9 バッちゃんの業
「それではこれで失礼します。」
2日後、俺達は古賀先生の依頼―――花時計の植え替えを行う為、放課後中庭へ。
すでに花屋が到着しており、今しがた苗や新しい土などを俺達に受け渡すとそのまま帰ってしまった。
「さてバッちゃん、私達は何をすればいいかしら?」
体操服姿のお嬢が軍手を付けて用意を始める。
「ちょっと待ってね。」
当のバッちゃんは受け取った花をあれこれ並べ変えながら考察中。
「少し時間がかかりそうね。イトケン、私達は今のうちに道具を取りに行きましょう。」
「君はこっちに・・・。君はどうしたいの?」と独り言を呟くバッちゃんをその場に残し、俺はお嬢の後に続き、更衣室の傍にある倉庫へ。
扉には『園芸部』と書かれた比較的新しい札が取り付けられている。
予め倉庫の鍵を借りていたお嬢は鍵を開けて扉を開ける。
「え~と、スコップはどこに置いてあるのかしら?」
プラスチック製の花壇やシャベルなどいろんな道具がぞんざいに置かれている為、中はかなり狭い。なので、お嬢だけが中に入り必要なものを物色。
その間、俺は外で待機していたら、
「ん?」
何かしらの視線を感じ、辺りを見渡す。
「あれは・・・。」
少し離れた4階建ての本校舎と準校舎を繋ぐ渡り廊下の3階からこちらを凝視する男子生徒の姿が。
(あれは大川君?)
「あった。これね。・・・・・・どうかしたのかしら、イトケン?」
「え、あ、実は・・・・・・って、あれ?いない。」
お嬢に呼ばれて視線を一瞬逸らしたら、渡り廊下の窓越しに見えた人影は消えていた。
(気のせいだったかな・・・?)
「ほら、ぼっとしてないで手伝ってイトケン。」
後ろ髪を引かれながら、お嬢が用意してくれた道具を持って来た道を戻る。
「うん、こんな感じかな。」
俺達が戻るとバッちゃんの考察は終えていた。
「お嬢、イトケン、おまたせ。」
「もういいかしら。」
「うん。じゃあ説明するね。」
ここからはバッチャンの指示の元、行動へ移る。
まずは花時計の花壇部分には番号を記入したマーカーを打つ。
「マーカーを中心に穴を掘ってそこに苗を植えて。苗の方にも番号を振ったから番号を合わせて植えてね。こんな感じで。」
バッちゃんが実演する。
その手際は慣れている。
「仕上げとかは僕が最後にやるから。わからないことがあったらどんどん聞いてね。」
大まかな説明が終わり、さっそく実践。
作業としてはそこまで難しくないのだが、初めてのことなので中々思うように先へ進まない。
そんな俺の状況を察してバッちゃんは「ゆっくりでいいよ。」と助言。
俺は丁寧に作業を行うことを心掛ける。
一方のお嬢は俺よりも手際がいい。
「お嬢、上手いね。」
「去年もやっているからよ。」
額の汗を拭いながら謙遜の言葉を口にするお嬢。
「そうか。もうあれから一年か~。早いものだね。」
バッちゃんのまったりとした口調。
しかし作業の速度は反比例。
俺とは雲泥の差だ。(それでいて俺よりも丁寧だ。)
「お嬢と同じ部活に入ってこんな風に土いじりをするなんて一年前までは想像できなかったよ。」
「本当にそうね。」
(一年前・・・・・・。俺が転入する前の話か。)
「貴方が地論部に入ることになるなんてあの時は想像もしなかったわ。」
「あはは、あの時は色々とご迷惑おかけしました。」
お嬢の冗談交じりのジト目に頭をかいて謝るバッちゃん。
「でもお嬢が地論部にいてくれて助かったよ。僕が副部長なんて務まらないしね。」
「それに関しては心中察するわよ。」
これはこの前聞いた話だが、地論部はニュートが最初一人で部を立ち上げたらしく、その後バッちゃん→ワトソン→ライダー→お嬢の順に入部。(ただお嬢は最初の段階で地論部には関わっていたらしい。)
