埋められた彼女
飲み屋で偶然となりに座った男は、意外な過去を告白し始めた。
この店よく来るのか?
俺はこの町に住んでるわけじゃないから初めてだけどな。
まあ、隣に座ったのも何かの縁だ。一緒に飲もうぜ。
えっ? この町に何しに来たって?
それはなかなか言いにくいな。
でも、一度くらい誰かに聞いてほしいとは思ってたんだよ。
もう慣れちまったから、これが普通だと思ってるけど。
でも、よくよく考えたら、やっぱりおかしいしな。
かなり変な話なんだけど、もしよかったら……聞いてくれるか。
実は俺……人を殺したことがあるんだよ。
もう時効も成立してるから、今から警察に行ってもどうなるもんでもないと思うけどな。
あ、でも民事ってやつは別なんだっけ? 俺、学が無いからよく分からなくてさ。
もう20年以上前かな。一緒に暮らしていた女がいてな。そいつがものすごい嫉妬深い女なんだよ。俺が会社の女の子と話しただけでヒステリーは起こすは物は投げるわで。
それにちょっと帰りが遅くなっただけで携帯がバンバン鳴るのよ。今どこにいるんだとか、女といるんじゃないかとか言ってな。
俺もほとほと疲れてさ、何度も別れようとしたんだ。でも、そのたびに手首を切ったりして、別れたら死んでやるって恐ろしい目で睨んでくるんだよな。
俺、こう見えても気が弱くてさ、そんな風に脅されると怖くて別れられなかったんだよ。
でもある日、やっぱり些細なことでヒステリーを起こしてさ、包丁持って「死んでやる!」って喚くもんだから、無理やり取り押さえてたら彼女が気を失ったんだよ。
たぶん、その時の俺は相当おかしかったんだろうなあ。
このまま、こいつの首を絞めれば楽になれる。そう思っちゃったんだよな。
気がついたら……そいつの首から血が滲むくらい、力いっぱい首を絞めてたんだ。
でも、不思議と罪悪感とか恐怖感はなかったな。ああ、これで楽になれた。それしか思わなかった。
でも、しばらくすると、やっぱり怖くなってきてな。
彼女の死体を、遠くの山に埋めることにしたんだよ。
そうだよ。よく分かったな。
その山がこの町にあるんだ。仕事で何回か来たことがあったから。やっぱり土地勘がないとさあ。
あっ、知ってるあの山? そうそう、あの大きな杉がある山。
そうなんだ。あの山ってカブトムシがいっぱい捕れるのか。それは知らなったな。
そんなに子供が遊んでるのに、よく今まで見つからなったな。
あそこの山の奥に大きな岩があるんだけど、その横に穴を掘って、彼女を折りたたむようにして埋めたんだよ。
土に埋めるとほっとしたね。もう、大丈夫だって。人を殺して何言ってんのかって話だけど。
そうして家に帰って、しばらくしてから気づいたんだよ。自分の携帯がないことに。
昔だからスマホじゃなくてさ、折り畳みのガラケーってやつ。そいつがどこを探してもないんだよ。
どう考えても、やっぱり彼女を埋めた時に落としたとしか考えられないだろ?
だから俺は急いで戻ったよ。そして、歩いた道や埋めた場所をくまなく探した。
でも無いんだ。どこを探しても、俺の携帯がないんだよ。
あと探すとすれば、彼女を埋めた土の中だけだ。
本当に嫌だったけど、でも万が一彼女の死体が見つかったときに、俺の携帯が一緒に見つかったら洒落にならないからな。腹をくくって土を掘り返した。
そしたらな。あった。あったんだよ。俺の携帯。
でさ、どこにあったと思う?
絶対に信じてもらえないと思うけどな、彼女が握ってたんだよ。俺の携帯を。
いつのまに握ってたのか、そんなことは分からない。
でも、とにかく携帯を持って帰ろうと、必死になって彼女の手から携帯を離そうとするんだけど、彼女の手がものすごく硬く閉じられていて、いくらやっても駄目なんだよ。死後硬直なのか何なのか。もう指が携帯に食い込んでな。
結局、俺は携帯をあきらめて帰った。土を綺麗に埋め戻してな。
それからどれくらい経った頃かな。
俺の新しい携帯にな、誰かがかけてくる様になったんだ。
最初はいたずら電話かと思ってた。
出ても何も話さないし、ジャリジャリと変な音が聞こえるだけだからな
ジャリジャリ……ジャリジャリ……
最初は何の音かと思った。
でも、よく聞いたら、何か話そうとしてるんだ。
それで、気づいたんだ。
これは、口の中に砂が詰まってるから話せないんだってな。
あいつだったんだよ、あいつ。死んでも俺に執着してるんだ。
なぜ彼女だって分かるのかって?
そりゃ分かるよ。電話がかかって来るのは、こうして誰かと飲んでる時だけだからな。
昔からあいつはこうなんだよ。俺が誰かと飲んでると電話をかけてきてこう言うんだ。
「女と飲んでるんでしょ!! 本当に男だったら代わりなさい!」って。
だから、今日もまた電話がかかってきたら、代わってもらってもいいかな? これも何かの縁だと思って。
俺が女と飲んでないことが分かれば、あいつも安心するだろうし。
ああ、ちょうどかかってきた。
悪いけど……彼女に説明してやってくれるかな?
ジャリジャリジャリ……ジャリジャリジャリ……