6 処分
事の顛末を話し終えた俺。
夜空さんはブランコを揺られながら俺の話を親身に聞いてくれた。
「それは大変だったね。で、その後はどうなったの?」
「はい、その後は事情聴取です。」
俺の話を聞いてくれたのは生徒指導の古賀先生。
俺は入部してから問題が起きた日までの事を全て包み隠さず話した。
「もちろん、自分がやり過ぎたことは自覚しているし、反省しています。だけど・・・・・・。」
「だけど?」
「次の日から俺の周りは一変しました。」
―――ねぇ、知ってる。剣道部で暴力事件があったらしいよ。―――
―――何でも自分がレギュラーじゃない事に腹を立てた転校生がいきなり部長達に襲い掛かったそうよ―――。
―――しかも不意打ち。無抵抗の部員達をボコボコにしたらしいよ。―――
そんな噂が学校中に広まっていた。
「完全に俺が悪者扱いになってました。俺は否定しましたが、誰も信じてくれず、おまけに・・・。」
クラスでよく話していた甲斐野と木野が俺をあからさまに避けるようになった。
転入したばかりの時に向けられた好奇心の視線は軽蔑する白い視線へと変わり、友人だと思っていた人達には距離を取られた事にショックを受けた。
そして、追い打ちをかける出来事が起きる。
それは学校側の処分―――退学だった。
「ちょっと待ってください!」
数日後、突然理事長室に呼び出された俺に対して問答無用の通達が下る。
「どうしてそうなるのですか!」
「何を言っている。君はそれ相当の問題を起こしたのだぞ。」
「だからそれは説明したはずです。」
「確かに君の話は生徒指導の古賀先生から聞いている。だが、嘘はいけないね。」
「う、嘘って。」
「他の部員達は口を揃えて、君が突然暴れ出したと証言しているのだぞ。」
「そ、そんな馬鹿な。」
俺はもう一度証言を聞き直してほしい、と懇願。
だが理事長は聞く耳を持たない。
理事長だけではない。校長も生徒会会長も。その場にいる誰もが俺を話を信じようとしない。
「残念ながら、君がいくら反論した所で無駄なことだ。君はどれほどの事をしでかしたのかわかっているかね。わが校の剣道部は全国を狙える強豪。今回の事で彼ら剣道部が全国へ行けなくなったらどうするつもりだ!!」
校長の言葉は俺にとどめを刺すのに十分だった。
校長も理事長も今回の事を真剣に突き詰めるつもりはない。
彼らはこの問題を簡単に終息させたいだけなのだ。
「あの校長先生、そして理事長。一つよろしいでしょうか?」
「何だね、霧津生徒会長。」
今までずっと黙っていた、赤縁眼鏡に三つ編みの女子生徒―――生徒会会長の霧津直子がすっ、と手を挙げる。
「確かに彼は問題を犯しました。しかし退学処分は厳しすぎるのでは?」
一瞬助けてくれるのかな、と思ったが違った。
眼鏡の奥から見える彼女の黒い瞳の視線は噂を信じている人達と同じだ。
「確かに霧津生徒会長の意見には一理ある。しかし彼の態度を見たまえ。彼は自分の非を認めたか?謝罪を述べたか?全く述べていない。つまり一つも反省していないということだ。」
「理事長の言う通りだ霧津君。そんな生徒に慈悲など必要かね。」
「そ、それは・・・。」
理事長と校長の反論に生徒会長はこれ以上何も言わず、身を引く。
どうやらここには俺の味方は誰一人いない。
諦めムードが心の中でしんみり流れ始めた時だった。
♪~~~~~♪
固定電話が鳴り、席に座っていた理事長が電話を手にする。
「ム、なんだこんな時に・・・。もしもし、何の用―――――、キ、キサマは!!」
ご機嫌→怪訝な表情→驚き→怒り。
この一瞬でコロコロ変わる理事長の表情があまりにも滑稽。
笑みが零れそうになるのを必死で堪える。
「ナ、なんだと?!それよりキサマ、なぜこの事を知っている!!」
怒り狂う理事長。
そ こからは電話越しの相手に嵐のような罵詈雑言を浴びせる。
が、暖簾に腕押し。
最後を苦虫を嚙み潰したような呻き声と恨み節を投げ捨て通話を切り、俺に対してこう言い放った。
「退学処分は取り消しだ。」
「えっ?」
「退学処分ではなく、地論部へ強制入部させる。」
「成程。それで地論部へ入部することになったんだね。」
うんうん、と何度も頷く夜空さん。
「それで今日、地論部を訪れたのですけど―――。」
「地論部はキミには合わなかった?」
「いや、それはまだ・・・、今日が初日ですし。まだ何とも・・・。」
合う合わないかは、まだわからない。それはこれからだろう。
「ふむ、剣への迷いは地論部の事ではない。となると・・・・・・、成程。」
夜空さんが俺の顔をじっくり観察。
互いの顔の距離が近いせいで俺は少しドキドキしてしまう。(一方の夜空さんは平然とした表情。恥ずかしくないのか?)
「キミは剣道部で起こしてしまった出来事で悩んでいるのだね。」
はい正解です・・・。
「ふむふむ、一つ質問してもいいかな?」
「はい、なんですか?」
「キミは今回の――剣道部での一件をどう思っているのかな?」
その質問に俺はしばし考えて答えを口にする。
「今思えば、やり過ぎたのかもしれません。あそこまでしなくてもよかったと・・・。反省はしています。でも後悔はしてません。」
あの時―――大川君を助けようと動いたこと。あれは間違ってないと断言できる。(その後の乱闘はやり過ぎたと思うけど。)
「そっか。」
俺の真剣な眼差し、答えを聞いて満足そうに頷く夜空さん。
ブランコを大きく揺らし、その反動を使って勢いよく飛び降りる。
「ならいいんじゃない。キミ自身がそう納得しているのなら。悩む必要はないさ。」
何故かわからないが、夜空さんのこの言葉を聞いて心の靄がす~と晴れていく。
「ボク個人の意見を言わせてもらうと、キミが取った行動は正しいよ。確かにやり過ぎたのかもしれないけど、間違ってはいない。ボクが保証するよ。」
「あ、ありがとうございます。」
自然とその言葉が口から零れる。
「だから噂とかも気にせず、いつも通りにね。」
いつも通り。
果たして出来るのだろうか?
誰も俺の言葉を信じず、腫物を見る眼を向ける人達ばかりがいるあの学校で・・・。
「大丈夫だよ。」
不安が顔に出ていたのだろう、励ましの言葉を口にする夜空さん。
「キミの事を信じている人は必ずいるよ。キミが真摯に、そして今まで通り親身な行動を続けていればね。」
「そうでしょうか?」
「そうだとも!それにほら、このボクはキミの事を信じているじゃないか。」
「本当にありがとうございます。」
2度目のお礼を口にした時、心の中の迷い悩んでいた俺は完全に消滅していた。
木刀を手にしブランコから離れ、今一度構える。
うん、今度は迷うことなく集中できそうだ。
「おや、まだ続けるのかい。」
「はい、もう1セットだけ。」
この数日の不甲斐なさを払拭するつもりだ。
おおきく振りかぶった時、ふとあることが頭によぎる。
(そう言えば夜空さんのあの口調、地論部の事を知っている感じだったけど。)
その事を質問しようと振り返った時だった。
「あれ?いない・・・。」
辺りを見渡すが夜空さんの姿は忽然と消えてていた。
先程まで座っていたブランコが力なく小さく振れる。
それはまるで最初から存在していなかったかのように。