デート(笑)
とはいってもデートなんてものは、俺のこれまでの人生においてはメディアやノベル、ゲームの中での出来事でしかなかった。
もちろんお付き合いどころか、まともに仲の良かった女の子などいない。
強いてあげるなら妹だろうか。小学校の頃よく近所の公園のブランコで遊んだっけ。
しかしデートについてはそれなりに知識はあるつもりだった。
例えば、男性がプランなどを考えてエスコートしたり。
例えば、男性が映画や食事なんかを奢ったり。
例えば、夜景の綺麗なレストランでお酒なんかを飲んだり。
例えば、終電を逃して二人夜の街に……。
……。
結論から言うと、俺の想像していたソレとは少し離れていた。
それ以前の問題だった。
このオースティンなる子は恐らく、「デート」に関する一般常識がなかった。
初っ端はまずこうだ。
「春枝君、まずはお腹が空いたので何か食べましょう。」
「そうだね。オース……Aさんは何か食べたいものはある?」
「ラーメンの気分です」
そう言った十分後には駅すぐそばのこってり系ラーメン屋さんで二人ラーメンを啜っていた。
どんぶりはまさに●郎のような、脂もニンニクもその他具材ももうお祭り状態だ。
注文の時にオオモリニンニクアブラマシネギオオメカラメ――詳しく覚えてないけれど、そんな呪文を唱えていた。
男の俺でも見るだけで胃もたれしそうなそれを、汗をかきながら真剣に啜るAさん。
まあ、これはこれで見ていて悪くないというか。
脂ぎった店内にそぐわぬふんわり可愛いAさんの存在に、他のお客も気になっている様子だ。
ちらりとこちらを見たAさんが「早く食べないと伸びますよ」と呟く。
俺は量も普通のものを頼んだはずなのに、それでもどっさりともやしやら脂やらがついてきた。
俺が食べきるころにはAさんはスマートフォンでスイーツの画像を見ていた。
この上まだ何か食いたいのかよ。
会計はきっちり割り勘だった。というよりぴったり二千円だったので、千円ずつ出しただけだ。
アルバイトをしていない俺の懐事情的には割り勘なのはありがたいけれどもね。
男としては奢ってあげるべきなのかもしれないが、正直今日初めて会った子に心を全てゆるし大判振る舞うほど器は大きくない。
というよりできるだけ出費を減らそうというケチくさい俺の内心が出ただけだった。ちっさ。
「なかなかお腹がいっぱいになりましたね」
なかなか?
「次はデザートでも食べに行きませんか?」
「ちょっと待って」
心からちょっと待って。案の定そう来た。胃袋ちゃんが破裂しちゃう。
「あれ、春枝君は甘いものはあまり得意ではないんですか? それなら仕方ないですね……じゃあ次はボーリングでもしませんか?」
「ああ、ボーリングね……」
今動いたら麺が出そうってのもあったが、ボーリングはあまり好まないというか、経験が浅いというか。
要するに下手くそだった。
「あまり気のりはしないけれど……」
「えー、楽しいですよ? 私それなりに上手ですので、教えますよ?」
「……まあ、そういうことなら、やりにいきますか」
ただ君がやりたいだけなんじゃないか、と言うツッコミは優しく封印し、駅から歩いて5分、ボーリング場についた。
次はここでの彼女のボーリング講座。
土曜日なのにポツリポツリしか客のいないボーリング場でのマンツーマン。
講座、なんてものじゃない。スパルタに近かった。
姿勢から肘の角度、目線、歩幅、立ち位置など、ちゃんとできるまで何度もやり直しをさせられた。
おれ、デートしてるはずなんだけどな。
Aさんは滑らかなフォームで見事にストライクやスペアを連発し、俺は淡々と指導を受けながらなんとなくすこしずつピンを倒せるようになっていく。
彼女の笑顔一切抜きの真剣な指導に肉体的にも精神的にも限界を迎えそうになったその時、
「春枝君、少し休憩しましょう」
とようやくAさんが笑顔を出した。
始める前に自動販売機で買ったスポーツドリンクもすっかりぬるくなっていた。
それもそのはず、もう4ゲームを終えたところだった。
「それにしても、Aさんはめちゃくちゃ上手だね。教え方もうまいし。ボーリングが好きなの?」
「好きですよ。中学生の頃、とても上手な人からよく教わっていました。」
中学の頃ねえ……ところでそう、おれはこのAさんことを何にも知らない。
休みついでに、いろいろ問うてみることにした。
「失礼だけど、Aさんは今何歳なの?」
「多分、春枝君と同い年です」
「……マジか」
てっきりその童顔っぷりから年下だと思っていたで、急に今までの対応が恥ずかしくなってきた。
「と言うことは高校生……。高校はどこ?」
「秘密です」
「金髪の子とはどういう関係なのかな」
「春枝君、デートの時に他の女の子の話題はNGですよ」
デート……のつもりでいらしたのですね。
いい匂いの中に、ニンニクの匂いが混ざっているデート(笑)
「いやでも、どうして俺がAさんとデートなんていう状況になったのか、やっぱりよくわからないからさ」
Aさんの顔が少し曇った。
「あの……楽しくなかったですか」
「そうじゃなくて!楽しいけど!楽しいよ、うん」
我ながら焦り方がキモい。
ふうとため息をつくAさん。
「私、デートって初めてなんです。だからどういうものか分からなくて。ただ、お互いに楽しめることが大事って聞いていたので」
そうだね。お互いに楽しむものだね。
まあこの新鮮で斬新な状況を楽しんではいるけどね。
「まあ、俺もデートなんてそんなに経験ないんだけどね」
うそこけ俺! 全くないの間違いだろ!
