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菅原道真は飽食を嘆きたい

道真は自分自身を落ち着かせようと試みた。道真は一つの料理を選び、静かに食べることにした。

「ここで一息つく時間が必要だ。飽食と無駄な騒ぎが、心の静けさを奪ってしまう」

道真は一皿の料理に集中し、その美味しさを楽しむ。道真は飽食に対する自身の感情を考えた。道真は贅沢や無駄な食事を嫌っていた。飽食は彼の価値観に合わないものであり、特に宴会では無駄な料理が出され、残されてしまうことに疑問を抱いていた。

「飽食は嫌いだ。無駄な贅沢は私の価値観には合わない。このような宴会では、無駄な料理が出されて残されてしまう。個々人の好みに合ったものではないため、皆が満足することは難しい」

道真は静かに自身の考えを整理した。これは現代の宴会も同じであり、現代人感覚でも飽食を嫌悪する。道真は前世でWilliam Shakespeare, The Merchant of Venice(ヴェニスの商人)を読んでいた。そこではNerissaが「And yet, for aught I see, they are as sick that surfeit with too much as they that starve with nothing.」(人間は何も食べないと飢えて病気になるが、飽食でも病気になる)と語っていた。

ローマ帝国の衰退も飽食が原因である。古代ローマでは美食を続けるために嘔吐したとされるが、愚の骨頂である。ローマの飽食はSF小説でも風刺されている。

「壮大なローマの域内を流れる河川はひどく汚染されています。なぜだと思いますか」「ローマ人が暴飲暴食の挙げ句に吐いた汚物によってです。彼ら貴族は、宴席ではテーブルの下に担架を用意しているのです。食べすぎて動けなくなると、担架で運ばせるために」(劉慈欣著、大森望、光吉さくら、ワン・チャイ訳、立原透耶監修『三体』早川書房、2019年、232頁)

「あまりに無意味な贅沢に溺れた古代ローマ人はやがて労働の喜びも忘れ滅びていった」(城アラキ原作、ホリエリュウ作画『ギャルソン 5』Table 34「サービスの起源-孤独の反対語-」)

フランス革命を描いた小説にも以下の文章があった。「贅沢と幸せは、同じものであるはずがなかった」(藤本ひとみ『アンジェリク 緋色の旗』講談社、2009年、34頁)

逆にキリスト教徒のエスタブリッシュメントは飽食を否定する。「これ(ワイン)はキリストの血なんだ。そしてこのパンはキリストの体だ。だから、いくらいいワインだからといって、がぶ飲みするのは神に対する冒涜になる」(落合信彦『そして帝国は消えた』集英社、2002年、157頁)


「非効率な料理の提供の仕方で、勿体ない」

宴会での無駄な料理の提供が道真の心に重くのしかかった。飽食はSDGs; Sustainable Development Goalsのフードロス削減にも反する。

結局、周りの騒音やつまらなさに気が散り、道真は時間を過ごすのが苦痛でならなかった。道真の表情は寂しさと焦燥感で揺れ動いていた。道真は自分が愛する学問や文化について没頭できないことを悔い、つまらない宴会が終わることをただただ待ち望むばかりであった。


道真は酒よりも茶を好んだ。これは史実の道真と同じである。「道真が酒を飲めない下戸であったことは良く知られた事実であるが、その酒と対比されることの多い茶を道真は好んで喫している」(村井康彦『王朝風土記』角川書店、2000年、77頁)


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