なので、当初はバッちゃんが入部した順で副部長に就任したのだがニュートの傍若無人な行動に四苦八苦。
そんな経緯があってお嬢が入部と同時に副部長を交代(ついでに部長代理も兼任)したそうだ。
「傍から見ても可哀そうだったわね。あの時のバッちゃん。」
「あはは、でも、嫌とかそんな気持ちはなかったよ。寧ろ地論部のおかげでこうして楽しく学校に通えているよ。あの時の僕は色々やらかしたし、無駄に気を遣っていたから・・・。」
「本当に色々やらかしてくれたわよね。」
「本当に申し訳ございませんでした。」
お嬢の二度目のジト目に頭を下げるバッちゃん。
俺は2人の話を聞きながら黙々と作業を続けていた。
「あ、ごめんイトケン。置いてけぼりにしてたね。」
地論部に入部して分かったことだが、バッちゃんは周囲の空気に敏感。
気まずさを一早く察知し、空気を和ませたりしてくれる場面を多々見かける。
「いや大丈夫だよ。」
「そう。あ、それはね、こうした方がいいよ。」
バッちゃんの指導の元、手直しが入る。
「こうやって・・・。こうすれは―――ってどうしたの、イトケン?僕の顔をじっと見て。」
「えっ、いや、別に―――。」
何度もないよ、と誤魔化そうとしたが正直に話すことにする。
どうしたの?と目を輝かせて訪ねてくるバッちゃんのしつこさはこの数週間で身をもって経験している。
話さない限りずっと尋ねてくるだろう。
「いや、なんでバッちゃんが地論部にいるのかなって。あ、話にくかったらいいよ。ただそう思っただけだから。」
話しかけている途中、バッちゃんが気まずそうな表情を見せたのですぐさま予防線を張ったのだが逆に気を使われた。
「ううん、別にいいよ。特別隠していることじゃないしね。イトケンだけ知らないのはちょっと可哀そうだし。」
作業を続けながらバッちゃんが自分の事を打ち明ける。
「実はね僕、この学校で大問題を2度起こしているんだ。1つは深夜に学校への不法侵入に器物破損。で、2つ目は建物の破壊。」
「建物の破壊??」
なんか物騒な単語が出てきたぞ。
「うん、ほらここから見えるでしょう。」
バッちゃんが準校舎の3階を指さす。
肌色一色で統一された準校舎の壁。だが3階の右から2つ目の教室付近だけが他に比べて真新しい。
「あそこ化学室なんだけね。僕が爆破したんだ。」
「ば、爆破?!」
バッちゃんの告白に眼が飛び出そうになる俺。
「僕は元々科学部に所属していただけど、好き勝手に化学調合をしていたら分量間違えてね。化学室を吹き飛ばしてしまったんだ。」
「あれは確か6月下旬の事だったわね。」
当時の事を思い出したのか、ため息を零すお嬢。
「教室はほぼ全壊。隣の化学準備室にも被害が出たわ。常備していた備品は全て壊れてそのせいで化学室は3学期入るまで使用禁止。大損害だ、て理事長が憤慨していたわ。」
「おかげで科学部を強制退部。弁償と退学を言い渡されたのだけど、ニュートが助けてくれてね。その流れで地論部に入部したんだ。」
「いやいやいや、教室を爆破ってそんなことありえな―――。」
「イトケン、貴方が初めて地論部へ来た時の事を思い出しなさい。」
・・・・・・前言撤回。十分あり得る。
「あはは、ちなみに深夜の不法侵入も爆破の事も一部の生徒しか知られていないからね。だから僕の噂をする人が少ないのさ。」
「やらかしたことはかなり大きいけどね。」
「大変申し訳ございませんでした。」
お嬢の3度目のジト目。
「本当に気をつけてよね。理事長は化学室の件でバッちゃんの事を眼の敵にしているのだから。」
「了解です。」
その言葉を最後に俺達は黙々と作業を熟した。