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5 初めての部活(後編)

「2人とも。ちょっといいかな?」

 授業と授業の間の休憩時間、俺はずっと抱いていた疑問を甲斐野と木野にぶつけることにした。

「新入部員ね・・・。」

「ああ、わかるわかる。」

 新入部員への対応を他の部はどのように行っているのか、の質問に甲斐野はうんうん、と頷く。

水泳部(俺の所)はさ、大会でいい成績を収めたい、って子もいれば全然泳げなくから水泳部で克服したいだけで入部した子もいるし。」

吹奏楽部(うち)も同じさ。ほとんどが初心者だし。」

「そんな時はどうしてるの?」

「俺達先輩が親身に教えるさ。」

 当り前じゃないか、という甲斐野の言葉に木野も頷いて賛同。

 聞けば水泳部は泳げない部員に対して3年生や顧問が手取り足取りで教え、吹奏楽部はそのパートの先輩が横について詳しく教えているらしい。

「どこの部もこの時期は新入部員を教えることに時間を割いているはずだよ。」

「まぁ、やり方はその部の部長と顧問次第だな。」

 2人に話を聞きながら剣道部のこれまでの事を思い出す。

 部長を筆頭に上級生はただひたすら自分の練習に時間を使い、後輩への指導は一切行っていない。

 故に新入部員(特に初心者)は置いていかれていることが多々ある。

(部長はどのように考えているのだろう?)

 一度話し合いべきだ、と考えた俺は行動を移そうと思い立った。

 だが、出鼻をくじかれることとなる。

「失礼いたしました。(なんで今更・・・。)」

 恨み節を心の中で呟きながら、しかし表情は笑顔で職員室を後にする。

 HRが終わり次第すぐさま剣道場へ向かい、練習が始まる前に加藤部長と話し合おうと思っていたが、担任に呼び止められ長い時間拘束されてしまった。

 拘束された内容は転入時に提出した書類の不備。

 ほんの数分で終わる内容だったが、担任の不手際も重なり、1時間以上もかかってしまった。

(今日、話し合うのは無理かな?)

 予想以上遅れた事もあり、早足で更衣室に向かい大急ぎで剣道着に着替え、いざ剣道場へ。

 練習の終わった後に話せればいいな、と考えていた時だった。

――――――。

 俺の耳に届く加藤部長の怒鳴り声。

 嫌な予感が体内に沸き上がり、早足はダッシュへギアチェンジ。

 剣道場の扉を開けて見えた光景に俺はおもわず自分の眼を疑った。

「何サボっている!さっさと構えろ!!」

 防具を装着し、威圧する加藤部長と対峙しているのはなんと大川君だった。

 体操着の上から防具を付けている彼の挙動は明らかに不自然。

 腕は重力に導かれるかのように下へ項垂(うなだ)れ、上体も上下左右に揺れている。

 背筋が凍る俺。

 慌てて2人の間に割って入る。

「大川君。しっかりして。」

 面越しからの大川君は顔面蒼白。目の焦点も定まっていない。

 そんな彼と周囲に恐怖感が沸き上がる。

 大川君が限界であることは誰の目を見ても明らか。

 なのに誰も止めることもせず、そればかりか煽る部員もいる。

「なんでこんなことに?」

「あの・・・大川の奴、今日も防具を付けるのが一番遅くて。それで。」

 江西君の説明はこうだ。

 大川君は防具―――特に面を付けるのが苦手で戸惑っていた。

 いつもならば俺が手伝っていたので事なきを得ていたが、今日は俺が不在。

 その為、いつも以上に手間取っていた事を加藤部長が叱責。

「指導だ、と言って試合稽古を・・・。かれこれ40分、ずっと。」

 初心者に40分休みなしだって!!そんなの無謀過ぎる。

 大川君がこの状態に陥った理由を知った俺の心に怒りの種火が小さく灯る。

「あの、すいません。俺、止めようとしたんですけど。でも・・・。」

 俺の感情が表情に出たのであろう、慌てて謝る江西君を宥める。

 多くの上級生を差し置いて最下級生で初心者の彼が止めに入るのは無理な話だ。

 俺は大川君を休ませるため江西君と共に彼を道場の端へ連れてい行こうとした。

が、

「おいお前、何勝手なことをしている。」

 加藤部長が俺を制止する。

「何って、大川君はもう限界だ。休ませないと。」

「だから何でお前が勝手に決めてるんだよ!」

 苛立ちを見せる加藤部長。

 舌打ちをあからさまにぶつける。

「いいか、俺様が部長だ。」

 親指を自分の胸に突き付けて宣言する加藤部長。

「剣道部はこの俺様――一番強い部長の俺様が決める。おい大川、さっさと構えろ!」

「だから彼は限界だ。続けるにしても少し休ませてから―――。」

「だから、俺様に指図するんじゃねぇ!!!!」

 怒号が響き渡り、剣道場の空気が固まる。

「さっきから聞いてりゃ、お前何様のつもりだ?」

 怒りと苛立ちを全面に放ち、睨みつけてくる部長に俺は少し戸惑う。

(なんで、加藤部長(この人)はこんなに怒っているんだ?)

