菅原道真は一所懸命を信奉したい
「他に成果としてアピールすることはないか」
面談では逆に上司の方が役割外の仕事をアピールさせようと水を向けてくることがあった。しかし、道真は自身の役割について一所懸命に説明を続けた。どんな仕事でも一生懸命ではなく、自分の役割に一所懸命である。役割外の仕事に関することを話す余裕はなかった。役割に一所懸命であることを示すことが、道真にとって最重要だった。
上司が役割外の仕事の話に脱線しようとしても、道真は冷静に自分の役割に集中した。無駄な話に巻き込まれないように気をつけた。無能公務員体質のスタッフが無責任に考えているように役割外の仕事をアピールする暇はない。役割とは関係なく、自分のことをダラダラ話すことは愚か者のすることである。
ライセンス管理の担当者ならばライセンス管理の役割を果たしたことをアピールしたい。それが全てである。ライセンス管理に精通し、それを完璧に遂行することが、道真にとっての最も重要な使命だった。
道真は自分のライセンス管理の成果アピールが強力であると信じていた。押し付けられた役割外の仕事をアピールするならば、本来の役割の成果アピールが弱まってしまう危険がある。役割外の仕事をアピールすることが、ライセンス管理の重要性を理解していない印象を与える危険がある。
この結果、上司は役割外の仕事も評価したいが、担当者は評価しないで欲しいという変な対立が勃発してしまった。無能公務員体質のスタッフが役割を定義せずに目の前の問題を解決することしか考えずに仕事を押し付ける弊害が顕著に表れた。
ここには会社に狡いところがある。与えられた役割を一所懸命に果たすことは立派なことである。それは十分に成果としてアピールできる。ところが、会社は評価する管理職に対しては「役割を果たした」で「できた」と評価することを避けるように指導する傾向がある。そうしないと評価結果が平均点に集中し、成果主義による評価の差が出なくなるためである。
それならば役割を果たした態様で差をつけることが筋である。やはり役割外の仕事をアピールすることに意味がない。しかし、上司からすると「役割外の仕事もしている」とすることで評価しやすくなる。担当者にとっては役割外の余計な仕事とマイナス要素になるが、上司からすれば役割以上の仕事をしたとプラス要素になる。そうなると逆に上司の方が役割外の押し付けられた仕事を担当者にアピールさせようと必死になる。
「ライセンス管理ができていることは分かった。それ以外のことをもっとアピールして欲しい」
このように上司は考えているかもしれないが、担当者はライセンス管理の担当者であり、ライセンス管理でアピールしたい。「他に成果としてアピールすることはないか」と言われるとライセンス管理のアピールがきちんと伝わっていないのではないかと心配になる。だから役割外の仕事をアピールするように言われると、逆に改めてライセンス管理の成果をアピールしたくなる。それを遮るならば、上司は担当者の話を聞く気がないのではないかと疑心暗鬼になる。
スタッフは自分達で商品やサービスを作るつもりがないならば「できない」と回答すれば良い。そうすれば「スタッフ部署が使えない」と思われて終わるだけである。使いない部署は無視され、仕事が回されなくなるだけである。エンジニアに個別作業を押し付け、それがそれなりにできてしまったら、無能公務員体質のスタッフ部署が使えないという真相が覆い隠されてしまう。それは長い目で見れば良いことではない。
商品やサービスを作り、エンジニアの役割を定義することが仕事であるのに、個別作業ができそうな人に押し付けることが仕事という誤った意識を持たせてしまう。本来ならば使えない部署が人材紹介という仕事を成し遂げたような誤った達成感を持たせてしまう。
スタッフ部署が無能公務員体質ならば、無能であることを明らかにすることが改善の第一歩である。それを認識し、向き合うことが、成長への道になる。無能公務員体質のスタッフ部署の役に立ってしまうことは人間として恥ずかしいことである。
「皆さん、素晴らしい仕事をしていますね。でも、私達が行うことと行わないことを明確にする必要があります。スキルあるエンジニアが個別作業をこなしてしまうと、スタッフ部署が使えないという真相が見えにくくなることがあります」
道真は、スタッフ部署の役割を再評価し始めた。自分の能力を最大限に活かすことに専念し、無駄な業務を避けるようになった。この変化は会社全体にとって良いものである。エンジニアが真価を示すことで、他の部署にも影響を与えることができる。無能な部署が有能な印象を持たれることは、我々にとっては恥ずべきことである。それ故に自分の力を最大限に発揮し、正直に自己評価を行いたい。




