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8 バッちゃんのアトリエ

「ただいま、買ってきたわよ。」

「お帰りお嬢。随分遅かったね~。」

 部室に戻ると大乱闘はお開きとなっており、ワトソンとライダーは自分の時間を有意義に過ごしていた。

「あら、バッちゃんは?」

「バッちゃんなら奥の部屋さ。何でもいいアイデアが浮かんだらしいよ~。」

 お嬢の質問に答えたのはノートパソコンの画面を凝視するワトソン。

 ぶつぶつ独り言を呟きながらキーボードを入力している。

 一方のライダーは携帯を横向きにして動画を見ているようだ。

 この部室では幾度もなく目にしている光景だが、2人共何をしているのかは全く知らない。

「そう。ならバッちゃんに飲み物を届けてくるわ。」

 2人に飲み物を渡したお嬢がそのまま部屋を出ようとした所をワトソンが呼び止める。

「さっき古賀(こが)先生がここに来てお嬢を探していたぞ。逢ってない?」

「いいえ逢ってないわ。行き違いになったかも。」

 水のペットボトルと外に視線を交互に送るお嬢。

「俺が届けようか?」

「そう?じゃあ任せたわねイトケン。」

 俺にペットボトルを手渡したお嬢を見送り、バッちゃんの元へ向かう。

 第二部室棟は5つの部屋が横並びする建物。

 現在、地論部(ちろんぶ)しか利用していない為、全ての部屋を自由に使っている。

 入り口から一番近い部屋が本来の部室――皆が集まる場所だ。

 その隣は物置(各個人の私物が置かれているらしい。)でその隣が大分昔に鍵を紛失した為開かずの間となっている。

 そして奥から2つの部屋はバッちゃん専用部屋として利用している、の事。

コンコン。(木製の扉をノックする音。)

「バッちゃん、飲み物買ってきたよ。」

「イトケンありがとう。入っていいよ。」

 部屋主の了承を得たので扉を開けると、

(何これ・・・?)

 率直な感想を口にしよう、別次元が目の前に広がっていた。

 まず窓に暗幕が貼られている為に部屋は薄暗い。

 壁や黒板に貼り巡らされた無数の大学ノートの切れ端や写真。

 分厚い本やよくわからない器具や機材などが床や棚、卓上、至る所に置かれていて足の踏み場がなくて立ち往生、一歩も部屋に踏み出せずにいる。

「あ、ごめん。暗かったよね。」

 リモコン操作で部屋が多少明るくなるが、そうじゃないんだバッちゃん。

 俺が部屋へ入るのを躊躇していたのは暗かったからではなく、足場の踏み場所が分からないから。

 とにかく恐る恐る一歩一歩部屋へ足を踏み入れる。

 床に落ちている紙や本などを踏まないよう且つ無造作に積み上げられた本の山を崩さないよう細心の注意を払い、部屋の奥の席で何かしらの作業を行っているバッちゃんの元へ。

 かなりの大周りをして辿り着いた。

「ありがとう。」

「それにしてもすごいな、この部屋。」

 バッちゃんの元へ辿り着くまでの間に眼にした紙には書き殴られた複雑な数式や単語のメモが書かれている。

 チラリ、と見たがどれ一つ理解が出来なかった。

「これは何?」

 部屋を見渡すと机の上に無造作に置かれていたとある正方形の機材に目が止まった。

 金属製で右側に回転式のレバー、真上の面には小さい穴が中心に一つ空いており、頑丈そうで重量感がある開閉式のそれは一見だけでは用途が全く分からない。

「ああ、これは前にボクが作った物だよ。」

「作った?!」

「そう。去年の10月ぐらいかな。グランプリに応募したら優勝したんだ。」

応募?!優勝?!

 俺の脳内には?マークのオンパレード。

「何の機械?」

「ふふふ、これはね。シャーペンに芯を入れる機械だよ。」

 バッちゃんが徐に取り出したのは市販で売られているごく普通のシャーペン。

 芯は入っていない状態だ。

 正面の取っ手を掴んで開け、シャーペンを中で直立に固定。扉を閉めた後、上の穴にシャーペンの芯を一本挿入。

 そして回転レバーをゆっくりと2回転。

 機械から『カチッ』の音を合図に再び扉を開けて取り出したシャーペンを渡されたので確認すると確かに芯は入っていた。

「どう?凄いでしょ!」と自慢げに胸を張るバッちゃん。

 確かに凄い。けど、芯1本入れる度にわざわざこんな機械を使うのは・・・。

「くだらない、て思った。」

「いや、そんなつもりじゃないよ。凄いって。」

 しかしバッちゃんは被りを振る。

「いいのいいの。僕自身もそう思っているし。そもそもこれが優勝したのはくだらないものグランプリだからね。」

「くだらないものグランプリ?」

「そうだよ。」と答えたバッちゃんが傍にあるPCを操作してデスクトップの画面に件の『くだらないものグランプリ』紹介ページを表示。

 そこには「くだらなくて笑えてしまう一品」を本気で製作し日本一を決める、というコンセプトなどが詳細に書かれており、優勝作品の項目には今目の前にある機材の写真が写っていた。

