黒髪ショートのA
さて、前屈みに座っている俺の腕のそれは「17:00」に切り替わった。
どこか遠い所から鐘の音が聞こえてくる。
と同時に一つ隣のベンチに座っていた人が立ち上がるのが見えた。
一瞥、なるほど小柄な女の子ではあるが金髪ではない。長髪でもない。
目線を再び地面に戻す。
数秒後、視界にブラウンのサンダルが映った。
「春枝君ですよね」
頭上からのか細い声。
見上げると、さっきの隣のベンチの小柄な女の子がそこにいた。
「……そうですが」
「今日は、よろしくお願いします」
何をだ。
「ええと、どちら様?」
「今日は一日、というかもう今日は残り少ないですけれども、ご一緒させていただきます。不束者ですが、よろしくお願いしますね」
さっきから優しい風に乗って物凄くいい匂いがする。
薄いピンクの手提げのバッグ、デニムのショートパンツに純白のシャツ。
そして生足←ここ重要。
肩までもない短めの黒髪。小さく整った顔立ち。
うん、こんなかわいい子知らない。
「あの、あまりジロジロみないでもらえますか」
「すいません」
癖の無意識アナライズを反射的に謝ってしまった。ここでも小心。
ここまできて、まだまだ状況が読めない。金髪はどうした。
「さあ、行きましょう春枝君。時間は大切、ですよ」
「もう一回訊くけど、どちらさま?」
謎の女性は苦笑いにも近い困った笑顔を浮かべて口を開く。
「そうですね……。私の名前はオースティンです。呼び辛いと思うので頭文字でAとでもお呼びください。今日、春枝君とデートすることになってます」
ええと、待って。デート?
「ええと、待って。デート?」
そのまんま思考が口から出たじゃねーか。動揺極大。
情報量が多すぎて処理落ちしそうだ。
オースティン……どう見てもこの子は日本人だと思うんだけど。
「あまり状況が読めないんだけど……どういうこと?」
「とにかく、デートをしてみるのです。さあ、いきますよ」
無邪気な笑顔で俺の顔を覗き込む女性。
目をそらしてしまう俺。
自分の顔が赤くなっているのが分かる。
そりゃだれだって、こんなかわいい子に正面からデートを申込まれたら照れの一つくらい生まれてしまうよ。くそ。
「一応訊くけど、あの金髪の子の指示なのかな? 俺はその金髪の子が来るものだと思ってたんだけど」
「金……そんなところです。ただ、今日はお互いできるだけ自然に楽しみましょう。」
そしてまた笑顔。
その顔で何人の男のハートを無自覚に射抜いてきたんだろうか。
それともこれもこの子の計算なんだろうか。
余計な思考で当初の「金髪の正体」のことを忘却した俺は、とりあえず観察や勉強を兼ねてデートと言うものをしてみることにした。
繰り返すが断じて観察や勉強のために、だ。
鼻の下など伸びていない。