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推し活はこっそり  作者: ちょけ丸
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楽しい白浜旅行(2日目)

 翌朝、稲原は何となく早起きして朝風呂に入った。昨日入った外湯のような眺めはないが、夜に酒を飲んで汗をかいたので単純に気持ちがいい。昨夜見た悪夢のことも、湯気のたちのぼる風景を見ていると何となく癒される。


 幸いにして他には誰も来ず、ゆったり浸かって部屋に戻ると、石田が顔を洗っている奥で柏木と佐久間はまだ布団でごろごろしていた。


「いな、早起きだなー」


 ようやく起き上がってあくびをしながら柏木が言う。しぶとく掛布団を抱えてむにゃむにゃ言っている佐久間に石田が寄っていって、べりべりと布団を剥がす。


「あーそんなあ」

「あと10分でメシだぞ」


 佐久間も渋々起きて準備をする。


 昨日夕飯を食べた部屋に向かうと、女性陣も集まってきた。みんな眠そうな顔をしている。


「昨夜は話が弾んだようで」


 稲原がにやにやと丸岡に話しかけると、丸岡はじとっと稲原を睨んだ。よほど詳しく聞かれたらしい。嫌悪感なく受け入れられたのは稲原も嬉しいが、そんなにすぐに恋愛トークで盛り上がれるなんて、女性はすごいと思ってしまう。


 普段食べないような豪華な朝食が出て、のんびり食べたら出発である。


 少し時間があるので、白くてきれいだと有名な砂浜に降りる。太平洋の波が、三段壁で見たよりは穏やかに打ち寄せては返している。自然のおおらかさのようなものを感じて、しばし和む。


 佐藤の運転で向かったのは、今回の旅行の主たる目的地のひとつ、アドベンチャーワールドだ。平日の開演直前に到着したので、そこまで混雑もしていない。チケットを買って少し待って、開演と同時に入場する。


「パンダ! パンダ見たい!」


 佐久間と立石は早速パンダゾーンへと走っていく。広い飼育エリアの中で、パンダは平和そうに遊具の上に寝そべっている。つばの広い帽子の下で、佐藤が目を細める。


「パンダも暑そうだなー」

「あの毛皮はなかなかだよね」


 丸岡もぱたぱたと首元を手で扇ぎながら言う。近づけるぎりぎりまで近づいて、佐久間と立石は可愛いーとパンダを眺めている。その二人の背中を稲原は微笑ましく眺める。今日も推しが尊い。パンダの写真を撮るふりをして、パンダと二人の写真を撮っておく。


 それから色々な動物と触れ合えるコーナーでカピバラやアヒルやカワウソを触ったり、イルカショーやアニマルショーを見たり、パンダの形の肉まんを買って食べたり、サファリゾーンを列車に乗って回ったり、一同は大いに楽しんだ。


 サファリゾーンでは檻の向こうで闊歩するライオンの姿に佐藤が大興奮し、石田が後ずさるなどした。列車で自然と佐久間の隣の席になった稲原は、


「キリンでか! 象もでか!」


 大はしゃぎの佐久間の横顔に、心の中で手を合わせる。推しが楽しそうで嬉しい。尊い。今さらながら、佐久間も誘おうと言い出した丸岡に心の底から感謝する。


 立石はいいカメラで動物たちの写真を撮るのも忘れない。丸岡とペンギンのツーショットがとても素敵に撮れたとはしゃいでいたので、稲原はあとで白鳥に見せてやろうと考える。


 まだまだ見るところは尽きないが、あちこち歩き回ってだんだん疲れてくる。ふいに佐久間が、観覧車を指さして言う。


「観覧車乗りたい! 観覧車乗りません?」


 それもいいかも、と顔を見合わせるみんなに、稲原は爽やかな笑顔で手を振る。


「僕はいいから行ってきなよ」

「えーいな先輩も乗りましょうよ!」

「いやだよ。それにほら、六人乗りらしいよ、ちょうどいいよ」


 引っ張られそうになるのを固辞し、稲原は観覧車に乗り込むみんなを見送る。


 少し離れた柱にもたれ、日影で少し水を飲む。みんなの乗ったゴンドラはどんどん高く上がっていって、見上げているだけでも眩暈がする。誰かが中から手を振っているようだが、ひらひらと手を振り返して、耐えきれず目を背けた。


