21 交渉=脅迫
「―――という事ボク達、地論部はイトケンの無実を証明するために、真犯人を捕まえることになりました!」
「ふざけるなよ、ニュート。」←ライダー。
「何勝手な約束をしたの!」←バッちゃん。
「バッカじゃないの、ニュート。」←ワトソン。
ニュートへの批難轟轟は当たり前だろう。
「ちょっと、久々の再会だよ。なのに何で暖かく出迎えてくれないの?」
「勝手にずる休みしていただけでしょう。」
お嬢の容赦ない一言に全員が大きく頷く。
「うえ~~ン。みんなが冷たいよ。イトケン。」
「あの、ウソ泣きしてしがみついてくるの止めてくれませんか?」
「イトケンまで冷たい。」
いや~、だってあからさまな態度にイラッとしてしまったのだから仕方がない。
それにお嬢からニュートの事は適当にあしらいなさい、と教わったのでそれを実践しただけに過ぎない。
「当り前でしょう!理事長とあんな賭けを行うなんて。何を考えているのよ。」
「その事なんだけどさ~、お嬢。オイラは一つニュートに確認したい。」と右手を上げるワトソン。
「ニュート、お前さんは今回の事件、どこまで真相を掴んでいるのだ?」
それってどういう事だ?
俺はピンと来ないが、その他は何か思い当たる節があるらしい。
それぞれ、疑惑の視線がニュートへと注がれる。
「どうしてそう思うのかな?ワトソン。」
「お前さんは負ける勝負事は絶対に参加しない。なのに相手を炊きつかせて賭けを持ちかけた。つまりお前さんには確実に勝てる勝算がある、ってことだろう。」
「買い被り過ぎだよワトソン。」
肩をすくめるニュート。
何故だろう。中性的な顔立ちとスマートな体型に見惚れてしまうはずなのに、沸き立つ感情は苛立ちばかり。
しかし幾分か彼ならなんとかしてくれるだろう、という期待感を持ってしまう。
「真犯人――イトケンに罪を擦り付けようとした人物が誰なのかは特定できていない。しかし、ある程度の推測は出来ているよ。」
「推測?」
「そうだよイトケン。2つの推測がある。」
左手でVサインを俺達に見せる。
「一つ、今回の犯行は近年巷を騒がしている撲滅ソルジャーの犯行ではない、だよね。」
・・・・・・、俺に同意を求めないでくれ。
「二つ、真犯人はイトケンの事を知っている。細かく言えばイトケンと剣道部の因縁を知っている人物。」
「ちょっと待ってニュート。つまりそれって――――。」
「お嬢の考えている通りさ。今回の犯人はこの、翠成高校の関係者の中にいる。さらに言えば、イトケンをある程度知っている人物。噂は学校内に広まっているがイトケンの行動などを詳しく知りえないとこの写真は撮れないからね。」
「イトケンは今年転入してきたばかり。名前と顔が一致していない生徒が沢山いるはずね。」
ニュートの推測に大いに納得するお嬢。腕を組んで何度も頷く。
「さてバッちゃん、ここで問題。剣道部の事件を知りイトケンの名前と顔が一致している人物はどれぐらいいると思う?」
「えっと、剣道部の部員と顧問。それとクラスメイト――2年B組に所属する生徒と担任副担任。それと古賀先生ぐらいかな。」
「校長と理事長も数に含めないといけないよ~。」
「ちょっといいか?」
「何かな?ライダー。」
「話を折って悪いが、撲滅ソルジャーの犯行ではない、ってどうしてわかるんだ?」
ライダー曰く、撲滅ソルジャーの事はあまり知らないらしい。
「成程、じゃあまずは撲滅ソルジャーについて説明しようか。ワトソン!」
「仕方がないな~~。アイネよろしく。」
『かしこまりました。』
ワトソンが机の中央にノートパソコンを置き、アイネから撲滅ソルジャーについて説明を始める。
『撲滅ソルジャー・・・黒のフード付きのロングコートを羽織り仮面をつけた正体不明の存在のことです。木刀を手に夜間を徘徊しながら人への暴行や物を破壊を行っています。存在が最初に確認されたのは7年前。酔っ払いの当時大学生が襲われたのがきっかけでそれ以降、日本各地で数多くの目撃報告が確認されています。』
「木刀で暴行とかヤバいな。」
『ただ撲滅ソルジャーは市民には人気があります。その理由は撲滅ソルジャーに襲われた者や物は皆、市民に迷惑を及ぼしていたのです。』
撲滅ソルジャーに襲われた者は不良や暴走族、不審者などで最初に襲われた被害者も毎晩大音量で音楽を響かせて周辺に迷惑をかけていたそうだ。
破壊された器物も公道に無許可で放置されていた危険性がある物ばかり。
