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推し活はこっそり  作者: ちょけ丸
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定例会議、夏休みの幕開け

 からん、と小気味のよい音を立てながら、いつもの喫茶店の扉が開く。いつもの席に白鳥が座っていて、今日はすでに丸岡も白鳥の隣にいる。稲原も向かいに座る。アイスコーヒーが稲原の分ももう置いてある。


 誰からともなく、ささやかな拍手をする。


「夏休みが始まりましたね!」

「僕たちの夏休みがついに!」

「始まりましたね!!」


 アイスコーヒーを掲げて乾杯する。思い切り飲むと、冷たさと苦さが口いっぱいに爽やかに広がる。ぷはあと口を離して、再び小さく拍手をする。


 店長がレジの奥でくつくつと笑っている。今日も客は稲原たちだけだ。気兼ねなく話せるのは嬉しいが、この店の経営は大丈夫なのかな。


「いやー夏休みですね」

「ええ、ええ」

「お二人はご予定は」


 インタビューするみたいに稲原が話を振ると、白鳥は凄みのある美しい顔をだらしなく緩ませて丸岡に腕を絡める。


「早速来週、城崎に行ってきまーす」

「み、美鈴ちゃん」


 丸岡が顔を赤くして白鳥を剥がそうとする。二人とも相変わらずブレない。


「城崎はすごく同性カップル向きなのでは」

「そうなの、気づいてしまったのよ。だからくそ暑い中ではございますが行ってきまーす」

「温泉楽しみだね」


 とはいえ少しは慣れてきたのか、丸岡も楽しそうににこにこしている。白鳥を剥がすのは諦めたようだ。今日も仲の良さを見せつけられて、微笑ましいが暑苦しい。でもそれも含めて、居心地が良い。


「他にもねー、行きたいカフェとかいっぱいあるもんねー」

「色々行きたいね。稲原くんもどこか一緒に行こうよ」

「お邪魔じゃなければ……」


 わざとらしく下手に出てみて、それから三人で笑う。


 サークルの前期の行事も全部終わったし、試験やレポートも終わった。稲原はまだ研究室も始まっていないしバイトもしていないので、本当に遊び以外の用事がほぼなくなった形だ。今年の前期は新歓のために怒涛の日々だったので、一気に暇になって落差がすごい。


「稔は予定ないの?」

「ほとんどないなあ……あ、ドライブでも行こうかって同期と話してるよ」

「推しは誘わないの?」

「誘わないよ」

「なんで?」


 白鳥がずいと身を乗り出して、圧力をかけてくる。稲原はなぜかどや顔で優雅に腕を組む。


「緊張するじゃん」


 態度とセリフの一致していなさに白鳥が吹き出す。三人とも、全体的に笑いの沸点が低い。夏休みだからしょうがない。もはやされるがままに腕を抱きしめられたまま、丸岡が稲原に尋ねる。


「誰と行くの?」

「今のところ柏木、石田と話してるけど。佐藤も来るかも」


 こういう遊びの予定の時は、暗黙の了解で石田と佐藤はだいたいセットだ。白鳥は直接知らないメンバーの話なので、おとなしくアイスコーヒーを飲んで聞いている。丸岡はふーんと考え込み、


「そういえば、わたしもほのちゃんとドライブ行きたい話してた」

「あ、丸岡も来る?」

「行きたいかも……それで佐久間くんも誘ったらどうかな」


 推しの名を唐突に、しかも真剣に言われ、稲原はたじろぐ。


「絶対やだ」

「なんで」

「なんか無理に進捗生ませようとしてくるのが目に見えている」


 面白そうに話を聞いていた白鳥が、ほほう、と感心した様子で丸岡を覗きこむ。


「亜衣、分かってきてるじゃない」


 丸岡は白鳥に、任せて、という目を向ける。稲原は頭を押さえる。本当に、余計なところで丸岡は白鳥に似てきた。


「だってそもそも不自然でしょ、三回生ばっかりのところに佐久間くん誘ってもさ」

「木下くんとかも誘うのはどう? 女の子なら、立石ちゃんとか」

「そんな皆都合よく空いてるかな……それにそんな大所帯になったら、車が大変だよ」


 指折り数えると、七人乗りで収まりきらなくなっている。


「どこにドライブ行くの?」


 丸岡の腕をすりすり撫でながら白鳥が尋ねる。相変わらず遠慮というものを知らない女だ。


「今話してるのは、白浜か香川か……」


 頬に指を当てて色々な観光地に思いを巡らせる。いずれにしても美味しいものが食べたい。頭の中を海鮮とうどんが交互に通り過ぎていく。


「車を二台借りて、稲原くんと佐久間くんを同じ車にして」

「いやいや、具体的な計画を練らないで」

「柏木くんも石田くんも運転できるよね? 私もほのちゃんもできるから運転手は十分だね?」


 丸岡はやけにいきいきとしている。おもむろに手帳を取り出し、ぱらぱらとめくって白紙のページを出して、思いついたことを箇条書きしていく。


「待て待て、本気を出すな」

「よし、ほのちゃんに連絡しよう」

「いや丸岡も来る分には全然いいんだけどさ、ちょっと勘弁してよ」


 かつてない勢いで行動を起こそうとする丸岡に、稲原はおろおろしてしまう。そんな二人の様子を見て、白鳥は我慢できないというように声を上げて笑った。


「亜衣、最高じゃん」


 丸岡は本当に佐藤にメッセージを送っているようだ。すぐに返信がきて、


「ほらほら、ほのちゃんもいいねって言ってる」

「待って何を送ったの」


 やり取りを見ると、単に「ドライブ行きたいね」「行こうよ!」「何人かで行く?」「石田とか行くみたいだから便乗してもいいね」「いいね!」くらいのものだった。


 稲原は椅子の背にもたれてため息をつく。変に焦ってしまったじゃないか。ぱたぱたと顔を手で扇ぎながら、同期でわいわいドライブも確かにいいな、と思っていると、


「ほら、佐久間くんと木下くんと立石ちゃんも誘ってみるって」

「待って話が早すぎない?」


 メッセージのやり取りをずっと覗いていた白鳥がまたけらけら笑う。もう見るのが怖くて稲原はうなだれる。ちょうどそのとき、稲原のスマホにもメッセージが届いた。


「石田だ……って今の話だ」


 二人も今一緒にいるのかもしれない。展開の早さに天井を仰ぐ。すぐに顔を戻す。


「いや、そんな都合よく空いてないだろうし」

「佐久間くん行けるって」


 丸岡がスマホを見ながら言う。稲原は突っ伏して、すぐまた顔を上げる。忙しい動きに白鳥がまた笑う。


「あ、木下くんは用事あるみたい。立石ちゃんは来れそう。ちなみにせっかくだから泊まりで行く話になってるよ?」

「……いやもう、なんでもいいよ」


 諦めてうなだれる稲原に、白鳥がぐっと親指を立てる。


「進捗待ってるわよ! あと、亜衣の写真を随時撮っといて」

「写真は任せて」

「ちょっと??」


 今度は丸岡が慌てる。誰からともなくからから笑う。


 何もかもが楽しい。


 夏休みだなあ。

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