千利休は茶釜だまし売り冤罪を道真になぞらえたい
豊臣秀吉は北野大茶会を開催して菅原道真を称えたが、その秀吉によって切腹に追い込まれた千利休も自らを菅原道真になぞらえた。利休は秀吉の茶頭であったが、天正一九年(一五九一年)に堺への蟄居を命じられた。
茶室の中で、千利休は一人静かに座していた。利休は目の前の茶釜をじっと見つめていた。茶釜の湯が、かすかに鳴る音が、茶室に響いていた。庭には、しとしとと小雨が降っていた。
「利休めはとかく果報のものぞかし管丞相になるとおもへば」
利休は独りごち、薄く笑った。菅原道真公の悲運が己と重なる。道真は、かつて権力者の陰謀により大宰府へ流され、無念の死を遂げた公卿である。権力の波に翻弄され、無実の罪を背負い、命を絶つことを強いられた。道真が藤原氏の嫉妬と讒言によって追いやられたように、利休もまた、秀吉の猜疑心と家臣らの讒言によって、奈落へと突き落とされようとしていた。かつて茶の湯の文化を隆盛させた男が、いまや秀吉の怒りの矛先となり果てる。
「道真公、あなたもまた、かくして世を見限ったか…」
利休には深い諦念と、やり場のない怒りがあった。利休は、茶の湯を愛し、侘びの精神を広めた。しかし、その奥には、政の闇が静かに入り込んでいた。いつしか、茶室の静謐な空間が、権力と欲望の交差点となっていた。
罪の捏造
数日前、秀吉の側近からの呼び出しを受けた利休は、聚楽第の大広間へと足を運んだ。そこには、秀吉の家臣の前野長康がいた。長康は利休の弟子であり、利休から茶釜を買い求めた男である。
「利休、そなたが茶道具で詐欺を働いたとの噂が立っておる」
秀吉の声は低く、しかし鋭く響いた。利休にかけられた罪の一つ、それは茶道具だまし売りであった。とりわけ問題となったものは、前野長康に対して新しい茶釜を古びた名品と偽り、高額で売りつけたという嫌疑である。
「我が茶の道は、ただ真心をもって主君に仕えるものにございます。詐欺など、決してござらぬ」
利休は畳に額を擦りつけたまま、答えた。だが、秀吉の目は冷たく、まるで利休の心の奥底を見透かすようだった。長康には新しきものを「歴史ある逸品」として伝えた。それは茶道における美の哲学——時間の経過が価値を生むという信念であった。秀吉の目には、これが詐欺と映ったのか。いや、ただ彼が私を排除したかっただけなのだろう。
だまし売りの罪は、秀吉が利休を排除するための口実にすぎなかった。利休の茶の道は、あまりにも独自であり、秀吉の権力の枠には収まりきれなかった。茶室での一服の茶が、秀吉の天下を揺さぶる力を持つのではないかと恐れられた。
秀吉は、己の威信を傷つけられたと感じていた。いや、利休の精神と美意識が、自らの荒々しき天下人としての姿を照らし出し、それが疎ましく思えたのかもしれぬ。
「利休、もはやそちの茶は、わしの心を鎮めぬ」
「左様でございますか。真贋とは、見る者の心によって決まるもの。天下人といえど、侘びの価をはかることはできませぬ」
利休の覚悟
利休は切腹を命じられた日、茶室に一人、静かに座した。
「茶とは、美を宿すものなり」
刀を手に、菅原道真の歌を口ずさむ。
「東風吹かば 匂ひおこせよ 梅の花 主なしとて 春を忘るな」
道真が梅に寄せた思いを、利休は茶に重ねた。秀吉の権力に抗い、茶の道を貫いた己の人生は、決して無駄ではなかった。
「管丞相になるとおもへば…」
利休は目を閉じ、静かに刀を腹に当てた。
その夜、嵐の中、ある僧が密かに言った。
「利休殿、あなたの静けさは、今もなお、茶室に残っております」
長康の末路
前野長康は、利休を虚偽告訴した一人であった。しかし、彼自身もまた、権力の渦に飲み込まれる運命にあった。数年後、豊臣秀次事件が起こる。道真の死が雷鳴を呼んだように、利休の死もまた、天下の波を乱し始めた。
長康は秀次の謀反に連座して自害を命じられる。利休の茶釜を買ったあの時の高揚感も、秀吉への忠義も、全てが虚しく消え去った。
長康は最期の夜、かつて利休から買い求めた茶釜を手に取った。釜の表面には、使い込まれたような錆びた風合いがあった。だが、長康は知っていた。これは新作だったのだ。利休の「偽り」は、茶の道の美を追求するための方便だったのかもしれない。長康は苦笑し、釜を置いた。
「お師匠の茶は、かくも人を惑わすものだったか…」
最後の一服を啜り、ゆっくりと目を閉じた。歴史の裏に隠れた真実は、時に語られずに消えていく。しかし、利休の美と精神は、侘び茶の一碗に今も生き続けている。それは、誰にも偽ることのできぬ本物の「茶の心」である。