花音は佐賀を歩きたい
花音と風斗は、佐賀空港に降り立った。佐賀空港は佐賀市街の南にある。空港の外には、広がる田んぼが風に揺れ、空には雲一つない青空が広がっている。静かで穏やかな田舎の風景が二人の心を和ませた。
佐賀空港から佐賀駅までリムジンバスが出ている。
「リムジンバスがもうすぐ来るよ」
風斗が指差す。花音はその方向に目をやり、ゆっくりと近づいてくるバスを見つめた。二人は佐賀駅行きのリムジンバスに乗り込む。バスは袋入口や佐賀県立博物館の前を通り、佐賀の歴史に触れながら街中へ向かっていく。
佐賀駅南口を出て中央通りを南に進むとアーケード商店街の白山アーケード(白山名店街)がある。佐賀城の外堀にあたる十間堀の近くを中央通りから東に延びている。佐賀城と佐賀駅の中間くらいである。
この白山アーケードはFree Wifiが提供されている点で先進的である。アーケードもモダンな立派なものである。ところが、閉まっている店舗が多く、空洞化する地方商店街という印象を与える。白山アーケードのメインは中央通りを東に伸びる道であるが、途中で北に伸びる支線的なアーケードもあった。ここに七福神の宝船の山車が置かれていた。
花音と風斗は佐賀城を訪れることを決めた。肥前佐賀藩の居城である。佐賀藩は三六万石の大藩として栄えた。二人は城内を歩きながら、佐賀藩の歴史に思いを馳せていた。
「藩主は鍋島氏だったんだね。佐賀藩はかなり大きな藩だったんだね」
花音が感慨深げに言った。
「そうだね。本丸御殿も当時は壮麗だったのだろうな。今は復元されたものだけど、それでもすごい規模だよね」
風斗も感心しながら答える。本丸歴史館は佐賀藩一〇代藩主・鍋島直正が天保九年に完成させた本丸御殿を復元した建物である。木造建築としては日本でも有数の大きさで、細部にまでこだわって再建された宮大工の技術に驚かされる。館内を進むと、アームストロング砲が展示されており、幕末の佐賀藩がいかに技術的にも進んでいたかを感じ取ることができた。
「このアームストロング砲、鍋島直正が導入したんだよね。佐賀藩って、技術力がすごかったんだな」
風斗がつぶやく。
「藩の未来を見据えて新しい技術を取り入れたんだね」
花音も頷いた。
天守台には石垣しか残っていなかった。それでもその存在感は圧倒的で、かつての佐賀城がどれほど壮大だったかが想像できた。
「鯱の門もすごいよ。国の重要文化財なんだって」
花音が門を指差す。
「ほんとだ。昔の職人たちの技術が詰まってるんだね」
風斗は門の細部を観察しながら言った。
佐賀城を後にして、二人は次の目的地である幕末維新記念館へと向かった。ここは明治維新一五〇周年を記念して開催された「肥前さが幕末維新博覧会」のメイン会場となった場所だ。館内では、幕末の佐賀藩の技術力や、当時の藩主であった鍋島直正の思いが紹介されている。
「佐賀藩って、幕末の頃には蒸気船や鉄砲も作ってたんだって。技術力がすごいんだね」風斗が展示を眺めながら言った。
「そうだね。佐賀藩はただの大藩じゃなくて、技術でも未来を見据えてたんだ。幕末の混乱期でも、自分たちの力で何とかしようとしたんだね」
花音も熱心に展示を見た。
「早稲田大学を創設した大隈重信って、佐賀出身だったんだね」
花音が呟く。
「そう、内閣総理大臣になったんだよ。しかも、日本初の政党内閣を率いたんだ」
風斗が説明する。大隈重信は一九六八年に第八代内閣総理大臣に就任した。自由党と進歩党が合同した憲政党が与党となった。板垣退助が内務大臣となったので隈板内閣と呼ばれた。
記念館の外に出ると、広々とした芝生広場が広がり、中央には噴水がある。風が吹くたびに噴水の水しぶきが涼しさを運んでくる。
「なんだか、昔の佐賀藩の人たちがここで何かを思い描いていたのが感じられる気がするよ」
風斗が静かに言った。
「そうだね。歴史って、ただ過去の話じゃなくて、今に続いているんだよね」
花音が答える。
幕末維新記念館を後にし、二人はすぐ近くにある佐賀県立図書館にも足を運んだ。この図書館は一九一三年(大正二年)に鍋島家が建設した佐賀図書館を前身とする。館内には膨大な書籍が並び、大正時代の人々もここで学問に励んでいたのだろうと二人は思いを巡らせた。
「佐賀藩は本当に学問を大切にしていたんだね。だからこそ、技術も発展したんだろうな」風斗が語る。
「鍋島家の人たちも、未来のために教育を重視してたんだろうね。今の佐賀県立図書館もその思いを受け継いでるんだ」
花音も感慨深く答えた。
図書館を出た二人は、道路を挟んだ向かいにそびえる佐賀県庁を眺めた。佐賀藩の歴史と、今の佐賀県の中心が共存する場所を感じながら、彼らはこの地に根付く歴史と未来への思いに胸を打たれていた。
「佐賀の歴史を知ることができてよかったね」
花音が微笑む。
「うん。今まで知らなかったことがたくさんあった。これからももっと学びたいな」
風斗は静かに答えた。二人は夕暮れの佐賀の街を歩きながら、歴史と未来が交差するこの土地に心を寄せ続けていた。