2 掟
「どうぞ。」
数十分後、落ち着きを取り戻した地論部の部室。
椅子に座っている俺は「どうも。」と答えた後、目のまえに置かれたお茶を口にする。
「あ、このお茶おいしい。」
「でしょう~。お嬢が家から持ってきた茶葉を使っているんだ。」
丸眼鏡をかけた、バッちゃんとか呼ばれていたであろう男子生徒が俺の表情を見て教えてくれる。
「あ、自己紹介がまだだったね。ようこそ地論部へ。僕はバタヤン。よろしくね、イトケン。」
「ちょっと待って!」
タイムのポーズ。今の一言にツッコミ所がたくさんあったぞ。
「えっと~~、キミの名前は?」
「バタヤン。バッちゃんって呼んでくれればいいよ。」
「いや、その名前は―――。」
「バッちゃんだよ。」
「いやだから―――。」
「バッちゃん!」
・・・・・・ダメだ。有無を言わさない圧力(?)に、俺は根負け、
「よろしくバッちゃん。」
「うん!よろしく!」
弱々しい答えにも満足そうに握手をしてくるバッちゃん。
この件は諦め、次の質問へ。
「で、イトケンって何?」
「イトケンはイトケンだよ。」
バッちゃんは指先を俺に向ける。
「俺のこと?!いやいや、ちょっと待って。」
と、この時にようやく自分の名前を名乗っていないことに気づき、自己紹介をしようとした時だった。
「名乗る前にその前にこれを読んで。」
お茶を出してくれた女子生徒が一枚の紙を渡してきた。
「何これ? 」
「この部――地論部の掟よ。話はそれから。」
と言われたので、視線を手渡した紙へ。
大きな太文字で『地論部の掟』と書かれたその下にはこう記されていた。
その1,地論部部員はいかなる時もコードネームを使う事。
その2,各地論部部員に対する個人に関するの検索を禁ずる。(但し、本人の了承を得た場合のみは例外として認めるよ。)
その3,部内での取り組みは各個人の意思を尊重すること。(やりたくないことはやらなくていいよ。)
その4,地論部部員は登校している際は必ずこの部に立ち寄ること。
その5,地論部の秘密は如何なる事があっても外に漏らすべからず。
「・・・・・・、何これ。」
「―――という事よ。つまり貴方はこれから名『イトケン』で呼ばれるから。」
「それ、マジ・・・。」
「残念だけど、大マジよ。」
女子生徒の宣告に肩を落とす。
「ということである程度の疑問は納得して――――納得できないかもしれないけど無理矢理でも納得してもらうわ。因みに私の事は『お嬢』って呼んでくれればいいわ。」
(うわ~~、反論できる余地はなさそう。)
それは女子生徒が自らの事を『お嬢』と名乗った時、複雑な表情をしているのを目の当たりにしたから。
どうやら彼女もこの掟に対して思うがかなりあるらしい。
「一応この地論部の部長代理を務めているわ。」
「部長代理?」
「そう、部長はニュートだよ。」
また知らない名前(?)が出てきたな。
バッちゃんの視線が奥の――部長と書かれた札が置かれている空席へ向く。
「幽霊部長なのさ~あの男は。学校に来ていないのさ。登校拒否って奴だな~。」
そう言ったのは俺が唯一視界に捉えることが出来なかった男子生徒。
スポーツ刈りの(言葉を選べば)恰幅が良すぎる体型。
その体型のせいでボタンが留めれないからだろう。制服のブレザーは開けており、ワイシャツも第2ボタンまで外れている。その為帯ネクタイが喉元で閉っておらず、服装全体がだらしなく見えてしまう。
手元に置かれているノートパソコンで何かしているのか、装着しているコードレスのヘッドフォンから何かしらの音が漏れている。
「あ、オイラはワトソン。」
「そしてオレがライダーだ。」
赤髪でサングラスの男子生徒―――ライダー。
恰幅が良すぎる(太りすぎの)男子生徒―――ワトソン。
丸眼鏡の男子生徒―――バッちゃん。
番傘を持っている唯一の女子生徒―――お嬢。
そしてこの場にいない部長―――ニュート。
今一度、一人一人の名を確認。
「で、一ついいかしらイトケン。」
「えっ?あ、はい。」
『イトケン』と呼ばれることが慣れていないのでどうしても返事が遅れてしまう。
「貴方は転校生なのよね?地論部についてどこまで知っているの?」
あれ、俺が転校生ってこと知っている?
「多分気付いていないから教えるけど、ボク、イトケンと同じクラスだよ。で、補足するとニュートも同じクラス。ここにいるみんなは2年生で同級生だよ。」
成程。
俺は転校してまだ1か月も経っていないのでクラスメイトの顔と名前がまだ一致していないのだ。
「えっと、地論部は学校の問題児達が集められた場所、島流しって聞いたけど。」
地図を渡された時に生徒会会長から聞かされた言葉をそのまま口にする。
「地論部――正式名称、地域交流理論部は本来、学校内や周辺の住民達の悩みや相談に乗り解決に導くことを目的とした部活・・・・・・のはずが、何故か問題児が収容する部活へと変貌してしまったの。」
(問題児・・・・・・、つまりここにいる人達は全員、何かしら問題を起こした。一体何を?)
そのことを質問しようと口を開いた所で躊躇する。
脳内に地論部の掟その2が浮かび上がってきたのだ。
「よく踏みとどまったわね。」
初めてみせるお嬢の微笑み。
つい数十分前の、修羅の気配を感じさせた人とは思えないくらい優しい笑みについつい吸い込まれる。
「―――ということだから、明日から必ずこの部室に来ること。別に放課後ではなく、朝や昼休みでも構わないわ。用事がある場合でも顔だけは出して―――って聞いてる?」
「えっ、ああ、はい。大丈夫。」
お嬢を見惚れていた事をばれないように慌てて誤魔化す。
「そう。それならいいわ。それじゃあ明日からよろしくね、イトケン。」