3 夜の面会
「セイッ!セイッ!」
夜から深夜に移り変わろうとする時間、俺は家の近くにある小さな公園で素振り。
「セイッ!セイッ!」
俺の掛け声と空を切る音が夜の公園に響き続く。
素振りはこれまでずっと続けてきたこと。
相次ぐ引っ越しで生活環境は幾度も変わってきたが、これだけは小学生の頃から変わることなく続けてきた。もはや日課だ。
「セイッ!セイヤッ!」
この時だけは無心でいられる。
木刀を振るう事だけ集中していられる・・・はずなのに。
(駄目だ、雑念が入ってる。全然集中出来ていない。)
いつものノルマを熟したが、いつもの達成感が全く得られない。
理由は明確。
地論部―――いやあの出来事がどうしても脳裏に浮かんでしまうのだ。
「駄目だ、1セットやろう。」
不甲斐ない自分自身に喝を入れ、木刀を構えた時だった。
「今晩は。今日も精が出ますね。」
にゃはは、と独特な笑い声とゆったりとした口調。
振り返るとそこには一つの人影が。
「こ、今晩は、夜空さん。」
夜空さん。俺が勝手にそう呼んでいるだけで本当の名前は知らない。(尋ねても教えてくれないのだ。)
俺がこの町に越してきてここで日課の個人練習を始めた時に出会って以降、時々姿を現す不思議な印象を感じさせる人だ。
そんな夜空さんは今日もいつもと変わらない姿。
夜の景色に同化するような長い黒髪をうなじ付近で束ねており、長袖の服もロングスカートも黒基調の為、意識しないと闇に紛れて見失いそうになってしまう。(実際、いつも不意に現れては唐突に去っていく。)
「今日もお散歩ですか?」
「ええそうですよ。ボクは夜が好きですから。特にこんなに綺麗な満月が見れる夜はね。」
傍にあるブランコに腰を下ろして空を見上げる夜空さん。
その動作につられて俺も空を見上げると雲一つない真っ暗な夜空に浮かび輝く満月の姿があることに今更ながら気付く。
「それに夜の散歩は面白いモノとか見つかったりしますしね。」
「そんなものですか?」
「ええ。現に今、キミとこうやって出会えたりしている訳ですから。」
よかったら隣へ、と促してくる。
どうやら何か話したい事があるようだ。
「俺に何か用ですか?」
隣のブランコへ腰を下ろし単刀直入。
「ボクの方は何も。ただ、キミの方で何かあったのでは?」
「え?」
「素振り。全然気持ちが入っていませんでしたよ。」
中性的な顔立ちが特徴的な夜空さんの微笑み。
美しいと思う半面、得体の知れない恐ろしさも感じて心がざわめく。
「何かあったのかしら?」
その問いに戸惑う俺。
話してもいいものだろうか?
聞いても面白くない話―――いやかなりしんどい内容だ。
正直な所、俺自身の気持ちが整理出来ていない。
「口にすることで、人に話を聞いてもらうことで、気持ちの整理が出来るかもしれないよ。」
夜空さんの声が―――前髪の奥に潜む黒い瞳が俺の悩む心を捉えて離さない。
「まぁ、愚痴をこぼすものだと思って語ってみてはいかが?」
夜空さんのその言葉に俺は―――話すつもりはなかったのに―――自然と口が開き、話し始める。
「実は今日、部活――地論部に入部したんです。」
「おや?確か前に会った時は剣道部に入部した、と言っていたはずでは?」
「はい。」と頷く俺。
そう、俺は剣道部に入部していた。
だけど今は―――。
「どうやら、キミと会わなかったこの数週間の間に何かあったのですね。」
うんうん、深く頷く夜空さん。
彼女の微笑む黒い瞳から「続きをどうぞ。」促され、俺は今回起こった出来事を語り始めた。