以上の事からそれらを排除したとして撲滅ソルジャーは今、巷で騒がれる存在となっている。
『これを見てください。』
と画面からアイネの姿が消えると同時に独り手にプログラムが起動、とあるサイトへ移動する。
♪~~~撲、撲、撲滅ソルジャー♪撲、撲、撲滅ソルジャー♪~~~♪迷惑な人達を叩きのめす~~♪
「何これ・・・?」
木魚を叩くテンポに合わせての歌がBGMとして流れるサイトに全員が俺と同じ感情を抱いた。
『とある情報狂が作成した本人非公認サイト、撲滅ソルジャーを慕う会です。』
真っ黒の壁紙に血痕が至る所に散りばめらたサイト。
中央のタイトルと項目欄には返り血を浴びた木刀がいくつも突き刺さっており不気味な印象を受ける。
『掲示板、という項目を見てください。』
とアイネが「掲示板」をクリック。
画面に表示させるとそこには沢山の書き込みが。
『この部分を見てください。』と拡大された問題の箇所を黙読。
〈最近、深夜にコンビニの駐車場で屯うガラの悪い高校生がいます。成敗してください。〉
〈近所の住人がいきなり歩道に大きな植木鉢を置きやがった。めっちゃ不安定で今にも倒れそう。〉
〈スクールゾーンに置いていあるお店の立て看板。子供が怪我をするからどけてほしい。〉
その書き込みはまるで撲滅ソルジャーに依頼をしているようにしか見えない。
『ええ、その通りです。事実、この書き込みを見て犯行に及んだ模倣犯も存在します。ですがオリジナル―――本物の正体は未だに不明のままです。』
「成程な、いわば都市伝説みたいなものだな。で、どうして今回は撲滅ソルジャーの犯行ではない、と分かるんだ?」
「それはねライダー、2つの事柄から撲滅ソルジャーは今回関係ない、と結論付くのさ。」
いや、だから俺の方に視線を送るなよ。
「まず一つ、加藤氏と近藤氏は撲滅ソルジャーの標的にならざる人物だという事。2人の外部での評判は普通にいいからね。」
ニュートの言う通り。撲滅ソルジャーに襲われた人物は不良などが主。
残念ながら加藤と近藤はその部類には全く該当しない。
「二つ目は犯行の内容だ。ここに書かれているが、撲滅ソルジャーはほぼ一撃で相手を倒しており、気を失った者にはそれ以上の暴行は加えていない。故に襲われた被害者の殆どは重軽症の差はあるが打撲程度で済んでいる。」
『しかし今回の2人は複雑骨折を負う程の大怪我。気を失った後も何度も殴られた形跡があります。』
「以上の事から撲滅ソルジャーの犯行ではない、とボクは考えているのだが、どうかなイトケン。」
し、知らないよ。俺に振るなって!
『たった今緊急の職員会議が終了致しました。どうやら先生方では撲滅ソルジャーの犯行として生徒達に伝達、注意を促し後は警察に任せるそうです。』
「警察はこの事件にどう対応するのかしら?」
『その事なのですがお嬢様。警察はどうもこの事件について重要視していないようです。何でも他の重大事件で手一杯でこちらの方には最低限の人員しか配備できないそうです。』
「教師側からすると恐れる祟りには触れるべからず、だね。」
にゃはは、とバカにした笑い声を出すニュート。
「でもどうするのニュート。貴方が言う推測でも容疑者はまだ50人ほどいるわ。どうやってそこから犯人を見つけ出す気?」
「ここからはさらに情報集めだ。ボクのこの推測は前にイトケンから聞いた情報などを元にしただけに過ぎないからね。」
「つまりまだ有力な情報が転がっている、てこと。」
「そうだよ、バッちゃん。だからね・・・。」
「わかったよ、僕は毎度お馴染みの情報収集だね。」
「そういう事。聞いてきてほしいのはイトケンがいなくなった後の剣道部の状況と剣道部に恨みを持つ人間がいるかどうか?後とバッちゃんが気になった事があれば確認してきていいよ。」
「了解。じゃあ行ってくるね。」
と颯爽と部室を後にするバッちゃん。
「ワトソンとアイネは引き続きネットでの情報を。あと出来れば犯行当日の現場付近の動画データとかから犯人の割り出しできないかな?」
「仕方がないな~~。」
『出来るだけの事を行ってみます。』
「よろしくね。で、ライダーは―――。」
「犯行現場の検証と付近の聞き込みだな。任せておけ。放課後から行動に移す。」
「それと出来れば周辺の店から動画データをもらえないか、交渉もよろしくね。」
「わかったよ。」
各々が担当を受け持つそれは場慣れている印象を感じた。
「で、私とイトケンはどうすればいいのかしら?」
「2人はボディーガードをよろしく。」
ボディーガード?
