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菅原道真は秘薬だまし売りをなくしたい

道真の屋敷は、都の華やかさとは無縁の寂寥に包まれていた。道真は、かつて右大臣の位にありながら、冤罪により太宰府の地に左遷された悲運の貴人である。その胸中には、晴らされぬ冤罪への痛みが渦巻いていた。


ある日、一人の老女が道真の仮寓を訪ねてきた。顔には深い皺が刻まれ、その眼差しには絶望が宿っていた。

「菅公様、どうかお助けくださいませ」

老女は、震える声で訴えた。話を聞けば、老女の息子が最近、都から来た商人から高価な「不老長寿の薬」を買い求めたという。商人は「これは唐からもたらされた秘薬で、菅公様も密かに服用されている」と偽り、莫大な金銭を巻き上げた。しかし、その薬はただの草の根を煎じただけの代物で、服用した息子は逆に体調を崩してしまった。息子はだまされたことを恥じ、心労のあまり床に伏せっているという。


道真は静かに話を聞いた。都のまつりごとの不正義に苦しめられた自らの境遇が、この老女の訴えと重なった。権力の中枢で行われる冤罪も、市井の人々を苦しめる「だまし売り」も、根は同じ人の心の闇に違いない。


「この道真、もはや政に関わる身にあらず。されど、曲がったことを看過するわけにはいかぬ」

道真は、弱き者を救うため、そして自らの正義を貫くため、この「だまし売り」の真相究明を決意した。


道真は調査を開始した。問題の商人は播磨屋と名乗り、最近太宰府近郊で急速に勢力を広げている新興の商人であった。播磨屋は、都の有力貴族の覚えめでたいと吹聴し、その威光を笠に着て人々を信用させていた。

調査を進めるうち、播磨屋が用いる手口が巧妙であることが判明した。彼らはまず、地元有力者に取り入り、その権威を利用する。次に、偽の効能を記した書状や、都からの使者を装った仲間を使い、商品の信憑性を高める。そして最後に、道真の名を勝手に持ち出し、権威付けに利用していた。

「私の名を騙るとは……」

道真の怒りは静かながらも深いものとなった。道真は知識を活かして、播磨屋の帳簿や流通経路を密かに探らせた。すると、播磨屋が扱っているのは薬だけではないことが分かった。質の悪い布や農具を高値で売りつけたり、偽の土地権利書を使って田畑を巻き上げたりと、だまし売りは多岐にわたっていた。

決定的な証拠は、播磨屋が都の藤原氏の一派と繋がっている可能性を示す書簡だった。彼らは悪行によって得た富の一部を都に送り、庇護を得ていた。


証拠を揃えた道真は、太宰府の役人に訴え出た。しかし、役人たちは都の有力貴族の影を恐れ、及び腰であった。

「このままでは、だまし売りが野放しにされる」

道真は自ら動くことを決意した。ある満月の夜、播磨屋が地元の有力者たちを集めて宴を開いている最中、道真は彼らの前に現れた。かつての右大臣の威厳は、左遷されてもなお健在であった。

「播磨屋庄兵衛、面を上げよ」

道真の低い声が響き渡った。播磨屋は驚き恐れながらも愛想笑いを浮かべた。

「これは菅公様。日頃はご愛顧いただき……」

道真は冷たく言い放った。「黙れ。貴様が行ってきた数々の『だまし売り』、この道真、すべて承知しておる」

道真は集まった人々の前で、播磨屋の不正の手口、偽の薬、そして都との癒着の証拠を次々と明らかにした。播磨屋は顔色を変え、逃げ出そうとしたが、道真の従者に取り押さえられた。

集まった人々は騒然となり、播磨屋への怒りの声が上がった。道真は静かに語りかけた。「都の権力闘争も、市井の商人の悪行も、人を騙し、苦しめるという点では同じ。真の正義は、弱き者を守り、曲がった行いを正すことにある」

翌日、播磨屋は太宰府の役人に引き渡され、厳しく裁かれた。都の藤原氏の圧力もあったが、道真が集めた確たる証拠と、人々の前での告発により、もみ消すことはできなかった。


老女の息子は快方に向かい、道真に深く感謝した。道真は、この一件を通じて、自らの使命を再確認した。都を追われても、真の「道」はここにある。人々を苦しめる不正義と戦い、真実を明らかにすることこそ、学者であり貴族であった自分の為すべきことなのだと。



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