「へぇ~~、こんなコンテストがあるんだ。」

 参加者一覧には沢山の企業名が記載されている。

 学生で応募しているのはどうやらバッちゃんだけのようだ。(因みに応募名は地論部(ちろんぶ)となっていた。)

「これ、一人で作ったの?」

「ううん、僕一人じゃないよ。ワトソンやお嬢、ニュートにライダー。みんなが手伝ってくれて完成したんだ。」

「いや、それでも凄いよ。」

 どういう原理で成り立っているのかは説明してもらったが、1割も理解できず。

 おもわず「バッちゃんって天才なんだね。」と言葉を零したら、今まで笑顔だったバッちゃんに若干の翳りが。

「僕は天才じゃないよ。本当の天才はね、ワトソンやニュートの事を指すんだよ。」

 悔しさ、諦め、反骨心。様々な感情が入り混じった表情に俺はどう声をかけるべきかわからない。

 そんな気まずさの空気が漂い始めた時、

「二人ともいいからしら?―――ってバッちゃん、またこんなにも散らかして。この前掃除したばっかりでしょ。」

 お嬢の登場に俺はほっ、と胸を撫で下ろす。

「お嬢、どうしたの?」

「さっき古賀先生に会ってきたの。これよ。」

 一枚の用紙をひらひら揺らしてお嬢はこう言った。

「依頼よ。久々の、ね。」


 依頼の内容はごく簡単なもの。

 本校舎と準校舎の間に挟まれている中庭。そこに設置している花時計の花の植え替えをしてほしい、という依頼だった。

「まぁ、地論部(ちろんぶ)というよりはバッちゃんに依頼してきた、という方がしっくりするかもね。」

「うん、多分そうかも。」

 バッちゃん個人に?

 あまり理解出来ていないので、話を遮る形でお嬢に質問。

「花の植え替えって普通は業者とかするのでは?それか美化委員、園芸部とかが。」

「実はねイトケン、僕達の学校には美化委員はないんだ。で園芸部は只今、休部中。」

 それは知らなかった・・・。

「業者には今の理事長は絶対に頼まないわ。」

 絶対に、を強調して宣言するお嬢に俺以外の地論部(ちろんぶ)メンバーは深く頷く。

 どうして?という質問にワトソンがつまらなそうに答える。

「今の理事長だけど~、教育とかには全く関心がないんだよね~。あるのはお金だけなのさ。」

 現理事長、横溝克己(よこみぞかつみ)は前理事長の息子で跡を継いだ形で理事長に着任。

 しかし着任当初から教育や運営は教師陣に丸投げ。

 金銭のみに執着、無駄遣いと称して運営費をかなり削っているそうだ。

「だからさ。理事長がこんな事にお金を投じたりはしない。ちなみにイトケンを退学させようと躍起になっていたのもその金銭面での損が発生しそうになったからなんだよね~。」

 ワトソンの説明によると、インターハイ出場など結果を残している剣道部に対して卒業生や保護者などから巨額の援助金が学校に入っており、理事長は剣道部に対してかなりの優遇を行っているらしい。

「だからイトケンに罪を着せたのさ~。加藤達に非があれば大問題。出場停止にされたら困るものね。」

(そうか、だから理事長はあんなにも急いで決定を出そうとしていたのか・・・。)

「校長は理事長の腰巾着だしな。先生達も懲戒免職をちらつかされて反論できない。」

 ふざけた野郎だ、とぼやくライダー。

「はいはい、話が逸れているわよ。」

 お嬢が手を叩いて話を方向転換。

「ともかく私達はこの依頼を受けようと思いますが、どう?」

「古賀先生直々の依頼だもんね。」

 バッちゃん言葉に頷くワトソンとライダー。

 満場一致で可決された。

「で、花の植え替えはいつやるの?」

「花が到着する明後日よバッちゃん。」 

 予定大丈夫?の問いかけに対しバッちゃんは笑顔で頷く。

「オイラはパス。土いじりしたくない~。」

「オレも。その日は都合が悪い。」

「了解。ワトソンとライダーは不参加ね。」

 依頼への参加・不参加は個人の自由。なので、2人の不参加はあっさりと承認される。

「イトケン、貴方はどうするの?」

「初めての依頼だし参加してみる。」

「了解、じゃあ今回の依頼は私、イトケン、バッちゃんの3人ね。」

「ニュートはどうなのかな?」

 バッちゃんのその発言に俺の視線は後方の―――空席の部長席へ移る。

 入部して以降、未だにニュートの姿を見たことがない。

「どうかしら?それよりも明日来るのかも怪しいわ。」

「それよりもニュートの奴に最後に会ったのはいつだ?」

「多分、3月の終業式以来じゃあないかな~~。」

「新学期になってから1回も会っていないね。そういえば。」

「ま、放っておきましょう。その内来るわよ。それじゃあ古賀(こが)先生には参加は3人と伝えておくわ。」

 以上よ、とお嬢の締めの言葉でこの場は解散となった。


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