宇多上皇は出家したい
陰謀は道真の見えないところで進められたが、道真は肌感覚で危険を感じた。
「私は家柄が低く、また、学問に専心したいため、右大臣を辞任させて下さい」
道真は再度辞任を申し出た。ところが辞任は許されなかった。宇多上皇にとって道真を失うことは国家の損失であった。
「なぜ私を辞めさせてくれないんだろう? 」
道真は悩んだが答えは出なかった。
「今やそちは右大臣になってしまった。もう、この国に必要な存在なのだ。だから、そちを手放すことはできぬ」
「えっ! どういうことです!? 私は辞任を申し出ましたよね」
「ああ、そうだね。でも、君がいなければこの国はダメになってしまうんだよ」
「そんな……」
「じゃあ、そういうことだからよろしく頼むよ」
「待ってください」
「そこで、道真に頼みがある。どうか、この国の平和のために尽くしてほしい。そして、いずれは太政大臣になってほしい」
「はい、わかりました」
「道真ならきっとできるはずだ」
「必ずやり遂げます」
「期待しているぞ!」
「はい!」
「上皇、これからどうなさりたいですか?」
「とりあえず、出家したいかなあ」
宇多上皇は心身の安寧を求めるために出家する決意を固めた。
「かしこまりました。では、準備いたします」
「ありがとう」
宇多上皇は準備が進むのを待ちながら、内省と精神の安定に専念した。法皇となって新たな人生の章を迎えることに胸を躍らせた。
数週間後、宇多上皇は出家の儀式を執り行い、僧侶としての生活を始めた。彼は法皇としての新たな役割に集中し、仏教の教えに基づいた生活を送った。宇多法皇は多くの僧侶との対話を重ねた。彼は仏教の教えや哲学を学び、自らの心の探求と人々の幸福のために尽力した。
宇多法皇は仏教への傾倒を深めたことで政治への関与が減り、道真へのバックアップも減った。これは時平の陰謀を進めやすくした。
「宇多法皇の政治への関与が減っていると感じるな。道真への支援も薄れてきたようだ」
藤原時平が藤原菅根に語った。
「確かに法皇は出家後、仏教への傾倒が深まっています。政治にはあまり関心を示さなくなりました」
「それは好都合だ。道真を排除するチャンスが巡ってきたと言えるな」
「これまでは陰謀を中々進められませんでしたが、今ならば機会が訪れたと言えます」
時平は陰険な笑みを浮かべながら、道真を陥れるための策略を練り始めた。道真への中傷や不正の証拠をでっち上げる計画を進めていった。やがて時平の策略は実行に移され、悪意に満ちた噂や捏造された証拠が次々と広まっていった。
時平と異なり、道真は時平を嫌っていたわけではなかった。道真は道真なりに時平を支えていたつもりなのだ。道真は時平の屋敷を訪問した。
「おお、道真殿ではないか」
時平が出迎えた。
「時平様、お久しぶりでございます。ところで、葬儀について何かご存知でしょうか?」
「知ってるも何も、そろそろ始まる頃だよ」
「そうなんですか……って、えっ?」
道真は耳を疑った。時平の勢力によって道真は孤立しており、必要な情報も入らなくなっていた。
「どうしたのだ?」
「いえ、何でもありません」
「そうか。まあ、とにかくこちらへ来なさい」
時平は道真を案内した。
「これは……」
道真は絶句した。そこには棺があった。
「これはどういうことでしょうか?」
「何がだい?」
時平は惚けた。
「とぼけないでください。これはいったい何なんですか?」
「何のことかさっぱりわかんないけど?」
時平はとぼけ続けた。
「ふざけている場合じゃないでしょう!」
道真は激怒した。
「まあまあ、落ち着きたまえ」
時平はあくまで冷静だった。
「これが落ち着いていられますか?」
「ところで、最近、どうだい?」
「何のことでしょうか」
「とぼけるでない。大宰府のことだよ」
「大宰府がどうしたのですか」
「まあいいか。そのうち分かることだし」
時平は意味深長なことを口にした。道真は時平の言葉に寂しさを感じつつも、それでも自らの立場でできることを考えた。
「私はまだ自らの役割を果たすことができる。私は公正な政治を行い、人々の幸福を追求することに変わりはありません」
時平は不敵な笑みを浮かべた。
「そうだな、道真殿。あなたならば、今の状況から抜け出し、真の政治家としての力を発揮できるかもしれない。私も期待しているよ。」
道真は時平の言葉に苦笑いしながらも、再び決意を固めた。道真は孤立し、情報が届かない状況の中でも、自らの信念を貫き、政治の舞台で闘い続ける覚悟を持った。




