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推し活はこっそり  作者: ちょけ丸
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話したいこと

 新歓期、サークルの体験練習のあとにはお食事会をすることになっている。色々なサークルがそのようなお食事会をしており、ほとんどの場合は上回生の奢りなので、タダ飯目当てに色々なサークルの新歓を渡り歩く猛者もいたりする。


 稲原らのサークルにもそういう新入生が来ることもあったが、四月の下旬にもなれば新歓当初のお祭り騒ぎも落ち着き、真剣にサークルを選んでいる子やほぼ入団を決めた子がほとんどになってくる。


 稲原らのサークルは大所帯なので、お食事会も二、三の班に分かれて行くことになる。少し上回生での打ち合わせをしたのち、集合場所に稲原が向かった頃には、もう今日の班分けはあらかた済んでいた。


「いなさん、こっち来てくださいよ!」


 目印のプラカードを持った二回生の木下が元気よく話しかけてくれる。見渡すと、三つの班に新入生も程よく分かれ、上回生も様子を見ながらだいたい良い人数バランスになっている。稲原がどこに加わっても良さそうだ。


 こっそりしっかり確認すると、佐久間は木下とは別の班にいるようだった。新入生数名を相手に談笑している。今日も尊い。そして働きがよい。


「木下くん、お疲れさま。どんな感じ?」


 せっかく声をかけてくれたので、木下の班に合流することにする。上回生は他に柏木、鬼塚などがいるようだ。木下のそばにいたのは、今日初めて練習に来てくれた新入生だった。


「この子がいなさんと話してみたいって」


 木下が新入生に、なっ、と笑いかける。小柄でふわふわした短髪の、可愛らしい雰囲気の男の子だ。初めまして、と彼は稲原に挨拶する。


「福島といいます、よろしくお願いします」

「福島くんね。稲原です、よろしく」


 稲原は最上級の笑顔で返す。こういう笑顔の表情筋はここ一か月ほどで確実に鍛えられている。福島の横にはこれまた初対面の女の子がいて、


「私は玉木です、よろしくお願いします」

「玉木さん、よろしく。二人とも、来てくれてありがとう」


 木下の班が向かったのは、大学の横のレトロな喫茶店だ。ぞろぞろと席につき、名物のバターライスを喜んで注文する柏木や鬼塚を横目に、稲原はオムライスを注文する。同じテーブルについた福島と玉木も、あれこれ迷って注文した。


「めちゃくちゃあほなこと聞くんやけど、福島くんは福島出身、というわけでは……?」


 稲原の横で、鬼塚が真剣なまなざしで尋ねる。福島はやや困惑しながら、


「というわけでは……ないですね」


 笑いが起きる。こういうくだらない冗談を絶妙な距離感で言えるのは鬼塚の強みだと思う。


「そうですよね! どこ出身なん?」

「えっと、埼玉です」

「埼玉! 僕も埼玉出身だよ」


 稲原が言うと、福島はぱっと表情を明るくする。大きな瞳が可愛らしい青年だ。


「埼玉のどのへんですか?」

「僕は和光市だよ。福島くんは?」

「ぼくは戸田です、結構近くですね! あの、玉木さんも戸田なんです」

「え、そうなの?」

「そうなんです、福島くんとは塾が一緒で」

「そうなんだ! 埼玉県民がこんなに集まるなんて」


 埼玉トークで盛り上がることは案外少ないので、話が弾んで普通に嬉しい。埼玉を題材にした件の映画の話なども交えつつ、ひとしきり埼玉トークを繰り広げる。


「あー久々にこんなに埼玉のこと喋ったなあ」


 オムライスももう半分くらいなくなっている。ここのオムライスはいつ食べても美味しい。バターライスも確かに美味しいのだが、新歓担当としていま食べる勇気はないので、隣でもりもり食べている鬼塚が若干恨めしい。


