推し活はこっそりと
新歓合宿の二日目は、色々なグループでの出し物をしあうイベントがある。回生で分かれたり、テーマを決めて集まったり、色々なグループによる色々な出し物があって楽しい時間だ。昼食を挟んで色々な出し物を楽しんで、昼下がりに解散となった。
駅まで汗ばむ陽気の中を歩き、電車に乗って京都駅まで戻ってくる。新入生たちが各々バスに乗って帰っていく中、今回撮った写真を見返しながら、佐藤が大きくため息をついた。
「終わったね!」
「終わったなー」
稲原も思い切り伸びをする。京都駅の中央改札前の広場は、今日もたくさんの人で賑わっている。大学生だけで二日間過ごした後なので、なんだかせわしない現実世界に戻ってきてしまった、というような感覚になる。
「甘味が食べたい」
眼鏡を持ち上げながら石田が言う。佐藤がスマホを下ろし、
「甘味は食べるべき」
「甘味を食べに行こう!」
柏木も大きな声で賛同し、近くにいた丸岡も深く頷く。通りかかった岡田も、
「甘いものの気配がする」
自然と加わって、三回生の集団で地下に潜る。日曜日の昼下がりでどの店も人は多いが、運よく空いているカフェを見つけた。パフェやケーキが運ばれてきて、一口頬張るなり、
「美味し~い」
佐藤は頬に手を当ててうっとりした。丸岡もほっこりしながら、
「いやーひと段落だね」
「本当にね……みんなお疲れさま」
苺のショートケーキの甘さに幸せを感じつつ、稲原もしみじみと言う。
「目標人数以上入ったし、おもろい子いっぱいいるし、大成功なのでは」
パフェのアイスを大事そうにすくいながら言うのは、同期の北野香奈だ。昨夜の宴会ではいち早く寝た分、今朝は誰よりも早く起きて、朝の浜辺に繰り出す新入生らを見守ってくれた。
「いなとほのちゃんのおかげやで」
「いやいや、みんなのおかげだよ」
本当に怒涛の新歓期だった。まだ新歓が完全に終わったわけではないし、前期の活動自体はまだまだこれからが山場なのだが、一旦は一息つけるだろう。
他愛のない話をしながらスイーツを平らげ、紅茶やコーヒーを飲み、ふと時計を見るともう夕方である。さすがにこのまま飲みに行く元気は誰にもなく、解散になった。
バスの吊り革につかまってぼうっと車窓を眺めながら、稲原は頭の中で新歓期の出来事を反芻する。
バスを降りて下宿に戻る。部屋着に着替えて洗濯機を回し、ベッドにぼふんと倒れ込む。
仰向けに転がってスマホを開く。写真フォルダには、新入生や彼らとはしゃぐ上回生の写真が増えている。
写真を共有する名目で連絡先を交換したりしたのも、みんなで戦略的に行った、あざとい上回生しぐさであった。でもそのおかげで堂々と推しの写真もゲットした。フォルダをたどって、大笑いする佐久間の写真を眺める。人前では絶対に見せない緩んだ顔で。
白鳥と恋人同士、という設定を変えてはや一か月半ほど、今のところは問題ない。大丈夫、自分はうまくやっていけるだろう。
これまで通り、本当のことは誰にも内緒で、定例会議でだけ外に出して、普段はこっそりできるだろう。
推しの笑顔が心の栄養だ。家で写真を眺める程度の推し活だ。
スマホを置いて、目を閉じる。空腹を感じて台所に向かう。
稲原稔はそつのない男だ。
推し活は、こっそりと。
ようやく新歓が終わりました。次は夏休みに飛びます。