法性坊尊意は鴨川を渡りたい
菅原道真は死後、怨霊として恐れられた。延暦寺の法性坊尊意は、宮中に向かう旅の途中で鴨川を渡ろうとしていた。鴨川の水は澄み切っており、平穏な日常の様子を映し出しているようだった。
「川を渡るのは気晴らしになるな」
法性坊は心の中でつぶやいた。しかし、法性坊が橋に一歩踏み込むと、川の水位が急激に上昇し始めた。波しぶきが立ち、水は荒れ狂い、川面からは激しい水音が轟いた。法性坊は驚きのまま立ち尽くし、目の前に広がる光景に固まってしまった。
川の水の中から不気味な蒼白い光が輝き、その光の中から道真の霊が現れた。道真の姿は威厳に満ち、その眼光は鋭かった。ただでさえ尊厳な存在だった道真が、怨霊となった姿は異様な存在感を放っていた。
「道真公、あなたの霊なのか? 何故ここに現れるのです?」
法性坊は戦慄しながらも、道真の霊に向かって言葉を投げかけた。
「私は怨みを晴らすために現れた。私は冤罪で左遷され、名声と功績は人々の中で歪められた。私はそれを受け入れることはできない」
道真の霊は静かに低い声で応えた。法性坊は道真の怨霊の存在を疑う余地はないと悟った。しかし、彼は道真の霊がなぜ自分に対して現れたのかを理解することができなかった。
「私はただ、宮中に向かう途中で川を渡ろうとしていたに過ぎません。どうして私にお見せになるのですか?」
法性坊は尋ねた。
「尊意よ、あなたは私の心の強さと決意を知っている。私の存在が人々に悪影響を与えることを防ぐために、あなたにお願いがあるのです」
道真の霊は穏やかな表情で微笑みながら答えた。
「どうか、お願いをお聞かせください。私は尽力いたします」
法性坊は真剣な表情で道真の霊を見つめ、続けるように促した。道真の霊は深い深呼吸をし、言葉を選びながら語り始めた。
「私の名声と功績を守るために、あなたには私の真実を伝え、歴史の証言者となってほしいのです。人々に私が悪霊ではなく、偉大なる学者であることを知らしめてください。私の思いを引き継いでくれることを望んでいます」
法性坊は厳粛な表情で頷き、決意を固めた。
「道真公の意志を尊重し、あなたの真実を後世に伝えます。私はあなたの怨みを晴らすため、務めを果たします」
道真の霊は満足げな表情で微笑み、その存在が次第に薄れていった。最後に道真の霊は法性坊に向けて静かに言った。
「感謝する。あなたの努力によって私の名声が回復されることを望む。さらなる繁栄と平和が都にもたらされますように」
その言葉を最後に、道真の霊は光の中に消えていった。川の水は再び穏やかになり、鴨川の風景は元の平穏さを取り戻した。法性坊は一人、川岸に立ち尽くし、道真の霊との出会いを心に刻んでいた。彼の使命は道真の名声と功績を守ることであり、彼の歩みは今、新たな道を切り拓く旅に向かうのだと感じた。法性坊は心に強い決意を秘め、道真の真実を伝え、彼の怨みを晴らすために尽力することを心に誓った。
法性坊は道真の学問の功績を讃える論文を執筆した。その論文は、学界において評価され、道真の左遷が政争によるものであることが明らかになった。