宇多天皇は譲位したい
色とりどりの紅葉が風に舞う中で、宇多天皇と道真の会話が響いていた。
「朕が退位したら、そちが後を継いでくれ。頼むよ」
宇多天皇は軽やかな冗談めかしの口調で言葉を紡いだ。
「お戯れをおっしゃらないでください」
道真は真剣な表情で答えた。
「いや、本気だよ。道真よ。そちが帝になればよいではないか」
宇多天皇は冗談めかしていたが、目は真剣だった。
「おそれ多いことでございます」
「朕が推薦すれば、誰も反対する者はいないであろう」
宇多天皇の予想外の発言に驚きながらも、道真はその真剣なまなざしを受け止めた。道真は宇多天皇の冗談とも取れる言葉に対して敬意を持ちながらも、自身の限界と責任を考えた。道真は謙虚な心で宇多天皇に対し、自分が天皇にふさわしい存在ではないと伝えた。
「帝の位に就くことは、私にとって非常に重大な役割です。私はただの一人の人間に過ぎず、帝としての責務を果たす自信がありません」
宇多天皇は道真の謙虚な姿勢に一瞬驚いたが、その後に真剣な表情で深く頷いた。
「道真よ、お前の謙虚さと責任感に敬意を表する。お前がそう思うのならば仕方ない。ただ、今後も朕の側にいてくれ」
右大臣の源能有が寛平九年(八九七年)六月八日に病で薨去した。その悲報は都の中に広がり、多くの人々がその死を嘆いた。中でも道真は能有と深い友情で結ばれていた。二人は長い間互いに信頼し合い、多くの思い出を共有してきた。
道真は能有から頼み事を持ちかけられたことがあった。能有は道真の邸の庭にある美しい竹を気に入り、その竹をどうしても能有邸に移植して欲しいと言った。能有はその竹を大切に育てていきたいと考えていた。
道真は喜んでその頼みを引き受け、数日後には自らが手を動かしてその美しい竹を掘り起こした。その竹は立派な姿をしており、道真はそれを慎重に取り扱いながら、新しい場所へと慎重に植え付けた。能有もその様子を見守りながら、微笑んでいた。
移植が終わると、能有は感謝の意を込めて道真に頭を下げた。
「君のお陰でこの竹は新しい場所でも生育するだろう。これからも君との友情を大切にしたい」
その後、竹は確かに美しく成長し、能有邸の庭を彩った。そして、二人の友情も竹とともに時を重ね、長い間語り継がれることとなった。道真は能有の死後も、その思い出深い出来事を胸にしのびながら、友としての絆を大切にし続けた。
能有は文徳天皇の皇子で臣籍降下した一世源氏である。宇多天皇も臣籍降下した一世源氏であり、同じ立場として信頼していた。この信頼する人物の死が宇多天皇の譲位の決意を強めた。
「宇多天皇の性格が激情的であり、かつブレーンであった源能有が退位直前に亡くなりそれを深く悼んでいることから、能有の死を経緯に退位にはしったと考えておきたい」(森田悌『王朝政治』講談社、2004年、102頁)
宇多天皇の譲位には藤原氏の権力を強めないためという目的もあった。宇多天皇には基経の娘の温子が入内して女御になっていた。もし皇子が生まれたら、この皇子を次の天皇にしようとするだろう。早く皇太子の敦仁親王に譲位することが上策となる。




