菅原道真と藤原基経はジョブ型に共感したい
道真は讃岐国から阿衡の紛議を聞き、上洛して事態を収拾させようとした。道真は先ず多くの人から情報収集し、問題の核心を把握した。そして、基経に対して橘広相を罰しないようとの意見書を提出することにした。
道真は意見書を丁寧に書き上げた。基経に対して信頼と敬意を込めて、彼の判断力と指導力を讃えた。基経の闘争心を解きほぐす言葉を紡いでいった。
「これ以上の対立は藤原氏にとっても悪影響を及ぼします。阿衡の紛議を解決するためには、相互主義が必要です。
名誉は、時折内なる葛藤や試練をもたらすものかもしれません。名誉ある地位は、時折その真価が問われることがあるでしょう。
しかし、その地位が与える影響力は計り知れません。偉大なる使命は、時の試練を乗り越える鍵です。その中で私たちは自己を見つめ直し、成長し、朝廷に奉仕する機会を得るのです。それこそが私達が担う役割です。
覇者とは、地位にとらわれることなく、使命を果たす者です。その力を最大限に活かし、朝廷の繁栄に尽力してください」
基経は道真からの意見書を受け取り、静かに一読した。文字は丁寧に並べられ、厳かな雰囲気が伝わってくる。意見書を読み終えると、深い感慨に心を打たれた。基経は道真の思いやりと賢明さを感じ取り、矛を収めるべきだとの決断を下した。
阿衡の紛議は基経の言いがかりのように扱われること多いが、実権のない名誉職に祭り上げられることへの反発は現実的な問題であった。基経は元慶四年(八八〇年)に太政大臣に昇進したが、ここでも悶着があった。太政大臣は天皇の師範であり天下の手本となる者とされたが、具体的な職務は明確ではなく、その名誉の裏に隠れる危うさがあった。
実権のない名誉職として基経の地位を冷やかす者もいた。彼らの陰口や嘲笑が、宮廷の闇に静かに広がっていた。基経の心は迷いと焦りで満ちていた。
「太政大臣は、どれほど価値のあるものなのだろうか。名誉ある肩書きに値するだけの意味を持つのだろうか」
基経は自問自答を繰り返した。
基経は深夜に道真を呼び出した。闇に包まれた庭園で二人の会話が始まった。
「深夜の庭園で何を考えておられるのですか?」
道真は微笑みながら尋ねた。
「私は、太政大臣の役割と名誉について考えていました」
基経は道真に太政大臣の職掌を諮問した。
「太政大臣は分掌の職にあらず、その分職なきがため、ゆえに掌を称さず」
道真は令義解を引用して回答した。令義解は律令の解説書である。その編纂には道真の祖父の菅原清公も加わっている。
「太政大臣は分掌の職ではありませんが、太政官の職事です。太政大臣は太政官が管轄する全ての職務について権限を有しているため、太政大臣固有の職務は規定されていません」
星々の光が彼らを照らし、庭園の木々が風に揺れる中で、道真の言葉が明るさをもたらした。道真の言葉は基経の迷いを払拭し、新たな決意を彼に与えた。道真の回答によって、この時の悶着は解決した経緯がある。
基経にとって阿衡の紛議は太政大臣の時以上に譲れない問題があった。太政大臣は律令に存在している役職である。これに対して関白は新たな役職である。単なる名誉職になる可能性もあった。基経は関白という役割に意味を吹き込みたかった。
基経と道真は地位よりも役割を重視するジョブ型の価値観を持つ点で共通しており、それ故に基経も道真の言葉に耳を傾けた。基経は元々、道真の文才と才能を高く評価しており、道真に代筆を依頼した経験もあった。それ以上にジョブ型の価値観を共有していたことが大きい。道真の存在と意見が阿衡の紛議の解決に向けた道を開くことになった。
阿衡の紛議を収拾させたことは、道真の名声と評価を大いに高めた。宇多天皇は道真の立ち振る舞いに感銘を受けた。彼は道真の卓越した指導力と解決能力を高く評価し、信頼を寄せるようになった。




