生徒会長と湧き出る謎
自宅からすぐの川を下ること5分程で『スーパーよしむら』が見えた。
無駄に広いスーパーの駐輪場で自慢のミニベロに鍵をかけていると、「春枝くん」と聞き覚えのある声が背後から聞こえた。
「お、やっぱり春枝君。珍しいね、こんなところで会うなんて」
シンプルかつ男の心をわしづかむ私服を身に纏った黒川がそこにはいた。
もはや生徒会長というより清楚会長って感じだ。
「俺はよくここに来るぞ。ほぼお遣いだけども」
「そうなんだ?私は月に1回くらいかな。家からは微妙に遠いけど、ここにしか売ってないものを買いにね」
「ここにしか売ってないもの?」
そんな限定品を売るような店だったかな。
何を買いに来ているのか気になる。
「そ。まあ、何なのかは春枝君の得意な妄想にお任せします」
「人聞きがわるいな。変態っぽいじゃないか。推理と言ってくれ」
「春枝君の特異な変態にドン引きします」
「色々ひどくなったぞ!」
あははは、と黒川は笑う。くそう、笑うなよ。
確かにこう、考えて考えて、自分の中で考えつくして、自問自答みたいなこともするけど、それは決して妄想などではない。
たまに一人でにやけてしまったりしてるらしいけど(妹からの罵声より発覚)、
それは決して変態などではない。
「さてと。それじゃあ春枝君、また月曜日学校でね」
「おう」
笑顔で手を振る黒川。
待てよ。「おう」じゃない。
気になってることがあるじゃないか。
「黒川」
踵を返し歩きはじめていた黒川を呼び止め、俺は続ける。
「あの、さ……昨日の事なんだけど」
その場で振り返った黒川はこれまたぎこちない笑顔で口を開く。
「ああ。無事会えた? あの子なかなか人と会おうとしないから……」
「会えたは会えた。けどよくわからないんだよね……。あの子は俺らの高校の生徒なのか?俺は見たことないんだけど」
「今度こそ思春期かなー?」
「いや、そうじゃなくて、単純に気になるというか」
気になる、という言い方は思春期のそれのようで言い方をまずったとは思った。
そんなことは関係なしに黒川はにやにやした顔で続ける。
「もしかしたら、恋しちゃったとか? 気になって気になって夜も眠れなかったとか」
「残念ながら快眠ではあったよ。ただ、単純に俺はあの金髪の子を学校で見た事がない。一度見た人間は忘れないしね」
人間観察が癖になっているから、と心の中で続けた。
「ふーん。まあいいけど」
黒川は汚いものを見るような目になった。
「とにかく、春枝君にはあの子の事は教えられないよ」
言いながらゆっくりと顔を上げ、積乱雲を見ている。
「分かったよ。あくまで秘密は厳守なんだな……。それじゃあ俺が個人的に調べる分にはいいか?」
「だーかーらー」
黒川の大きな瞳が俺を睨む。
俺は思わず目を地面にそらしてしまった。
「詮索はナシって言ったでしょ。それが条件でもあるんだから。」
「しかし生徒会長、気になったことはとことん調べつくすのがおれのポリシーで――」
「そんなポリシーは容器プラスチックの日にでも捨てなさい」
なんでだよ。ポリエステル、ポリプロピレン、的な?
「毎週木曜日……それじゃあ次の木曜日まではこのポリシー捨てなくて良いってこと?」
「怒るよ」
「すみません」
小心。てか傷心。
しかし。
そういわれても俺は絶対に知ろうとする、そういう風に生きてきたし、これからもそのつもりだ。
密かな決意で自己完結し、ちらりと黒川の方をみると絵文字にありそうな困り顔で深いため息をついているところだった。
「どうせ春枝君は私が止めても探ろうとするんでしょうけどね……。私はあんまりお勧めしないからね」
ぎくりとしながら「良くご存知で」と呟いた。
ここで黒川がもう一つ大きなため息をついた。
「春枝君のために3つだけ情報を提供します」
「情報?あの金髪の子の?」
「いいえ。でもヒントにはなるかもね」
なんだかんだ言って黒川生徒会長はこうしていつも俺に助け舟を出してくれる。
教室で話す相手のいない俺に話しかけてくれたり、俺の疑問に懇切丁寧に答えてくれたり。
友達という友達のいない俺には本当に大切な人間だ。
いつか俺も黒川の為に力になってやらねばと、少し涙ぐんでしまった。
目を閉じた黒川が淡々と切り出した。
「1つ目。賢道学校には裏組織があります」
俺は眉を顰めたまま、ふき出してしまった。
何言いだすのこの子。なにその中二病みたいな設定。
裏腹に黒川は真顔で続けた。
「2つ目。その組織は人に言えないような特異な悩みのある生徒の助けになります」
この辺で俺も真顔になった。
どうやら冗談じゃないらしい。
「えーと、黒川?一つ聞いていいかな」
「ちょっと待って。3つ目。私もその組織の1人です」
するとなんだ。裏組織? の一人が黒川で、その金髪もメンバーだと。
あまりに現実味のない話で声が出なかった。
苦笑で黙りこけるしかない俺に、黒川は続けた。
「優しい優しい恵さんは春枝君に3つだけ質問を許しましょう」
黒川は自然に、しかし作り物のような笑顔を浮かべた。
「質問は何でもいいのか」
「私の答えられる範囲でね」
ここだ。
ここが一番の脳味噌の使い時だ。
何を訊こうか。
胸のカップサイズ? どこから体を洗うか? 好きな男性のタイプ?
……。
みたいな男性の本能を泣く泣く押し殺して真面目に、ごく真面目に気になったことを質問をすることにした。
「その裏組織の構成人数は」
「……現在7名です」
「それは生徒会の活動と関係があるのか」
「ほぼないです」
「んー……。あの金髪の子は恐らく黒川のことをМと呼んでいたんだけど、それはどういう意味?」
「通称みたいなものかな。他の生徒や先生に素性を知られないためのコードネームみたいな。そういうの春枝君好きそうよね」
ああ、中学生までは好きだったさ。
「はい! 3つ終了。そしたらまた月曜日に学校でね」
3つってすくねえ! 一瞬で終わったじゃないか。
まだスリーサイズも聞いてないのに。
今度こそ笑顔で手を振る黒川。
放心気味に中途半端に手を挙げた俺。
遠くなっていく生徒会長の後姿を呆然と眺める。
高校生にもなってまるで冗談のような単語を生身で聞くことになるとは思わなかった。
――裏組織。
いやいや、いやね?
これが他の誰かであったなら鼻で笑って吹き飛ばしているところなんだけれど。
あの生徒会長が、だ。
俺の質問に必ず的確に答えをくれる黒川恵が、いかにも小学生がのたまっていそうな裏組織なんて言葉を冗談で口にするだろうか。
それにあの作られたような、どこか翳りのある笑顔。あんな黒川は見た事がない。
ということは。
事実、賢道高校には裏組織が存在するということか。
一体全体何者なのか気になるあの金髪少女も恐らくそこへ一枚噛んでいる、ということなのだろう。
湧き出る未知の数々に、俺は困惑と興奮と好奇心でどうにかなりそうだった。
というか既にどうにかなっていた。
そう、お遣いの品を、内容を、買うべきものを忘れてしまっていた。
とりあえずそう、冷静に、事は順序立てて一つずつ解決に導こう。
七分丈のチノパンの右ポケットの携帯電話で、母へと電話を掛ける。
そういや、ここにしか売っていない限定品を訊くのを忘れていたな。