 周りには親子連れやカップル、友人同士のグループなど、たくさんの人が行き交っている。ジェットコースターなども見ているだけで寒気がするが、子供たちは大はしゃぎだ。気づけば自然と微笑んでいた。楽しいな。


 コーヒーカップで大喜びしていた自分の子供時代も思い出す。白鳥の家族ともよく一緒に遊園地に行ったものだ。


 15分ほどでみんなは戻ってきた。佐久間はいい眺めだったとご満悦だ。立石がおもむろにデジカメを見せてきて、上空からの写真に稲原は顔を引きつらせる。みんなが笑う。


「白馬に乗れるコーナーあるらしいよ」


 テイクアウトしたジュースを飲みながら佐藤が言って、みんなでパンフレットを覗き込む。丸岡が稲原を見上げ、


「稲原くん乗ったら?」

「いや別にいいよ」

「えっ乗りましょうよ! 白馬の王子様じゃん」


 稲原は遠慮するが、佐久間の期待に満ちた眼差しに心が揺れる。佐藤はなんだかにやにやしながら、ちょうどいい時間帯であることを確認して、


「いいじゃん、稲原だけ観覧車乗ってないし、白馬乗りなよ白馬」

「いや、僕だけっておかしいでしょ? 乗るならみんな乗ろうよ」

「とりあえず乗ろうよ稲原」


 背中を押され、渋々受付する。何だかんだわくわくしている柏木も稲原の後ろに並ぶ。


 係の人に手伝われつつ馬の背にまたがると、思ったよりも高かった。お腹のあたりがひゅんとするのを感じて顔を引きつらせつつ、みんなが呼ぶ方に顔を向ける。丸岡が爆笑している。


「稲原くん、ほら王子様スマイルして」


 笑いながら言われて、おかしくなって心の余裕が出て、新歓期に鍛えたあたりの表情筋を使ってわざとらしく笑顔を作ってみた。立石がここぞとばかりにシャッターを切っている。


「えっめっちゃ王子様じゃん……やば……」


 目を丸くして見入る佐久間の手に、さっき買っていたソフトクリームが垂れている。石田はペットボトルのお茶を飲みながら感心している様子だ。稲原は自分がパンダか何かになったような気分だ。


 コースをくるりと回って馬から降り、柏木に交代すると、今度はみんなが、


「護衛だ! 王子様の護衛だ!」


 がたいのいい柏木の、それはそれで様になる姿を見て笑った。


 それからカピバラが小屋かどこかに帰るのに行進していくイベントを見守って、そろそろ一同は帰途につく時間だ。名残惜しいところだが、アドベンチャーワールドを後にする。入り口の大きな看板のところで、通りすがりの人にお願いし、七人で写真を撮っておいた。


 少し早めの夕食には、最後まで海鮮を楽しむという強い意志のもと、車を止めやすい店を調べてたどり着いた。各々海鮮丼やら刺身定食やらを注文し、とろける美味しさを満喫する。