「僕も幼馴染で一緒に京都に来た子がいて、なんだかんだその子としか埼玉トークしてなかったからなあ」

「あれ、いなさん、その方別れたんじゃなかったでしたっけ」


 バターライスを平らげて満足気な鬼塚が、何気なくぶっこんできた。一瞬空気が固まるが、稲原自身が苦笑してその空気を解く。


「新歓期に言うことでもないかなと……」

「あっすみません……いやなんか普通に話されてたんでつい」

「まあ隠すことでもないからいいけど。ごめんね、つい最近彼女に振られたとこでさ。その埼玉出身の幼馴染なんだけど」


 ばつが悪そうに、新入生二人にも説明する。福島と玉木は顔を見合わせる。あわあわしながら声を出したのは玉木だ。


「あの、なんかすみません」

「いや全然気にしないで。そういえば、福島くんは何か僕に聞きたいことがあったの?」


 木下の言葉を思い出し、話題を変えがてら話を振る。福島はどこか緊張した面持ちで小さくため息をついたようだったが、すぐに持ち直して、


「ぼくも工学部で、たぶん稲原先輩と専門が近くなりそうで……」

「ああ、そうなんだ。僕に分かることなら何でも」


 それから少し工学部トークをしたところで、いい時間になった。木下が元気よく、今日のお礼と解散の挨拶を告げる。会計を済ませて外に出ると、もう肌寒さも薄れた夜風が心地よく吹いていた。夜なので必要に応じて新入生を送ることになっているが、


「ぼくたちは大丈夫です、ありがとうございます」


 そう微笑んで辞した福島と玉木が、どこか寂しそうにも見えたのは気のせいだろうか。


 送る担当がなかった上回生は、何となく部室に集まってくる。稲原が他の班の担当と今日の状況を共有していたところ、だらだらしに来た柏木が、


「福島くん、可愛かったなあ」


 思い出したように口にした。部室には、佐久間や丸岡も来ていた。丸岡は兼部している他のサークルの新歓が終わった後のようだ。


「可愛かったね」


 稲原も思い出し、微笑ましく同意する。


「でも、いなと話したいって来た割には、工学部トークそこまでだったよな」

「まあ、そうかもね。でも埼玉トークができたから僕は楽しかったよ」

「稲原さんと話したい人はいっぱいいるでしょ」


 スマホゲームをしていた河村が眼鏡を直しながら無愛想に言う。つくづく、ツンデレを地で行く男である。


「案外、本当にいなを狙ってきた勢だったりして。なんかそういう感じだったしさ」


 何気なく柏木が言って、どっと笑いが起きる。稲原は同調して乾いた笑みを浮かべながら、心にぐさぐさと刺さるものはどうしようもなかった。こういうやり取りは人生で何百回も経験したし、笑ってやり過ごすのが一番平和だ。心の傷は何度でも抉れるけど、我慢するしかない。今朝見た夢がフラッシュバックする。


「そういうのやめましょ」


 佐久間の声が部室に響いた。部室がしーんとする。面白くなさそうに、佐久間が続ける。


「そういうので笑うの、ださいですよ。今時。それに新入生で本当にそういう子がいたら、傷つくじゃないですか」


 いつもおちゃらけている佐久間が珍しく淡々と言うので、柏木はしゅんと肩をすくめた。


「確かにそうだな、ごめん」


 一緒に笑った河村も、反省した顔をしている。稲原は自分がとてもほっとしていることに気づく。


 ああ、そうだった。


 自分は佐久間のこういうところに惹かれたんだ。


 前にも同じような場面があったこと、それをきっかけに想いを寄せるようになったことを、思い出す。


 でもだからこそ、自分の気持ちには蓋をしてきたのだ。優しいヘテロを巻き込みたくない。そういう人こそ、自分とは無関係なところで、幸せになってほしい。


「僕も笑ってしまってごめん……そうだね、こういう話はもうなしにしよう」


 新歓担当として、このくらいは言うべきだろう。部室の隅で丸岡がすうっと息を吐くのが見えて、ああ、息を止めてたんだなと気づく。


 帰り際、部室を出て少し歩いたところで、丸岡が稲原に追いついてきた。


「稲原くんが佐久間くんのこと推してる理由が、分かった気がする」


 ごく小さな声で丸岡が言う。そうでしょ、と呟いて、稲原は苦笑する。


「わたし、美鈴ちゃんと付き合うまで全然気にしたことなかったけど、今はやっぱりああいう空気は怖い」

「怖いよね。……ごめんね。本当はさ、僕も佐久間くんみたいに、ちゃんと指摘するべきなんだ」


 怖い思いさせてごめんね、と心の底から思う。


「わたしまだ、美鈴ちゃんとのことみんなに言う勇気がないの」


 悔しそうに顔を赤らめて言う丸岡に、稲原は頷く。


「分かる。分かるよ。美鈴はすごく強いけど、なかなか、あんなに強くはなれないよ」

「美鈴ちゃんは強すぎ。……でもわたしも、強くなりたい」


 稲原は丸岡の頭をぽんぽんとなでた。


「僕も……丸岡が言えるような空気になるように、頑張るよ」


 頑張る、と自分に言い聞かせるように繰り返す。自分のことは置いておいても、友人が怖い思いをせずに、堂々としていられるようにはしたい。


 夜風が優しく吹いていく。

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