七尾
(ここら辺ですかね……)
かぐやに案内されるままに、全力で大学から街中を突っ走ってきた。
駅前の喧騒地帯からやや離れた人気のない路地裏。自分の心臓の音がうるさく聞こえる程、静寂に包まれている。
そして、人ひとり見当たらない。何かが起きた形跡もない。
辺りを見まわし、とりあえず胸を撫で下ろす。何らかの事故に巻き込まれた訳ではなさそうだ。
「いきなり血まみれの七福さんとご対面でなくて、とりあえずよかったよ」
(…………)
かぐやは険しい顔を浮かべながら、押し黙っている。……というより、何かに集中している。
「どうした?」
(気づきませんか? この場の違和感に)
「違和感……?」
かぐやに言われ、もう一度辺りを見回す。
夕方に差しかかり、日差しの通らない路地裏の様子は視認しにくいが、特段変わった様子はない。
俺は深呼吸し、目を閉じる。
集中しながら、辺りを探るように意識を少しずつ空間へ飛ばしていく。
すると、歪な何かを感じた。
「なるほど。空間のねじれか」
(そうです。この世界から、どこか別の世界へ繋がる空間があります)
「……たくっ。異界かよ。神隠し系は面倒くせえな。低級の神ならいいが——」
(翔也様、覚悟をお決め下さい。気づいているんでしょう?」
俺のぼやきを遮るように、かぐやは被せてくる。
……気づいている。
出来れば、勘違いであって欲しかった。ただ、そのかぐやの言葉で確信に変わった。
この空間の捩れ。作られた異界への入り口。
そこから微かに感じるのは、妖気。
そして、この妖気を俺は知っている。何度も接触している。
その妖怪は、人間に電話をかけながら恐怖心を与えつつ、逃げ惑う先に異界を作り迷いこませる。
そして、その人間の恐怖を楽しみ、絶望を与え、残酷な手段で人を狩る。かの有名な、都市伝説だ。
「……かぐや。戦闘体制に入る」
(すぐにお済ませ下さい。その間に、隠された入口をこじ開けます)
俺は大きくため息をつき、呪符を用意する。
「真刀娑婆訶」
具現化された刀を見て、心が揺れる。
この刀で、あの子憎たらしく、身勝手に笑う金髪の頭部を落とさなければならない。
怪異に情を沸かしてはいけない。
物心つく頃から散々教えられてきたことに歯向かった代償が、ここにきてのしかかってくる。
それでも、俺はこの道を選んだ。
だからこそ、覚悟を決めなきゃいけない。
「かぐや。俺は、間違っていたのかな」
(らしくありませんね。今は、あの小娘の救出だけを考えましょう)
「……だな。行くぞ」
気づくと、空間の捩れが具現化され円状に渦巻くワープホールのようなものが浮かんでいた。
メリーも仕事が雑だ。こんな短時間で暴かれるような異界なんて、陰陽師のいる町で通用する訳がない。
「あのバカっ……ツメが甘いんだよ」
結局、情が捨てきれていない自分に苛立ちを感じながら、俺は頭の中に一つの言葉を浮かばせていた。かつての掟だ。
"問答無用"
◇◇◇◇
円状に渦巻くワープホールを抜けると、見慣れた景色が広がった。
いつもの木々。いつもの遊歩道。せわしく並ぶ店達。よく見る駅前の光景だ。
ただ一つ違うのは、一切、人の気配がない。
この世界が、現世に似せた作り物だということはすぐにわかった。
「こうやって現世に似せた世界を作って、逃げ惑う姿を楽しむのか?」
(タチ悪いですね。……翔也様、一つ良い報告しましょう)
「なんだ?」
(小娘の気配を感知しました。無事です)
「……よかった。急ごう、先導してくれ」
かぐやは七福さんを感知したと思われる場所を目指し、ふわふわと飛び始める。
その横をつくように俺も走り出すが、かぐやの様子がおかしいことに気づいた。
またもや、眉間にシワをよせ険しい顔を浮かべている。
「どうした?」
(今度は悪い報告をします。小娘の気配がおかしいです)
「おかしいって……何が? 危害を加えられてるってことか?」
(表現しにくいですね。とにかく気配自体が変化しています。何か別の存在へと移り変わっていくような……」
「なんだ、そりゃ」
かぐやも今まで経験したことのない感覚に、戸惑っているのだろう。
かぐやにもわからないことは、当然俺にもわからない。ここで更に頭を悩ませても仕方ない。
それ以上は追求せずに、俺はただ無心にかぐやについて走り続けるしかなかった。
(ここです)
「アパートか……」
ここまで来たらさすがに俺も感じることができる。
四室に別れた小綺麗なアパートの、一番左の一室。そこから溢れ出す、歪なオーラ。
間違いなく、中で何かが起きている。
俺はその一室の扉のドアノブに手を伸ばし、大きく息を吸った。
「行くぞ」
(はい)
勢いよくそのドアを開ける。
中はやや広めのワンルーム。そこにいた見慣れた金髪ギャルは、俺達にすぐに気づき笑顔を見せながら振り返った。
「おっ、翔くん! 遅かったね!」
俺は握っていた刀を、更に強く握りしめる。
覚悟は決まっていた。
……だが、メリーのその先に見えた人物を見て、異常事態が起きているのをすぐに察知する。
そこにいたのは、五体満足の七福さんだ。
ただ、そこに広がっていたのは無事を確認して安堵できるような光景ではない。
「翔也くん……翔也……翔也くんっ!! 翔也っ……翔也……翔也っ!!!!」
俺の名前を狂ったように叫ぶ七福さんからは、あり得ない量の妖気が放たれていた。
そして、この妖気は……いや、俺はこの姿を知っている。
彼女は、紛れもなく七尾を背負っていた。
タダイマ