 帰りの運転席には再び柏木が座る。稲原は石田とともに一番後ろの席に座って伸びをした。楽しい旅行の帰り道はなんとなく寂しいものだ。


 車が走り出して少しして、助手席から振り返った佐久間が丸岡に話しかける。


「まるさんは、彼女さんとどこで知り合ったんですか?」


 突然の恋愛トークに丸岡がびっくりする。隣で女性二人はにやにやしている。昨夜しっかり聞き取り済みなのだろう。どういう話にしているのかは稲原も気になった。


「えっと……わたしのバイト先の常連さんで」


 しどろもどろになりながら、丸岡は説明する。


「バイト中に声かけられたの」

「……ナンパってことですか?」

「そう……そうかも」


 照れながら小さくなる丸岡の写真を撮っておきたいが、後ろからなので撮れない。惜しい。


「いな先輩も知ってたんですか?」


 ぐいっと振り返って尋ねてくる佐久間に、稲原は頷いてみせた。


「たまに相談受けてたよ。別れた後だけどね」


 時期に関しては嘘である。白鳥はかなり長いこと片想いをしていたし、たまにというより、片想いが始まってからの定例会議はほぼほぼいつもどうやって丸岡を落とすかの作戦会議だった。佐久間はへえ、と感心しているようだ。


「まるさん幸せそうで羨ましいな~」

「佐久間はなんかないのかよ」


 運転しながら柏木が尋ねる。佐久間は頭の後ろで手を組んで笑う。


「それは秘密ですね~」

「なんだよ教えろよ、俺に言えないことあるっていうのか」


 サークル内で同じ役職の先輩でもある柏木はふざけて強気に言う。佐久間はあっけらかんと笑いながら、


「けーすけさんすぐ噂話広めるじゃないですか」

「せやな」

「広めるんかい!」


 車内に笑いが起こる。詳しい話にならなさそうで稲原は内心ほっとしたが、いっそ聞いてしまいたい気もした。


 今回の旅行は楽しすぎたし、推しともかなり喋ってしまった。自分の気持ちが単なる推しではなくて、もうはっきりと恋になっているのを、稲原は自覚していた。


 これ以上気持ちが膨らむのが怖い。静かに諦めるために、さっさと密かに失恋したい。


 ポップスのレパートリーが尽きてきた立石が合唱曲を流し始めて、車内はしばし合唱モードになる。全パート揃っているので大体の曲が歌えてしまう。ひとしきり盛り上がって歌い疲れてきた頃に、サービスエリアで休憩タイムとなった。


 運転手を交代して、稲原が運転席に座る。車内にはうたた寝のムードが漂っている。今買ったコーヒーを飲んで眠気をさましつつ、車を発進させる。


 ふとバックミラーを見ると、佐藤は窓の外を見ていて、他の皆はうとうとしている。自分も眠気と戦いつつ、できるだけスムーズに車を走らせる。


「いな先輩は、今は好きな人とかいないんですか」


 助手席で靴を脱いで三角座りをしている佐久間が不意に尋ねてきた。びっくりして一瞬で眠気が吹き飛ぶ。ちらっとバックミラーを見ると、窓枠に肘をついたままで佐藤もうとうとしているようだ。


「いないよ」


 何でもないように嘘をつく。佐久間はそうかあーなどと言っている。短い渋滞にはまって速度を落とす。暗い高速道路でブレーキランプの赤い光が列をなしている。


「いな先輩を好きな人がいたらどうするんですか?」


 なんだそれは。合流地点を過ぎるとまた車が流れ始める。京都の文字が見え始めている。


「いないだろうけど、いても今は断るかなあ」

「めっちゃ好みの人でも?」

「そんなうまい話はないよ」


 はは、と苦笑すると、まあそうかあーと佐久間は目をこする。そんなうまい話はない。インターチェンジを降りる。佐藤が目を覚ましたようだ。市街地を走るうちに徐々にみんな起きてくる。


 楽しい旅行だった。またこんなことがあればいい。でも少しずつ色々なものが変わっていって、同じ世界線にはもう戻れないんだろう。


 下宿が遠い佐藤や立石を送った後でレンタカーを返却して、解散するところで丸岡が稲原に、


「稲原くん、手伝ってくれてありがとう」


 若干ふてくされて、しかしほっとした様子で、そう話しかけてきた。稲原は優雅に微笑む。


「美鈴にいい報告できそうで僕も嬉しい」

「変な報告するなよ」


 そう釘をさした丸岡を笑いながら見送って、自分も帰途につく。


 蒸し暑い夜を、うつむきながら。

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