「わからないようだから言ってやるよ転校生。いいか、俺達はインターハイ優勝を目指しているだよ。その為には一分一秒とも無駄なんかできねぇだよ。」

 彼の言いたいことはわかる。

 わかるが、何故かしっくりこない。

 そんな俺の表情に加藤部長は鼻で笑い、こう続けた。

「わかってないみたいだから教えてやる。いいか、俺様はこいつらみたいな初心者やお前みたいな弱い奴の面倒など見る暇なんてねえだよ。」

「なっ!!」

「いいか!わかってない奴がいるようだから言ってやる!いいか、お前らは練習台だ。俺達が上達するための道具だ。お前達はただただ棒立ちのカカシみたいに突っ立ってひたすら俺達に打ち込まれていればいいんだよ!その為の邪魔なんかするんじゃねえ!」

 そうか納得した。

 ずっと抱いていた違和感の理由がわかった。

 加藤部長はいや、剣道部の人達は後輩の面倒を見る気が一切ない。

 ただ自分の練習だけ、自分自身さえよければいいんだ。

「・・・・・・、なんだよその反抗的な眼は?」

 俺の憤りは加藤部長だけではなく他の部員にも伝わっているらしい。

 数人の部員達も加藤部長と同様、俺を睨みつけてくる。

「確かお前、自分の祖父に剣道を教えてもらっていた、って言っていたな。」

「そうだけど。」

「ふん、何が祖父だ。どうせ老いぼれのまともに竹刀すら振れないダメ爺なんだろう。」

 その言葉だけは許せない。

 家族のことを馬鹿にすることだけは許さない。

 先程から膨れ上がっていた怒りの炎は今の言葉で限界値を突破。

「何だよ、一人前に睨みつけてよ。」

 今俺が浮かべている表情がお気に召したのか、小馬鹿する感じで鼻を鳴らし、こう言った。

「おいお前、面を付けろ。」

「えっ?」

「この俺様が相手してやる。」

 どうやら剣道の試合で雌雄を決するつもりのようだ。

 俺は無言で頷き、すぐさま防具を付ける。

(ふ~~~。まずは落ち着け。)

 大きく深呼吸、気持ちを落ち着けながら、用意をする。

 江西君や新入部員達の説得、加藤達の嘲笑う談笑に一切耳を傾けることなく精神統一。

(怒りを鎮めて・・・、爺さんに教わった通り。)

〈相手と対峙する時は敬意を持て。それは相手が誰であっても、だ。〉

〈剣は心を現す。怒りや憎みに身を任せ剣てを振るうな。〉

〈対峙するなら情けは無用。手心は自分への慢心。常に正々堂々、全力全霊だ。〉

 生前、祖父が残した言葉が怒りの炎を鎮火。

 準備が出来上がった時には心は落ち着きを取り戻していた。

「では両者、構えて。」

 審判は剣道部副部長の柳瀬(やなせ)先輩が務める。

 お互い中央へ歩み、蹲踞(そんきょ)

 試合へと集中している俺。

 若干の緊張を感じる。

 考えれば、祖父以外の人と試合をするのは初めてであることに今気づく。

 心臓の音が耳元で鳴り響く。

 対する加藤部長は先程から余裕を感じさせる不適の笑みを浮かべている。

 彼から俺を叩きのめす気配が十二分に伝わる。

「始め!」の合図に真っ先に反応したのは加藤部長だった。

 気合の声と共に上段から振り下ろされる竹刀に俺は驚きのあまり目を見開く。

 何故ならあまりにも――――。

「ど、胴あり・・・・・・。」

 審判が驚くのも無理もない。

 何故ならここにいる誰もが驚いているから。

 それは対戦している当人達も。

 そう、俺があまりにも簡単に1本を取ってしまったからだ。

(嘘、だろう・・・。)

 信じられなかった。

 だって・・・だって、

 加藤部長の動きがあまりにも遅かったのだ。

 始まる前に俺がイメージしていた強さとは大分かけ離れていた。

 あまりの遅さに驚いて反応が遅れてしまったが、それでも簡単に胴を打ち込むことができてしまった。

(これがインターハイに出場した人の実力?)

