醍醐天皇は退位したい
「ところで、時平」
寝殿の中で、醍醐天皇は時平との会話を続けていた。部屋は静かで、蝋燭の明かりが揺れながら幻想的な光を放っていた。
「何でしょうか?」
時平は丁寧に応えた。
「朕はそろそろ退位したいのだが」
醍醐天皇は告げた。彼の声は穏やかでありながら、内に秘めた疲労と悩みが感じられた。
「それは困ります」
時平は驚きを隠さず、少し困った表情を浮かべた。醍醐天皇の退位は、時平の計画には予想外の出来事だった。
「朕はもう疲れたのだ」
醍醐天皇の身体は弱っていた。
「帝の御体は弱っておられますが、まだまだ帝の御業は必要とされています」
時平は慎重に言葉を紡いだ。
「朕は朝廷の未来を思い、それに従う覚悟を持つ。だが、朕の心身は限界に達しているのだ」
醍醐天皇は時平の言葉に深く頷きながら、苦悩の色を隠さずに言った。
「まだお若いではありませんか」
「朕はもう限界なのだ」
「いえ、まだまだ大丈夫ですよ」
時平は無責任に大丈夫と言った。大丈夫と言う人間は、大抵大丈夫ではない時に用いる。大丈夫は気休めにもならない。現代日本では法務省の外国人収容施設の非人道的扱いが人権侵害と問題になっている。
「入管のドクターはいつも『大丈夫、大丈夫、問題ない』と言って、ちゃんと診療をしてくれませんでした」(「壁の涙」製作実行委員会『壁の涙―法務省「外国人収容所」の実態』現代企画室、2007年、111頁)。
ここで「大丈夫」が利用されている。大丈夫は悪しき日本語になっている。
「朕はもう嫌なのだ。譲位する」
醍醐天皇は悲しみに包まれ、声を震わせながら言った。
「それはいけません。帝のお考えはお分かりですが、退位は重大な決断です。それには詳細な検討と朝廷の安定を考慮する必要があります」
「朕はもう駄目なのだ。この責任と重荷を背負うことができない。頼む。許してくれ」
醍醐天皇は泣き崩れた。それでも時平は退位を認めなかった。
「お気持ちは重々承知しておりますが、帝の存在は朝廷の安定にとって極めて重要です。退位を認めることはできません」
醍醐天皇の肩には過度な負担がかかり、疲れ果てていた。それでも時平は醍醐天皇を励ますことしかできなかった。
「お辛いでしょうが、どうかお体をお大事になさってください。麻呂が全力でお力添えいたします。」
醍醐天皇は時平の言葉に耳を傾けたが、心の奥底には退位への強い願いが残っていた。彼は自身の限界を感じ、もはやこの重責を果たす自信がなかった。
その後も醍醐天皇と時平の対話が続いた。彼らは何度も話し合い、意見を交換した。しかし、時平が退位を認めることはなかった。貴族達もこの情報に騒然となっていた。醍醐天皇の退位は、彼らの安定した生活や政治への影響をもたらす可能性があった。
朝廷の中で貴族達が集まり緊急の会議が開かれた。時平は静かに立ち上がり、意見を述べた。
「帝の願いを尊重すべきですが、退位は朝廷の安定に大きな影響を及ぼします。私たちの使命は帝の健康と安寧を守りながら、朝廷を安定させることです」
貴族達は一様に時平の言葉に頷き、深い考えに沈んだ。彼らも醍醐天皇の悩みを理解していたが、朝廷の安定を最優先しなければならないという考えが支配していた。