間口ロイ
間口ロイはスポーツジムで働いていた。小さなスポーツジムだったが、ロイが勤めてから女性会員の数が増え、賑わっていた。
ロイは特にスポーツ万能でもないし、体を鍛えているわけでもない。そんなロイがこのスポーツジムで採用された理由は「分析能力」であった。
学生時代のロイはRPGのレベル上げが好きだった。主人公よりも最弱キャラを最強に育て、ボスを最弱キャラで倒した時の喜びが堪らなかった。
つまり、ダイエットや筋力強化を目的としたスポーツジムは、ロイにとっては会員をレベル上げするようなものである。しかし、ロイはこの仕事に就いた事を後悔していた。
「ロイ先生!メニューの事で相談があるんですけどぉ~。」
「ロイ先生!このマシンの使い方教えてくださぁ~い。」
「ロイ先生!今日仕事何時までですかぁ~?」
「ロイ先生!次の休日なんですけどぉ~。」
ロイは声を掛けられ、その都度対応するが、その8割の会員はロイとの交流が目的で、トレーニングはそっちのけであった。
ロイは自分の容姿が嫌いだった。高い身長にスリムな体、整った顔のせいで女性が寄ってくる。スポーツジムからしたら会員が増えて大喜びだが、ロイにとってはレベル上げの出来ないNPCが増えていくようなものである。
(レベル上げの邪魔がどんどん増えていく、、、)
会員が増えれば増えるほど、マシンの利用率が高くなり、本当に利用したい会員が使える時間が減ってしまう。
更にロイに話すNPCの声も五月蝿く、退会する会員も増えていた。
「すみません、ここの仕事辞めさせてもらいたいのですが。」
「いやいやいや!困るよロイ君!君の指導が目的の女性会員が増えているんだ。今君に辞められてしまったら困るんだよ!」
ロイが話しているのは、このスポーツジムのオーナーである。ロイが辞めてしまえばロイ目当てで入った会員がスポーツジムを辞める事は明白で、頑なにロイの退職を拒んだ。
「しかし、そのせいで辞めてしまった会員もいますし、最近ではここがスポーツジムなのかわからなくなるほどの姿です。私もやりがいを感じなくなってしまいまして。」
ロイの言葉を受け、オーナーはしばらく考えると
「よし、わかった!今月まで時間をくれ!」
「はい?」
「ちゃんとここをあるべき姿に戻す!それなら辞める必要はないだろう!」
「まぁ、、、それは、、、」
「よし!そうと決まれば、やらなければならないことがあるから、私はこれで失礼するよ!」
そう言うとオーナーは出て行ってしまった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
あれから2週間が過ぎた。スポーツジム内はというと、驚くことにトレーニングに精を出す会員がほとんどだった。会員がロイに声を掛ける頻度も減り、声を掛けられてもトレーニングのアドバイスを求めたり、食事内容の相談だったりと、本来のスポーツジムのあるべき姿になっていた。
(どういうことだ?一体なにがあった?明らかにオーバーペースでトレーニングしている会員もいるし、、、)
ロイが考えていると、ロイが入社する前から会員のミドリが話しかけてきた。
「どうしちゃったの?難しい顔して」
「あ、ミドリさん。えっと何かみんなの様子が変わったなと」
「だってロイ先生からのお願いなんだから、ロイ先生のファンの会員は頑張るでしょ。ロイ先生に辞めてほしくないのよ。わたしもその内の一人だし。」
「お願い?お願いってなんですか?」
「え?オーナーが会員一人一人に説明してたわよ。ロイ先生があまりプライベートの私語は好きではないとか、あまりに声を掛けられて対応も出来ないからもう辞めたいって。あと頑張ってトレーニングをする人に好意を持つ性格だとも言ってたわね。」
(だからか。それでオーバーペースでトレーニングしてる人もいるんだ。)
会員のトレーニング風景に目をやると、ロイに見られて手を振る者、ウインクする者、照れる者、中には投げキッスする者もいた。
そしてそのほとんどは、ロイと会話しているミドリに厳しい視線を浴びせていた。
「おーーーーこわっ!あんまりロイ先生と話をしてると後が怖いから行くね!また今度トレーニングメニューの相談に乗ってね!」
「はい、いつでも声を掛けてください。」
ミドリはロイから離れ、ベンチプレスのトレーニングへと向かった。
(オーナーには後で話をするとして、オーバーペースでトレーニングしている会員を止めないとな)
ロイはランニングマシンでトレーニングする会員の元へと歩き出した。声を掛ける前にベンチプレスのトレーニングをしているミドリを見て、ロイは少し驚いた。
(ミドリさんこの重さでベンチプレス出来るようになっていたのか。最近他の会員でいっぱいいっぱいだから気付かなかったな。これならトレーニングも次のステップに移行して良さそうだ。)
ロイがミドリのトレーニングメニューを考えながらランニングマシンへと着いたその時、ランニングマシンでトレーニングする会員の足が縺れた。オーバーペースでトレーニングしていた女性の体は言うことも聞かず、高速で動くランニングベルトへと倒れ込んだ。
「キャーーーーーッ!!!」
叫び声がロイの背後から聞こえた。ミドリのトレーニングメニューを考え、視線は下を向いていたロイの反応は遅れていた。ランニングベルトへと倒れた女性が勢いよくマシン外へと放り出される。ロイが振り向こうと体制を変えた瞬間、背後から衝撃が襲った。
(ぐっ・・・!!?なにが起こった!?)
死角からの衝撃に体が後方へと押し出される。その先は・・・
(ったく、うるさいなぁ。なにかあったの?)
ミドリはバーベルを下ろしている状態で、なにが周りで起きているのか確認出来なかった。バーベルをラックに置くため集中するミドリ。そしてバーベルを上げる最中、片側の重りに影がかかる。
次の瞬間、鈍い音と共にロイの意識は途絶えた。