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推し活はこっそり  作者: ちょけ丸
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勉強

 二日後、稲原と佐久間は部室にいた。カフェで、とかどちらかの家で、という話もあったが、そつのない男稲原稔は衆人の目がある環境が望ましいと判断した。


 期待通り、夏休みの部室には暇そうなメンバーが今日も何人かいて、佐久間が首をひねりながら稲原の解説を聞いているのを囲んでいる。


「この前提は分かる? ここの話は、さっきのあの」


 稲原はページを戻し、該当箇所を指さす。佐久間はいまいち理解していない顔をしている。適当な裏紙を引き寄せ、簡単に図を描いて詳しく説明する。


「あ、なるほど! わかりました!」

「で、ここに繋がるわけ」

「あーそういうことか!」


 納得がいったようで目を輝かせる佐久間に、稲原はほっとする。一緒に覗きこんでいた四回生の中村雄大が、呆れたように佐久間を見る。


「逆によく試験受かったな…?」

「いやーなんかね、なぜか受かったんですよね」


 照れ笑いする佐久間は今日もあほ可愛いが、さすがに稲原も苦笑してしまう。ピアノの椅子に座って三人を見下ろしているのは、二回生の立石だ。


「まあ、やばいと思って勉強しようとしてるのは偉いんじゃない?」


 同じ学部の先輩である稲原と中村の反応を見ていれば、学部が違う立石でも佐久間のやばさは想像がつくだろう。佐久間は立石の言葉に胸を張り、


「だろ! おれえらい!」

「そのポジティブさは尊敬するわ……」


 笑いが起きる。


 今日も今日とて世の中は蒸し暑く、部室にも壁越しに旺盛な蝉の声が響いている。まもなくお盆の時期なので、帰省しているメンバーもちらほらいる。


「立石さんは帰省しないの?」


 佐久間の勉強を見飽きた中村が、足をぷらぷらさせている立石に尋ねる。シンプルな柄のTシャツに、青いスカートが涼し気だ。


「帰省しますよ、明日から一週間くらい」

「福岡だっけ」

「福岡です。混むんで、新幹線の新大阪始発を狙います」


 帰省ラッシュのとんでもない人混みを思い出して、立石はげんなりする。まあしかし、実家には帰りたいし、こちらでも遊びたいとなると、覚悟してこの時期に帰省することになる。


「中村さんは院試の時期ですか?」

「そうそう、さっき合格発表あってさ」

「おお!」

「無事合格してたから、息抜きに部室に来たの。そしたらやばい後輩がいるんだもんな」


 呆れ顔を佐久間に向けると、佐久間はへらへら笑っている。


「中村さん、院試合格おめでとうございまーす」

「お前はなんか、頑張れよ」

「頑張りますって!」


 元気だけは良い佐久間に、稲原もやれやれとため息をつく。これは定期的に勉強を見てあげた方がいいかもしれない。あるいは中村などに教えてもらうよう斡旋するか。やる気があるのは良いことだが、何せ現在地点がやばすぎる。


 時計を見た中村が、おもむろに立ち上がりながら、


「昼飯行かん? 合格発表終わって気分いいから、奢るわ」

「行きます!!」

「行きます!!」


 佐久間と立石が勢いよく立ち上がる。稲原も立って、


「奢って頂くのはあれですけど、僕も行こうかな」

「いいよいいよ、遠慮すんなよ。新歓、全然参加できなくて申し訳なかったしな」


 四人で連れ立って部室を出ようとすると、ちょうど丸岡がやってきたところだった。中村から昼食に誘われて、せっかくだが用事があると辞した丸岡は、稲原に目で問いかける。進捗があるのかな? 稲原は営業スマイルで返す。ないよ。


