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4 初めての部活(前編)

 まず俺の家庭環境を軽く説明。

 俺の両親は共働きの転勤族で幾度も転校を繰り返してきた。

 日本各地を目まぐるしく移り住んでいたが、今回辞令を受けた転勤先がなんと海外。

 今後の進路を考えた俺と3つ年下の妹は日本に残ることを選択。

 幸い、というべきか亡き祖父が住んでいた木造建ての一軒家が残っていたので俺達兄妹はそこへ移り住むこととなった。

 そして俺は家から一番近くにある私立翠成(すいせい)高校へ転入したのだ。



「ところでさ、部活やっていたの?」

 転入して数日が経ったある日、仲良くなったクラスの友達―――甲斐野と木野の3人で教室の机を囲み、昼食を摂っていた時のことだ。

「いいや、やってないよ。」

 転校が多かった為、部活には一度も入ったことはない。

「ふ~~ん、そんなんだ。興味とかないの?」

 興味ない訳ではない。寧ろ興味がある。

 帰路につく傍ら、仲間達と切磋琢磨して部活に励むその姿を窓越しから見つめる度に羨ましさを感じていた。

「ならさ、水泳部はどう?」

「いやいや、吹奏楽部やろ。男が少なくて困っているんだよね。」

 水泳部の甲斐野(趣味:筋トレ)と吹奏楽部の木野(剛毛アフロ)が自分が所属している部活を猛烈にアピール。

 だが、残念ながら俺の心には届かなかった。

「ごめん2人とも。実はさ、入りたい部活があって。」

「え~。」

「そうなのか、ちなみに何部?」

 俺の入りたい部活、それは剣道部である。

 俺の祖父は生前、剣道の師範を務めていた影響で俺は5歳の時から祖父に剣道を教わっていた。

 その祖父は俺が小学5年の時にこの世を去ったが、その直前に受け取った木刀とトレーニングメニューが記された大学ノートは今でも大切にしている。(ちなみに毎日公園で行っている練習の内容はそのノートを参照している。)

「剣道部って、この学校にある?」

 俺の質問に木野が「あるぞ。」と答えてくれた。

「うちの学校の剣道部、最近強くなって注目されているんだ。去年インターハイに出場したからな。」

「へぇ~~。」

「今日からちょうど新入生が入部してくるから、行ってみれば?」

 2人から剣道場の場所を教えてもらい、俺は早速放課後、剣道部を訪れることにした。


「この俺様が剣道部の部長、3年の加藤だ。」

 トレーニングルームや柔道場等が集約されている室内運動部棟の一角にある剣道場。

 部長の加藤を中心に上級生(男子のみ)18人と新入部員10名(俺を含む)が対面するように並んでいる。

「お前達は知っているだろうが剣道部は去年、インターハイ出場を果たした。」

 加藤部長の大声は剣道場に反響。体の内部までも届く感覚に陥る。

 新入部員の何人かは声の威圧に体を縮こまっている。

「だが、剣道部は去年の成績には満足していない。そう、インターハイ優勝。それが俺達剣道部の目標だ!!」

 190cm近くはあると思われる長身から俺達新入部員を見下ろす加藤部長。他の部員達より頭一つ抜け出ている。剣道着越しでもわかる鍛えられた肉体、そして睨みつける眼光が言葉の本気さを物語っている。

「では新入部員、一人ずつ名乗れ!」

「あ、はい。白川中学出身―――。」

「声が小さい!!腹から声を出せ!!」

 加藤部長の一喝に怯み、もう一度―――今度は大声で自己紹介をやり直す。

(これが噂の体育会系か。)

 初めての部活。故に新鮮な気持ちでわくわくしているのだが、一つ気になることが。

 それは加藤部長の態度だった。

 自己紹介をする新入部員に対しての態度が一人一人違うのだ。

 剣道経験者――とりわけ大会の成績が良い新入部員に対しては嬉しそうに笑みを浮かべる反面、未経験者には冷めた視線を投げる。

 その態度に少し違和感を抱く。

 と、そんなことを思っていたら、俺の番が来た。

「はぁ、2年?なんで今頃。」

 名前と学年を名乗ったら怪訝な表情をぶつけられた。

「部長。そいつ、転入生です。俺のクラスに転入してきたやつです。」

 上級生の群れの中から一人手を挙げる。どうやら同じクラスの人がいたようだ。(名前と顔が一致していないそこの君、ありがとう。)

