夢と月灯り
夜中、高校生の頃の夢をまた見て、稲原は飛び起きてしまった。思わず起こした上半身で、肩で息をする。クーラーは効いているのに、嫌な汗をじっとりかいている。
ため息をつく。酒がまわったのだろうか、それとも友人のカミングアウトの影響だろうか。佐久間の隣で寝ているからだろうか。
枕元に置いていた自分のペットボトルを探り出し、水を一口飲む。誰のだか分からないいびきが平和に聞こえている。
「……いなせんぱい?」
佐久間の寝ぼけた小さな声がして、稲原はびくっとした。落ち着いて布団に寝直しながら、小声で返す。
「……なんか目が覚めて。ごめんごめん」
「……大丈夫ですか?」
耳を澄まして気配を探ると、柏木も石田も寝ているようだ。二人を起こしたら悪いし、佐久間も夢うつつである。稲原はささやき声で、大丈夫、おやすみ、と返した。ほどなく佐久間の方からも寝息が聞こえてきた。
再び小さくため息をついて、布団を頭までかぶる。ぎゅっと目を閉じる。お化けを恐れる子供のようだ。暑苦しくなって顔を出し、目を閉じたまま目元を腕で覆う。
ごまかしてさっさと寝たものの、丸岡がカミングアウトしたということは、自分もいずれ言わなければならないかもしれないということだ。現実味を帯びてきたその事実に、今さらながら恐ろしくなる。
もし自分がカミングアウトしたら、いま同じ部屋で並んで寝ている友人たちは同じように接してくれるだろうか。
新歓期に部室で何気なく柏木が言った冗談が思い出される。
気がつけばまた息が上がってきている。考えてはだめだ。家に帰ってからならまだいいが、今ここではだめだ。目尻からつと涙がこぼれて、耳のほうに流れていく。
体をひねって横を向く。涙は枕のシーツに吸われて消える。さっさと寝よう。楽しい旅行の最中なんだ。
細く息を吐いて、胸に押し寄せる不安に耐えかねて、何となく目を開けてしまう。
不意に、暗闇の中で、佐久間と目が合った気がした。慌てて目を閉じる。見られただろうか、でも暗いから大丈夫だろう。今度こそ寝よう――。
しばらくかかって、稲原は安らかな寝息を立て始めた。佐久間はゆっくり瞬きして、微かな月灯りに照らされる、稲原の穏やかな寝顔を見ていた。