 時計台前の小綺麗なレストランに向かって、各々パスタなどを注文する。パフェを頼むかひとしきり悩んで結局やめた立石が、メニューを閉じながら佐久間に尋ねる。


「佐久間くんも帰省するの?」

「するよ~、おれも明日から」


 スマホの写真フォルダを眺めながら佐久間が答える。二回生二人が並んで座っていて、なんだか微笑ましい。これこれ、と佐久間がスマホの画面を嬉しそうにみんなに向ける。


「甥っ子と姪っ子!」

「わあ可愛い~~」


 一歳くらいだろうか、つかまり立ちをして満面の笑みを浮かべる赤ちゃんの写真だ。別の写真には、もう少し年上そうな、砂場遊びをしている子供も写っている。


「帰省したら甥っ子姪っ子と遊びまくるぞ~」


 佐久間はでれでれと写真フォルダをたどる。横から覗きこみながら、立石も口元を緩ませている。


「佐久間くん末っ子だっけ?」

「そうそう、姉ちゃん二人が結構上で、どっちも子供いるんだよね」

「いいなー甥っ子姪っ子、可愛い~」


 稲原も自然と口元がほころぶ。同時に少し切なくもなる。きっと自分には子供がいる人生は縁遠いものだ。唯一のきょうだいである妹に勝手にあれこれ期待するのもおかしいし。


「子供なあ」


 中村が難しい顔をしながらパスタをすする。


「中村さんは、彼女さん社会人でしたっけ」

「そう、二個上なんだけど。難しい年頃よな」


 中村は首をひねりながら自分の肩を揉む。院試で肩が凝っているのかもしれない。


「彼女の周りはさ、早い人は結婚しだしたりしてるわけよ」

「あーなるほど」

「俺はこれから大学院行くしさ。さすがにまだそういうのは考えられないんだけど、やっぱりちょっと感じるのよな、こう、何か」


 言葉を濁す中村。佐久間と立石はかしこまって聞いている。


「大人の話だ」

「俺も、まだ先の話だと思ってたんだけどなあ」


 食後のコーヒーを飲みながら、中村は肩をすくめる。


「稲原も長いこと付き合ってる彼女いなかったっけ? ……あ、ごめん、別れたんだっけ」

「ああ、お構いなく。四年くらい付き合って、この春別れましたね」


 という設定だ。一応まだ引きずっている設定でもあるので、若干しゅんとしておく。


「やっぱり長くなるとそういう話にもなりますよね」


 稲原たちの場合、そういう話をしていたのは親同士だが。


 ふと思う。白鳥と丸岡は、このままの関係が続いたら、いつか結婚したくなるのだろうか。


 その時に、望むなら堂々とそうできる世の中になっていればいいと思う。


「おれなんか恋人すらできない」


 佐久間がテーブルに上半身を投げ出して言う。雰囲気が緩んで、ありがたい。カフェオレに口をつけつつ、立石が横目で佐久間を見る。


「佐久間くんって彼女いたことないの?」

「あるよ、高校の時。でもすぐ別れちゃったな」


 高校生の~恋なんて~、と謎の歌を佐久間が口ずさむ。はっと身を起こし、


「でもいな先輩は高校から付き合って四年続いたのか……すご……」


 すぐまた肘をついてだらだらする。


「今は好きな子とかいないの?」


 そう尋ねる立石がどこかそわそわして見えたのは、稲原だけだろうか。身に染みついた好意センサーが恨めしい。佐久間は意外にも、


「ひみつ」


 あざとく言って、笑った。立石がぱちぱちと瞬きして、少し間があって、


「えー気になるー」


 佐久間の肩をゆさゆさと揺する。佐久間は構わずに笑っている。


 稲原は目を細めた。口元にはいつもの優雅な微笑みが浮かんでいる。


 今度のドライブには立石も来るはずだ。二人には何か進展があるかもしれない。自分は同じように微笑んで、優しい先輩でい続けられるだろうか。


 い続けられるだろう。大丈夫だろう。何せこれは恋ではなくて、推し活だ。推しの幸せは自分の幸せだ。


 大丈夫。


 稲原は心の中で呟いた。

この次は白浜旅行です。海鮮食べたい。

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