19 容疑とアリバイ
この日、俺は朝からツイてなかった。
「寝過ごした~~~!」
原付の規定速度を超える猛スピードで自転車を漕ぎ学校へ向かう俺。
何故ならいつもより40分起きるのが遅くなってしまったのだ。
大慌てでリビングに降りればテーブルの上には愛妹弁当と『お疲れのようなので先に出ます。戸締りよろしく。』のメモが置かれているのみ。
なので毎朝の楽しみでもある朝食時の妹との会話はおあずけ。
「週の初め。今日の最下位はごめんなさい、おとめ座。今日は何もかも最悪の日。あなたの話を聞いてくれないかも。ラッキーアイテムは不思議な人です。」
テレビでの星座占いは最悪。
慌ただしく戸締りをして、全速力で駆け出した事が功を期したらしく、ぎりぎりセーフ。
自転車を所定の場所に止めた時ちょうどチャイムが鳴って安堵。
額の汗を拭って、ここで異変に気付く。
(なんか今日は学校全体がざわついているな。)
校内を行き交う生徒達のひそひそ話。
それは俺が剣道部での騒動を悪いように噂されたその当時とよく似ていた。
全身に蔓延る視線とひそひそ話を潜り抜け教室へ。
「「「「――――――。」」」」
扉を開けると騒めいてきた教室が一瞬で静寂、教室中の視線が俺へと一点集中。
俺は疲れで重い足を動かし自分の席へと着席した。
(何だこの空気は?)
今までも白い冷たい視線を浴びてきた。が、今日は一段と酷い。
まるで人ではないモノを見ているような軽蔑の眼差し。
犯罪者の気分に感じさせられる重苦しい空気に俺は「どうしたの?」と近くにいるクラスメイトに声をかけようとした時だった。
「イトケン、いた!!!」
勢いよく教室の扉を開けた音とバッちゃんの大声に全員が飛び上がる。
「ど、どうしたのバッちゃん?」
「説明は後!とにかく一緒に来て。」
腕を掴まれ、連行される俺。
「来てってもうすぐ授業が―――。」
「そんなことどうでもいいから。いいから一緒に来て。」
俺はそのまま強引に地論部の部室へと連れ出された。
「イトケン、連れてきたよ。そっちはどう?」
「お帰りバッちゃん~。こっちの方は芳しくないかも~。」
「あれ、何でみんなが?もうすぐ授業が始まるんじゃ――。」
部室には全員が(ニュートを除く)勢揃い。
「1限目は自習よ、緊急会議が行われる関係でね。」
「緊急会議?何で?」
「それよりもイトケン、そこに座って。」
俺の質問を遮り、席に座るよう促すお嬢。
心なしか表情が険しく、俺は言う通りにする。
「イトケン、正直に答えてほしいの。貴方、昨日の夜―――23時頃、何をしていたの?」
お嬢の文言は刑事ドラマでよく見かける事情聴取に似ていた。
「イトケン、家にいたよね。」
「バッちゃん、余計な口を出すな。」
ライダーに怒られて落ち込むバッちゃんを尻目に俺は昨夜の行動を口に出しながら思い出す。
「えっと、昨日は向井道場の日で・・・、確か後片付けをして道場を出たのが22時30分頃で、その後そのまま家の近くの公園でいつもの日課をして。0時には家に帰ったかな。」
その後風呂に入ったり翌日の学校の用意などで就寝したのが2時を過ぎてしまい、今日の寝過ごしへと繋がる。
「おかげで今日、少し寝過ごして――――ってどうしたの皆、頭を抱えて?」
「マジか・・・。」「最悪だ~~。」と呟く理由が分からず、何事かと尋ねる。
「イトケン、やはり貴方は何も知らないのね。」
お嬢の大きなため息。
ここで何か大きな問題が発生していると、初めて理解した。
『では私から説明をさせていただきます。』
「アイネ、お願いするわ。」
『はいお嬢様。』と画面内でお辞儀したアイネは事の詳細を話し始めた。
『昨夜未明の事です。終電近くまで飲んでいた会社員が人通りの少ない道端に血を流して倒れている男子生徒2名を発見した、という通報がありました。被害者は翠成高校3年生、加藤と近藤の2名です。』
「何だって!」
『2名共に意識不明の重体ですが、命に別状はありません。ただ怪我の具合がかなりひどいようです。両者共に棒状の鈍器で頭を殴られた気絶した後、腕や足を幾度もなく殴り続けた模様。頭部骨折と両腕両足の複雑骨折で全治10か月だそうです。』
「全治10か月って、それじゃあ・・・。」
「ええ、あの人達の目標であるインターハイ出場はこの時点で夢絶たれたわ。」
平然と答えるお嬢の宣告に俺はやるせない気持ちになる。
「一体誰がそんなことを――――ん?」
全員の視線が俺に注がれる。
「もしかして俺がやった、て思ってる?」
「少なくとも学校側――理事長はそう考えているみたい。」
「なんで俺が?」
「イトケンが反論するもの分かるぜ。オレ達も同じ気持ちだ。」
「そうだよ、イトケンがそんなことするはずがない。」
「ま、イトケンなら闇討ち何てしなくても正面から倒せるだろうしね~。」
「ただイトケンに不利な状況なのは変わらないわ。アイネ。」
『携帯にデータを送信します。』
