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ある猫の記憶

作者: FURU

 一番古い記憶は、秋の山。

 小さな川沿いの灰色の道の上にたっていた。

 あてなどなく、ただうろうろする。

 そこに、白い大きな塊が、ものすごい速さで通り過ぎていった。

 恐ろしくて、でも、どうすることもできなくて。

 どこいくこともなく、うろうろ、うろうろ。

 暫くすると、さっき通り過ぎていった塊が反対側から、またやってきて、近くに停まった。

 その塊、あとで、同じ生き物のおばちゃんから教えてもらったのは自動車。

 その白い自動車から、二本足で歩く生物が二匹出てきた。

 その生物は「人間」。

 その内の一匹がわたしを、その大きく、暖かい手のひらで包み、抱えあげた。

 近くに同生物の親兄弟がいたかも、何故そこにわたしがいたのかも、わからない。

 普通なら記憶に残らない、幼い時の鮮烈な出会い。

 そのときわたしは、家族になった。

 人間はわたしを抱えたまま、自動車に乗り、どこかへ向かった。

 その間わたしは自動車の唸り声に怯えた。

 やっと唸り声がとまり、人間が降りた場所。

 そこがわたしの住みかになった。

 高いところの眩しい玉が朱くなる頃、わたしを連れてきた人間より小さい人間が二匹やって来る。

 雄と雌が大小二匹。

 これが、父、母、姉、兄。

 わたしの大きな家族。

 互いをオトン、オカン、○○、ボンズまたは□□と呼んでいた。

 だからわたしの、人間がいう鳴き声は釣られて、気がついたときには「オカン」になっていた。

 それからは、いくつもの季節の移り変わりを過ごし、沢山の学びと思い出を得た。

 最初の頃のごはんは牛乳と薄い味噌汁のねこまんま。

 匂いに釣られてこっそり食べたイカの姿焼きは、食べ過ぎて苦しくなってトラウマになった。

 それから、わたしの皿にあるもの以外には、てをつけなくなった。

 お気に入りの場所は、布団のしまわれた押し入れと、外で揺れる柿の木の枝がたのしい、陽当たりのいい棚の上。

 あるときは、オトンの遊んでいた透明な糸が身体に絡まってパニックを起こしたり。

 あるときは、透明な戸に閉じ込められて、パニックを起こしたり。

 あるときは、階段から転がり落ちたり。

 臭い虫で遊んで、匂いがとれなくてげんなりしたり。

 新しい紙の窓を破いて叱られたり。

 ごみ袋を穴だらけにして叱られたり。

 兄の足に爪が引っかかって、流血騒ぎを起こしたり。

 初めてリードをつけられて、外にでたときは、違和感から姿勢を低くして歩いた。

 ざっと思いだせるだけで色々いろいろ。

 冬の寒い日に地面が大きく揺れて、しばらく敏感になった時期。

 オトンが暫く遠くに行って、夜に寂しくなって電話をかけようとしたことがあった。

 そのあと、季節が一巡りして暑くなるあたり、お家が変わる。

 ジッチャ、バッチャが家族に加わる。

 最初は嫌われていたけど、仲良くなれた。

 家が変わってすぐ、珍しく開いていた玄関から少し外に出たら、わたしくらいの同族のわんぱくこぞうに追いかけられて、帰り道が分からなくなったことがあった。

 それから何日か、星空の下眠った。

 帰ったときは、兄に抱きしめられた。

 それから暑い季節のただ中、ジッチャが眠って、家族は悲しくなった。

 わたしには、ふわふわしてるジッチャが見えていたから、楽しく見ていたけど、一月とすこし、どこにもいなくなった。

 そのあとあたりから姉が他の家族を避けるようになって、オトンもオカンもイライラするようになって、兄も荒れるようになった。

 しょうがないから、それぞれを都度宥めた。

 そんなことがあってもわたしは変わらず、寧ろ広くなったお家を楽しんだ。

 木の床を、肉球を滑らせながら走ったり、そのまま柱をかけ上がってみたり。

 だんだん高くなっていく爪の跡に嬉しくなった。

 兄に撫でられているときに、バリカンの音にびっくりして、三段跳びしたあと腰が抜けたこともあった。

 他にも、車で出かけた先でトイレをがまんできなくなったり、船で海を渡ったり。

 大きくなった窓から小鳥を眺めたり、外で暮らす同族と話したり。

 その頃、知り合った物知りおばちゃんの娘と、特に良く話した。

 その子が、子を産み、産まれた子がまた、子を産むようになって、姉が家から居なくなった頃。

 ダイガクというところにいったらしい。

 バッチャもこのときには寝たきりになり、家にいなかった。

 わたしもその頃から年を感じ始める。

 目も見えにくくなり、ふらつくことも多くなる。

 以前から病院のお世話になることがあったけど、お腹を切る手術も経験した。

 兄も季節が一巡りする間、数回、一回数日しか家に居なくなって季節が五巡した頃。

 後ろ足の感覚が無くなり、自由に動けなくなる。

 オカンがお世話してくれて嬉しかった。

 十四回は季節が巡った。

 十分生きた。

 一時期わたしが居なければならなかった家族も、もう落ち着いた。

 大丈夫だ。

 それから、ある晩全身から力が抜けていって。

 母と父に見守られ、わたしは空に昇っていく。

 いつか見上げた、星空のなかにいる。

 良くみると沢山の同族たちがどこかに駆けてゆく。

 わたしも仲間に加わって、ある星の空につく。

 そこから思い出が溶けだして、記憶の波に身を任せ、眠る。

 ぼんやりする意識のなか、ゆっくりと、優しい輝きに包まれ、おちていくのを感じた。

 

 

 

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