 正直言って、病気で余命2カ月を宣告を受け、運動も禁止されていた祖父の方が数倍強い。

「嘘だ・・・。この俺様が?いや、まぐれだ・・・。そうだ、まぐれに決まってる。」

 2本目だ、加藤部長の声に我に返る。

 そうだ、まだ試合は終わっていない。

 俺は中央に戻り中段の構え、再び加藤部長と対峙。

 審判の再開の合図を待つ。

「始め!」

「シャアアアアアア!」

 合図と同時に声を出して威圧してくる加藤部長。

 腹から出てくる声には迫力はある。が、それだけだ。

(成程、声の迫力と圧で相手が怯んだ隙を狙う戦法か。)

 実際、この戦法で勝ち続けてきたのだろう。

 だが、俺には通用しない。

 声を張り上げる彼から怖さを全く感じられないからだ。

(これならまだ爺さんの方が数倍怖かった。)

 隙を見せない俺に対して苛立ち始める加藤部長。

 声の迫力もどんどん弱まっていく。

(よし。)

 俺は大きく息を吸い込み、そして、

「セヤアアアアア!!」

「っ!」

 俺の声の圧が加藤部長を上回りかき消されたことで隙が生まれた。

 それを俺は見逃さなかった。

「面っ!」

 加藤部長との勝負は周囲の予想を裏切る結果となった。

「そ、そんな、バカな・・・。」

 自分が負けた現実を認めらないのか、呆然とする加藤部長。 

 そんな彼に敬意の礼を残す。

 周囲も加藤部長が負けた事に戸惑いと騒めきが広がる。

 そんな状況の中、俺はいつも通り面を外して大川君の元へ。

 彼は試合中休めたおかげで目の焦点が定まっていた。しかし顔色はまだ悪い。

(これは保健室に連れて行った方がいい。)

 俺はそう判断、縦結びの蝶々結びを解いて面を外す。

 そして、近くにいる誰かと両肩を持って大川君を担ぎ運ぼうとした、その時だった。

「ふ、ふ、ふさけるな~~~~!!!」

 突然叫びだした加藤部長は木刀を手に、背後から俺に襲いかかる。

「な、何を?」

 気配で察した俺は担いでいた大川君を突き飛ばし、彼の不意打ちを辛うじて回避。 

「う、うるせぇ。キサマ・・・、この俺様より強いなんて許すものか!!」

 血走った眼が俺をとらえて逃がさない。

「おいお前ら。生意気なコイツに指導してやるぞ!」

 加藤部長の号令に剣道部2年生、3年生が即座に反応。

 竹刀や木刀を手にし俺を詰め寄る。 

(おい本気か?)

 戸惑っているのは俺だけでない。

 1年生もこの状況に右往左往。

 どうすればいいのか判断に迷っていた。

「お前が悪いんだ。お前が・・・キサマが・・・。俺様よりも!」

 加藤部長の恨みと怒りが部員達に伝染しているのか、詰め寄ってくる部員達からも俺に対して殺意を向ける。

「忠告するよ。それ以上近づけば容赦はしない。」

 近くに竹刀があったのが幸い。

 中段の構えで威嚇。

 傍から見れば四面楚歌。だが、俺は落ち着いていた。

(大丈夫。落ち着いて。)

 加藤部長からの視点では絶対優位、俺は諦めていると感じているのであろう。

 勝利を確信した面持ちで、俺を襲うよう命令。

 3年生の2人が俺へ特攻する。

 力任せに振るう木刀を往なし、がら空きの小手や脛に鋭い一撃をお見舞いした。

「ぎゃあ!」

「いってぇ~~。」

 痛みでのた打ち回る2人の姿に動揺が走る剣道部部員一同。

 このまま引いてくれれば、の思いは残念ながら通じなかった。

「怯むな、全員でかかれ!」

 加藤部長の号令に我に返った彼等達は一斉に襲い掛かる。

 相手を叩きのめす、の感情を乗せたその一撃一撃には剣道で習ってきた事柄が何一つ反映されていない。

 そんな雑な攻撃を俺は竹刀で払い、躱し、往なす。

 もちろん残心を持つことも忘れない。

 相手達は俺を一撃で仕留める思いが強いのだろう。

 大雑把な振りの殆どは頭部を狙っている。だが、その動きは次へとは繋がらず、単発で終わる。

 それは残心がないからだ。

 次への動きに繋がらない為、一撃を防がれると大きな隙が生まれてしまう。

 一方の俺は常に残心を意識しながら動き続ける。

 そのおかげであろう。

 相手の攻撃を躱した後や反撃後も一切隙を与えていない。

 致命的な一撃をもらいことなく、立ち続けている。

 これ程まで俺へ攻撃が通らない事に驚きと焦りが出てきたのか、彼らの動きが無駄な力が入ってきたのがわかる。

 狙いも頭部ではなくどこでもいいから一撃を、という意識に変わってきた。

 それでも俺のやる事は変わらない。残心を意識し続け、相手を確実に無力化する。

 狙う場所は3カ所。

 小手――つまり相手の手首。

 胴――脇腹。

 そして脛だ。

 首から上は危険なので絶対狙わない。

 小手を打たれた者は痛みで得物が持てなくなり、脇腹を打たれた者は息が止まり蹲り、脛を狙われた者は激痛で立ち続けることもできず、のた打ち回る。

 確実に一人一人、鋭い一撃で無力化していく。

「な、なんだ、これは・・・・・・。」

 時間にして僅か数分。

 1年の誰かに連れられ現れた顧問が目にした光景。

 それは上級生達の阿鼻叫喚で沈む中、ただ一人平然と構えている俺の姿だった。

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