藤原基経は詩を唱和したい
宮廷の宴会は、雅や詩、音楽、華麗な衣装が織りなす優雅な舞台であった。月明かりが薄暗い庭園に幻想的な光を投げかけ、琵琶の音が美しい夜を彩っていた。華やかな衣装に身を包んだ貴族達は、雅楽の演奏に耳を傾け、美しい詩の朗詠に酔いしれていた。座るごとに立つごとに、詩や和歌が奏でられ、その度に会場は拍手と歓声に包まれた。
踊り子達は、優雅な舞を披露し、その美しさと技巧に感嘆の声が上がった。詩人達は詩の朗読と詠唱を通じて、愛、自然、美、季節、そして過去の偉業について語り、心に響く言葉で宴会の雰囲気を盛り上げた。参加者達は詩の響きに魅了され、心に残る瞬間を楽しんだ。
時の権力者は藤原基経であった。基経は道真が優れた文学の才能を持っていることを知っていた。彼は道真を呼び出し、共に詩を唱和して楽しもうと提案した。
「道真よ、私達で詩を唱和しないか?お前が書いた詩を聞くのはいつも楽しみにしているんだ」
周りには参加者達が静かに座り、期待に胸を膨らませている。しかし、道真は基経に向かって、悲しそうな表情を浮かべ、何も言えなかった。落涙し、嗚咽を堪える様子は、道真の心情を如実に表していた。
「道真、どうした?何で泣いてるんだ?」
基経は道真の様子がおかしいことに気づき、心配になった。参加者達も、道真の異変に気付いた。
「私…私の心が重いんです。詩を楽しむ余裕がありません」
道真は深い悲しみに包まれたまま答えた。道真の悲しい表情が、基経と参加者達の心に響く。詩の唱和の場が、意外な方向へ向かいつつあることを感じさせる瞬間となった。
「私がここにいる意味が分からない。私は詩を作るために生まれてきたんじゃない」
道真の言葉が宴会場に響く。その言葉は道真の心の中に渦巻く迷子のような感情を率直に表していた。基経は道真の心情に寄り添い、彼の感情を汲み取ろうとした。
「道真よ、詩は人々を幸せにするためのものだ。詩はお前の持つ素晴らしい才能を表現するための手段でもある。もし、詩を作ることが辛ければ、しばらく休んでも構わない」
道真は、基経の言葉に救われたような気がして、心の中の混乱が少しずつ収まっていった。
「ありがとうございます」
基経は言葉を続けた。基経の言葉は、道真の心に対する過剰な圧力を優しく解いていくものであった。
「自分自身に対する過剰な圧力は良くない。私達は詩を楽しみながら作ることが大切なんだ。」
道真は基経の言葉を受け止め、少しずつ笑顔を取り戻していった。周りの参加者達も、そのやり取りに安堵の表情を浮かべ、宴会場は再び温かな雰囲気に包まれた。この日の宴会は、道真の心の奥底に秘められた痛みに触れることとなり、参加者達は道真を支える心の温かさを示したのであった。