アイネの音声から1秒後に携帯が鳴る。
送信された画像付のメールを見るよう促されたので確認すると、木刀を持って夜道を歩くジャージ姿の俺の写真が数枚添付されていた。
「これって―――。」
「ええ盗撮よ。イトケン、この写真とメモが同封された封筒が今朝学校のポストに投函されていたの。」
『メモの内容は〈剣道部の部長達を襲った犯人〉と書かれていました。郵便の消印と切手が貼られていませんでしたので、恐らく何者かが直接投函されたと考えられます。』
「つまりこの写真でイトケンに罪を擦り付ける、って魂胆だな。」
『その通りです、ライダー様。』
真犯人の卑劣な手口に悪態を付くライダー。
「ねえイトケン、この写真がいつ撮られたかわかる?」
「いや・・・、それはわからないけど。でも昨日ではない事は確かだ。」
昨日は向井師範の道場の日で、その後直接道着姿で公園に向っている。
その為、昨夜は撮影されているジャージは着ていないのだ。
「でもそれだとちょっと厳しいな~。一旦家に帰って着替えたのだろ、と言われれば終わりだ。」
「ワトソンの言う通りね。」
右手を額に当てて悩むお嬢。
男子3人からも唸り声が漏れる。
「他に何かないかしら。イトケンが無実だといえる証拠が・・・。」
証拠、と言われ何かないかと考えてみる。
「証言してくれる人とかいないのイトケン?」と必死に問い詰めてくるバッちゃんの言葉に、「証言・・・・あ!」と思い出す。
「ある!そうだ俺、昨日も夜空さんに会った。」
そう、昨夜も「こんばんは。」と夜空さんがふらりと現れたのだ。
「昨日他愛のない話をしていたら、異様に盛り上がって・・・。それでいつもより帰るのが遅くなったんだ。」
「夜空さん?」
俺以外、首を傾げるのも無理もない。
何故なら夜空さんと会っている事を俺は誰にも話していないのだ。
「イトケン、その人はどんな人なの?」
お嬢の真顔をグイ、と近づいてきたので一瞬ドキッ。
心臓の鼓動を抑えながら答える。
「多分この学校の学生だと思う。ここの女子の制服を着ていたから。」
「アイネ!」
『はい、すぐさま名簿を確認します。』
ワトソンの指示に、アイネはノートパソコンの画面上から姿を一旦消す。
彼女は学校のサーバーに侵入し、在校生全員の名簿を確認しに行ったのだ。
『・・・・・・、駄目です。ヒット数0。この学校には夜空の名を持つ生徒は存在しません。』
「そんな馬鹿な。だって夜空さんは――――あ!」
とここで重大な事実を思い出す。
夜空、という名は俺がつけた名で本当の名前を知らないのだ。
名前だけではない。
実の所、夜空さんの事は何も知らない。
幾度か素性を尋ねてみたが雲を巻くように躱して教えてくれなかったのだ。
「名前を知らないだと!!そんなことがあるのか!!」
「いやライダー。それは大いにあるよ~。現にオイラ達がそう言った関係だろ~。」
ワトソンのツッコミにライダーは「成程。」と大いに納得する。
「でもそれだとまずいよ。探せないよその夜空って人。」
「バッちゃんの言う通りだわ。ねぇイトケン、その夜空って人の特徴は?」
「特徴・・・?えっと・・・。あれ?」
何故だろう、昨夜会ってばかりなのに。ここ最近、頻繁に顔を合わせているのに。
思い出そうとすればするほど、思い出せない。
俺の脳内では夜空さんの顔が、姿が、靄にかかっている感じで上手く思い出せないのだ。
「えっと、長い髪にいつもロングスカート姿で・・・・・。駄目だ、全然思い出せない。」
モヤモヤした感情に焦り苛立ち、頭をかきむしる。
俺のもどかしさが全員に伝わっているのだろう、心配そうな視線が向けられる。
「頑張ってイトケン。特徴的なものを上げてよ。癖とかでもいいから。」
「癖?」
バッちゃんの必死の励ましとアドバイスが靄の中で迷う俺に一つの光を見せてくれた。
「笑い方・・・・・・。」
「「「「笑い方?」」」」
「夜空さん、ちょっと独特な笑い方なんだ。左手を手に当てて『にゃはは。』て・・・。」
あれ?俺の発言に全員が呆然、開いた口が塞がらない。
「ちょっと集合。」
お嬢の号令に俺を除く地論部メンバーが顔を近づけひそひそ会議。
「どう思う?(ひそひそ)」←お嬢
「いや完全にヤツだろう。(ひそひそ)」←ライダー
「間違いないね~。(ひそひそ)」←ワトソン
「100%だね。(ひそひそ)」←バッちゃん
「全くもう・・・、何をしているのよ!」
お嬢のボヤキでひそひそ会議は解散。
話に取り残された俺はどういうことかと尋ねる。
「イトケン、多分だけど―――いいえ、ほぼ確定ね。その夜空って人は―――。」
代表してお嬢が夜空さんの事を俺に伝えようしているのを、
「ここにいたのね。」
扉を開けた生徒会会長、霧津直子が待ったをかけた。
「ナオ?!どうして貴方がここに?」
だが、霧津直子はお嬢の問いかけを無視、俺の目の前へ来てこう言い放った。
「理事長室に連行します。理事長がお呼びです。」