「そうなんですね……。春枝君、モテそうだから経験いっぱいしてそうに見えました」
「モテたことなんてないよ」
本当にね。野良猫にはモテたことあるけど。
ちらりとAさんを見ると、こちらを真剣な表情で見つめていた。
「春枝君のこと、できればたくさん知りたいです。」
歯の浮きそうな台詞を、真顔で言う美少女の姿。
目を逸らして照れ隠しに鼻の下を人差し指で擦る俺。
なんだこの状況。恋愛シュミレーションゲームかよ。
そして赤い顔を見られぬよう俯いて、口を開く。
「俺のことなんか知ったって、何にもならないよ。友達もいない、淋しい高校生活を送る暗めな人間ってだけだから」
自虐はあまり好きではないが、本心を混ぜているのですんなりと口にできた。
そしてまた少し考える。
もしこのAさんが――。
俺の陳腐な知的好奇心の為に、金髪のあの子にこの状況を強制されているとしたら。
俺の残念な知識欲の為の依頼に応える為にあてがわれた存在だとしたら。
更にその実態をAさん自身が知らずにいるとしたら。
それはとても悲しい。
誰も幸せになれない。
なぜなら。
いくら俺が女の子に疎い思春期の男の子だったとしても、こうも不透明な状況では、いかに美人を連れてこようとも「恋」とやらを知れるはずも落ちるはずもないからだ。
女の子に興味がないわけでもなく、恋愛が疎ましい訳でもない。
そりゃあ階段の上の見えそうで見えないスカートの中身に興奮もするし、夏用ブラウスから透ける下着にそそられたりもする。
美人や好みの女の子を見かけたら、自然と目で追ってしまったりもする。
だって男の子だもの。
ただそれとこれとは別だ。
もし、可愛い女の子がいきなり現れて「ああ、可愛いなあ」と思う事それ自体が恋だ、なんてのが答えなんだとしたら……それが答えだと言いたいのだとしたら、そいつはこれまでにないほど浅はかな回答だぞ、金髪よ。
短絡的な、浅い答えで依頼を遂行したと言いたいのだとしたら、それはとても悲しい。
立ち位置は分からないが巻き添え? をくらうAさんも可哀想だ。
結局――。
そもそも、誰かに訊こうとしたことこそが間違いだったのかもしれない。
気の迷いで、唯一気の置けない人に、気になることを訊いたことを少し後悔した。
「春枝くん!」
ひとり悲しい思考に入り込んでいた俺を、ボーリング場へと引き戻したのはAさんの少し大きめな声だった。
「大丈夫ですか、体調悪いんですか」
心配そうに眉をハの字にしている。
「いや、なんでもない、大丈夫だよ。」
「それならいいんですけど……。春枝君に一つ訊いてもいいですか」
「俺にわかることなら」
Aさんは少し緊張しているような面持ちでこちらを向く。
「とある方から聞きました。春枝君はものすごく何でも知りたがる性格の人だって」
うわあ、なんかそれだけ聞くとなんか野次馬精神の三枚目って感じだな。
てかなんで、誰からそんなこと聞いたの。
「それでその……。どうしてそんなに知りたがりな性格になったんですか」
「…………」
「あの、言いたくないならいいんです。理由があるのかなって思っただけですので」
何故だろう。
もう二度と会う事がないからなのか、利用されているかもしれないってので同情したのか。
はたまた俺が単純に話したかっただけなのか。
若しくは単なる気まぐれか。
いずれかは自分でも分からないが、俺は、俺の過去の話をすることにした。
「話すとまあまあ長くなるけれど」
「はい、是非話してください」
俺がそういう風に生きるようになったきっかけ。
ポリシー(笑)の原因となる出来事を話そうか。