  私はそんな重い重い後悔を、沈む体の枷にするように唱え続けた。

  そのおかげか、容易く海の底へと落ちていった。

  ・

  ・

  ・

 眩しくて仕方のないほど真っ白な世界。

 私の意識体だけふわふわと浮遊しているような感じたこともない感覚。 

  ・

  ・

  ・

 (ここが天国・・・)


 「いや、違う。ここはまだ、天国じゃない。」


 (!)

 

 「だ、誰?!」


 気づくと、今自分が目を開けているのかすらわからないただただ真っ白の眩しい世界が広がっていた。刹那、誰かが急に耳元で囁き始めた。


 「はざまだ。女よ。君の救った命が本来一度は還るべき場所だ。

 私の仕事を減らしてくれた腹いせといおうか。お前には私の気まぐれに付き合ってもらう。」


 「えっ!?どういうこと?!」


 「さぁ? 君の質問に答える気はない。しかし、君の知った世界を用意しよう。精々そこで、人生という物を噛み締めてこい。」


 声の主は、私の理解を求めず一方的に話を終えた。

 その性別不詳の声は意味深な言葉を残すと体は瞬く間に下に下に落ちていった。


 真っ白だった世界は一気に一寸先をも見えぬ暗闇へと転化し、今度は息つく間もないほど落ちて行く。

 あまりの速さと重力に再び意識を失い、そしてある時目覚めた。


 「こ、ここは・・・・?」


 心の呟きはひどくしゃがれた声として、発せられた。

(よかった、声帯は痛めていないみたい。)


 2・3度瞬きをする。この状況を理解しようと試みる。だけど、どうにもうまくいかない。やけに頭のモヤが晴れない。

 そして、唾液を飲んで咳付いてしまった。


 ゴホゴホゴホゴホ・・・・!!!!


 咳き込んだだけなのに、その拍子で全身が疼き出す。

 (あの海に落ちた衝撃がこれほどのものなの?!)

 体の損傷を確認する為に自身の肘からゆっくりと腕全体を確かめるように触れてみる。


 「!!!」

 私は自分のものとは思えないほど、細い二の腕を握り、目を開けた。

 ゆっくりと体を起こし、体の状態を確かめ筋肉のない細腕眺めた。

 (これほどまでに衰弱したのか。私は・・・)


 とりあえず治療をされている痕跡を見る限り病院だろう。看護師を呼ぼうと辺りを見渡す。

 だが、私の知った病院とはまるで違う様相に勝手がわからず戸惑った。


 (豪邸のような病室だな。殉職しかけるとこんな部屋まであてがってもらえるのか・・・)

 とにかく、早く誰かに状況を聞きたくて仕方のない私はベッドを離れた。

 と、引きつりを感じて脚を見た。関節と筋肉を無視して包帯が二重三重と巻かれている。


 (なんだこれは・・・)

 全身至る所に無知とも思われる場所にきつく包帯が巻かれている。

 巻かれた場所はを剥ぎ取り、痛みに耐えながら周囲を探していると鏡に写った奇妙な女が目に飛び込んできた。


 170㎝はゆうにある高い位置に取り付けられた金装飾の鏡に映し出された女。呼び止めるのを躊躇するほど奇抜な赤い髪と瞳の女だ。目を凝らして近づくと、映っているのが自分だと気づく。

 (なんだこのふざけた格好は・・・・)


 しかも、この全身に広がった青紫の斑点は一体なんだ。

 手足、腕、首筋から背中。

 そして唇はまで青みがかっている。

 

 !!!!!!!!

 (ヴヴヴ・・・)


 いきなり立ち上がったからなのか、それとも目覚めて最初は痛覚が鈍かっただけなのか心臓に激痛が走って思わず胸を押さえて蹲った。

 現状に戸惑っていると思いっきり音を立てて明け放たれた扉から、一人の男が鬼の形相でが勢いよく乗り込んできた。


 「いい加減にしろ!この愚か者!!!!」


 言葉と同時に放たれた左手が私の頬を強く叩いた。

 それはなかなか強烈な一打で、全く加減されていない一撃だった。

 おかげでどうにもぼーっとしてしまう私を諫めるかの如く鋭い刺激だが、怪我人にとる態度ではない。

 

 「いきなりどこの奴ともしれない男にはたかれるとは、ここの病院は相当な変態がいたもんだな。」

 とても立てる状態ではない脚を完全に上げ威嚇する。これは私がよく行う警戒態勢の一つだ。急な暴力に晒されて、呆然としてはいけない。


 「何だと?!兄に向かって変態などと!もう一度叩かれたいのか!」


 「・・・!!!?」


 先ほどから立て続けに起こる予想を裏切る事象に困惑していると、宣言通り、男の一撃がまたも飛んできた。

 今度こそと受け身を取ったが、彼の腕っ節は、私が咄嗟に取った受け身では到底叶うはずもなかった。体は宙を飛び、壁にぶつかって私は強く頭を打ち付けた。


 その瞬間、この体の持ち主の様々な記憶が走馬灯のように流れ始めた。

 倒れ込んだ私は衝撃で、くたっと首を擡げた。



 「死んだか」


 男は鋭く私を見下ろし、まるで同様一つ見せない表情で壁に寄りかかる彼女へと近づいた。


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