「そうか・・・。で、」

「で、とは?」

「経験だ。今まで剣道の経験は?」

「5歳の頃から。祖父に教わっていて―――。」

「祖父だぁ?そんなことはどうでもいい。俺が聞いているのは大会の実績だよ。」

「大会は一度も出たことはないです。」

「あ、そう。」

 冷たい視線を投げつけて俺の紹介を終わらせる。どうやら俺に対する興味を失ったようだ。

「よし、では今名前を呼んだ奴は一歩前に出ろ。」

 そういって名前を呼ぶ加藤部長。呼ばれた4人はいずれも経験者且つ優秀な大会成績を収めた者達であった。

「お前達はすぐさま防具をつけて俺達の練習に混ざれ。で、他の新入部員は―――。」

 一拍間を空け、睨みつける眼を向けてこう命令した。

「校内十周、走って来い!」


 私立翠成(すいせい)高校は高度経済成長期に創設された学校。

 山の麓付近に建てられた為、敷地は全かなり広い。(各部の専用グラウンドがあるぐらいだ。)

 まぁ何を言いたいか、というと・・・、今俺達はかなりの距離を走らされている、ということだ。

(一体何㌔走ったんだ・・・・・・。)

 走り続けて約1時間30分。ようやく十週を走り終えた俺の足はガクガク。息もかなり乱れていて、肺も痛い。

(爺さんのトレーニングをおかげで何とかなったけど・・・。)

 まだ十週走り終えていないのは2人だけ。

 2人とも苦悶の表情。歩いているのか走っているのかわからない速度で走り続けていた。

(これはちょっとキツイな。)

 少し呼吸を整えてから剣道場に戻ると次の指令が。

「腕立て、腹筋、クスワット×50を10セット。」

 俺より先に走り終えていた部員達は道場の端で歯を食いしばり、そのメニューを消化中。

 上級生と経験者達は防具をつけ、ひたすら実戦形式の練習。

(これは今日、竹刀を握らずに練習が終わりそうだな・・・。)

 俺の予想通りになった。

「今日の練習は終了。一同礼。」

「「「ありがとうございました。」」」

「おい、お前ら。」

 部長が俺達の方へ歩み寄り、声をかける。

「道場の雑巾がけをやれ。それで終わりだ。」

 言いたい事だけを伝え、道場を後にする加藤。この言葉と行動には俺達に対する労りや気遣いが全く感じられない。

 すっきりしない気持ちを抱えたまま雑巾がけを行い、部活初日を終えた。


 2日目を同様だった。校内を走るように命じられた後、筋トレ。

 竹刀を握れるようになったのは入部して1週間後。しかし道場の端で素振りしかさせてもらえず、上級生達と一部の1年生が打ち合っているのをただ見ているだけの日が続いた。

(こんな練習のやり方でいいのか?)

 想像していた部活とは全然違うことに戸惑いを感じる。

 しかし一度も部活を経験したことがない為に声を上げるのを躊躇してしまう。

 そんな思いを抱きながら部活を続けていた、ある日のことだった。

「おいお前ら。今日から防具を付けることを許可する。」

 加藤部長の第一声に喜ぶ1年生。

「防具は倉庫に一式揃っている。取ってきたらすぐにつけろ。」 

「あ、ちょっと待って。」

 背を向けた加藤部長を俺は慌てて呼び止める。

 喜ぶ1年生の中、俺はある不安が()ぎっていた。

「ここには初心者もいる。先に防具の付け方を教えた方が―――。」

「そんなの知らねぇよ。」

「知らないって・・・。」

 わからない事を教えるのは上級生の役目ではないのか?