「ニュート、貴方何をしでかす気?」
お嬢もボディーガードの単語がものすごく気になったに違いない。
俺同様、怪訝な表情を浮かべている。
「何って、ちょっとした交渉さ。」
どうしてだろう?ニュートの「交渉」が「脅迫」に変換されてしまう。
「―――という訳だ。護衛してあげるよ。」
「・・・・・・、噂通りの立ち振る舞いだな。」
ニュートと共に向かった先は3年生の教室。
上級生の教室へ入室することに躊躇うのはごく普通のこと。
しかしニュートに躊躇することなく「頼もう!」と我が物顔で入室、目的の人物――柳瀬先輩の元へ一直進。
一方的な物言いと態度は上級生に対しての敬いは一切ない。
「俺は3年生なのだがね。」
「たかが1学年上だけのことでしょ。」
この一言に呆れる俺と柳瀬先輩、そして深いため息を落とすお嬢。
「それにしても開口一番に護衛とは―――。」
「簡単な話さ。剣道部の№1と№3が襲われたのに№2が襲われないなんておかしいだろう。」
「犯人が俺じゃない限りはな。」
「へぇ~~、意外に頭が回るね。剣道部には脳筋バカしかいないって思っていたよ。」
あのさニュート、何であなたはわざわざ相手を煽る余計な一言を口にするの?
「いいのか?」
柳瀬先輩の視線はニュートから俺へ。
「俺はお前を剣道部から追い出した当事者だ。そんな人間をお前は守れるのか?」
「出来ます。」
俺が即答すると思っていなかったのだろう。
驚く柳瀬先輩。
そしてニヤニヤしてウザいニュート。
「何故だ?俺達を恨んでいるのだろう?」
「正直な話、先輩達には怒っています。俺にしたことに対して。でもそれだけです。先輩達が襲われたから見て見ぬフリをするとかできません。」
例え、犯人に罪を擦り付けられてなくても俺はこの話を聞けば何とかしようとしていただろう。
それは断言できる。
「・・・・やはりな。だから加藤はお前を見て苛立っていたのだろうな。」
「どういうことですか?」
「お前の眼が似ているんだよ。加藤が負けたあの女子にな。」
と柳瀬先輩が突如、加藤先輩の過去について語り始める。
「・・・下らないわね。年下の女子に負けたから、自分の正しさを証明する為だけに剣道部をあんな風にして、卒業された先輩方やイトケンを追い出すなんて。」
「ああ、そうだな。それは分かっているよ。でも俺は加藤について行く、と決めた。何があっても。」
「因果応報、自業自得だとボクは思っているけどね。」
「その通りだな。俺達は焦り過ぎたのかもしれない。今になってそう思っているよ。」
柳瀬先輩は俺達から初めて視線は外す。
後悔の念が彼の表情から伝わる。
「後悔しているのなら懺悔の意味の為にもボク達の警護を受けてもらおう。キミならイトケンとお嬢の強さを知っているからそれに対しての疑問はないはずだ。」
「構わない。そもそも俺に断る、という選択肢はないからな。」
ん?それはどういう事。
「地論部で一番恐ろしいのはニュート、お前だ。お前を敵にした奴は全員地獄を見る、悪魔のような存在。」
「へぇ~、よくご存じで。」
にゃはは、と笑うニュートの顔が本当に怖い。
興味本位で聞き耳立てていた周囲の生徒達が全員寒気立つほど。中には顔を真っ青になり気絶する人もいる。
「そんなやつを前に逆らえるわけがない。で、どうやって俺を警護する気だ?」
「簡単さ。襲われるのは夜。なので今日から毎日、夜遅くまで彷徨ってもらうよ。もちろん犯人が見つかるまで、ね」
ちょっと待ってくれ、それって護衛ではなく囮捜査じゃないの。
お嬢も柳瀬先輩も同じことを思ったのだろう。2人共愕然とした表情をみせる。
しかし先程言った通り、柳瀬先輩はニュートを恐れているのだろう、頷くことしかできなかった。