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藤原元方は失望したい

道真の冤罪に加担した藤原菅根の息子の藤原元方ふじわらのもとかたは天慶三年(九四〇年)に讃岐権守になる。道真も讃岐守として活動した。この偶然の一致は、道真の冤罪に関わった因縁や運命が、元方の運命に影響を及ぼすことを暗示していた。


元方が讃岐権守に任命されたことは、その家系の名誉と地位を高めるものであったが、同時に道真公の冤罪という歴史的背景が影を落としていた。彼の父が道真の冤罪に加担したことは、元方にとっての重荷となり、その後の道真の怨霊との関係が気にかかることとなった。元方は自身の運命を築く一方で、道真の冤罪という歴史的事件によって引き起こされた怨霊や因縁の影響も背負うこととなった。


元方は娘の祐姫が村上天皇の更衣となり、第一皇子の広平親王を出産するという名誉ある立場に恵まれた。この出来事は元方にとって誇り高い瞬間であった。元方には皇室との繋がりを持つ外戚としての可能性が開けた。この結びつきは、彼の家系の誇りを高めるだけでなく、その家族や一族にとっての未来への希望をも意味していた。


しかし、宮廷の内部には様々な思惑が交錯しており、その結果が後の元方の運命を大きく左右することになる。宮廷は権力と影響力が渦巻く場所であり、その中での人間関係や動きは常に微妙なバランスを保ちながら進行していた。元方や彼の家族が、宮廷内でどのような役割を果たすか、どの勢力に接近し、どのような関係性を築くかは、後の運命を大きく左右することになる。


元方にとって予測もしなかった展開が待っていた。藤原忠平の息子である藤原師輔の娘、中宮安子が第二皇子の憲平親王を出産し、外戚の座を争う競争が勃発した。憲平親王は後に冷泉天皇として即位する。


宮廷内での影響力が大きくなるのは師輔の一族となり、元方の外戚としての地位は消滅した。宮廷の中での権力の移り変わりや人間関係の変動は、まるで鏡の中の影が変化するようなものであり、元方は自身の運命がその流れに翻弄される様子を垣間見ることとなった。


ここでも道真の怨霊は忠平の子孫に味方し、冤罪加担者の子孫に対立した。道真の冤罪に関わった因縁や、その後の流れが、まるで宿命的な物語を紡いでいるかのようであった。菅根の家系が再び道真の歴史と結びついた瞬間でもあった。


この事態に元方は失望し、次第に病に侵されていった。元方も道真の怨霊に翻弄され、冤罪とは異なる形で苦しむこととなった。元方は天暦七年(九五三年)に悶死した。この怨みで元方は怨霊となって師輔や冷泉天皇に祟ったと噂された。道真を怨霊にした冤罪加担者の子孫が逆に怨霊になった。彼の死は、かつての怨みや運命の複雑な糸が交わる一瞬であり、その結末は予測不可能なものとなった。


元方の死後、彼の歴史は噂や伝説に包まれるようになった。この出来事は、歴史と怨霊の糸がからみ合って、人々の運命を影響する様子を示している。過去の冤罪が未来の運命に影響を及ぼすという複雑な関係は、歴史の中で繰り返される因果関係の一端であり、人々の思いや行動がいかに歴史に結びついていくかを物語っている。


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