「10分だ。10分で用意しろ。いいな!」

 部長の言葉に1年生達の顔から笑顔が消える。

「そんなの無理だよ。」と弱音を吐く初心者1年生。(確か名前は大川だったと思う。)

「前に防具の付け方を書いたプリントを渡した。読んでこい、言ったよな。」

 初心者でまだ体操着で部活に参加している1年生2人へガンを飛ばす。

 確認ではなく、もはや脅迫。頷く事しかできない初心者の2人。

「わかったらさっさを防具をつけろ。」

 余計な時間を取らせるな、と悪態を残して去って行ってしまった。

 残されたのは戸惑いと真っ青な顔で立ち尽くす1年生達。

「2人とも。えっと、江西君と大川君だっけ。すぐに防具を取ってきて。」

 俺自身、加藤部長へ言いたい事がたくさんあった。しかし今はそれよりも動けずにいる1年生達の事を優先した。

 体操着の2人は俺の指示に従い、倉庫から防具を取りに向かう。

 俺と他の1年生は自分の防具を持参していたので、すぐさま防具をつける。

「君達、自分の防具をつけたらあの2人の防具付けるのを手伝って。できる?」

 突然の指示に驚きながらも頷いてくれた。

(4人いるし、多分大丈夫。)

 素早く垂、胴を装着。

 面をつけ始めたと同時に2人が防具を抱え戻ってきた。

「2人とも付け方は?」

「一応、プリントは読みました。」

 小さい声ながらもはっきりした発音で答える江西君。その隣で大川君が不安そうに弱々しく頷く。

「わかった。じゃあ自分のできる所までやってみて。俺も自分のが終わり次第手伝うから。」

 2人は拙い手つきで防具をつけ始める。

「えっと・・・。確かこうやって。」 

 ゆっくりながら手順通りに防具をつける江西君。手順を思い出しながら丁寧に工程を進めていく一方で、

「あれ?なんで??」

 大川君の手順は大雑把。慌ているのは明白でいくつかの工程を飛ばしているので上手くいかず、それで慌ててパニックになる悪循環に陥っていた。

「大川君、落ち着いて。間違えたらやり直して。ゆっくりやればいいから。」

(よし、自分のはできた。)

「あの先輩、いいですか?」

 完璧に面を装着した俺を待っていたのだろう、江西が助けを求める。

「胴の付け方が・・・。」

「いいかい、こうやって―――。」

 手順とコツを教えている横で他の1年生も自分の防具を付け終わり、江西君と大川君の元へ合流―――、

「出来た!!」

「えっ?」

「おい待て。」

 だが、それより先に大山君が加藤部長達の元へ向かう。

「部長、できました。」

「何が出来ました、だ!!」

「あっ。」

 いきなり面の突き垂れを掴まれ持ち上げられる。

するりと面が頭から外れた。

 大雑把に工程を進めたことで締め付けが緩く、それが原因で外れてしまったのだ。

「やり直しだ!!」

 加藤部長に怒鳴られ半泣きで戻ってくる大川君。少し居た堪れない気持ちになる。

「江西君、面の付け方は?」

「あまり自信が。でもやってみます。」

 はっきりとした口調の返答に俺は大丈夫だと判断。1年生経験者達に任せ、俺は大川君の元へ。

「大川君、一旦全部外して。」

「ええ?なんで?」

「そのままじゃあ動いている途中で落ちたりして危ないから。」

 面だけではなく他の防具も緩々。いつ外れるかわからない。

「でも、それじゃあ間に合わない。」

「大丈夫。手伝うから。」

 返事を聞く前に、胴の後ろの結び目―――縦結びになっている蝶々結びを解く。

「結ぶ時、輪と先端は長さを揃えた方がいいよ。」

 渋々初めからやり直す大川君にアドバイスを送りながら手伝う。

「先輩、江西君の防具、出来ました。」

「了解。こっちは大丈夫だから合流して。」

「はい。」

「あ・・・・・・。」

「他人よりも自分。手を止めない。」

 合流する4人を羨ましそうに見つめる大川君を叱責。

 小言で「僕だけ・・・、どうして僕だけが・・・。」と諦めるモードの大川君を励ましながら手伝う事数分、何とか時間ギリギリで彼の防具を付けることができた。

「よし、合流しよう。」

「・・・・・・。(ペコリ。)」

 無言で頭を下げる大川君。

 少し不満そうな態度を見せるのは俺の気のせいだろうか?

 とにかく合流を果たした俺はその後、ひたすら部員達の練習台として打ち込まれ、この日の部活動が終わった。

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