由宇の選択
「お父さんは元々医者だったの。詳しくは分からないけど、確か大きな総合病院に勤めていて、大切な手術とかをを任されるようなけっこうすごい医師だったって、昔お母さんが言ってた」
お母さん……そういえばお母さんについて聞くのは初めてだな。
「でも、その当時その病院で大変な医療ミスがあったんだって。何人かの人が亡くなって、結構な大事になって、マスコミにも取り上げられて。その時に、若かったお父さんは医療ミスの責任を押し付けられた。本当にミスをしたのはその病院の院長の一人娘の看護士だったんだけど、院長がそれを全部お父さんのせいにした。その院長、裏でヤバイ人たちと繋がっていて、刃向うと何をされるか分からなくて誰も院長には逆らえなかったらしいの」
「酷い話だな」
「その院長は繋がりが広くて、被害者側にもいろいろと手を回してお父さんは逮捕されたりとかはしなかったけど、もちろん病院には居られなくて……」
話している由宇がひどく辛そうに見えて、なんだか俺も気分が落ち込んでくる。
「医療ミスの汚名で職を失った父さんを受け入れる病院はもちろんなくて、しばらくは院長から渡された見舞金という名の口止め料や貯金で何とか生活は出来ていたけれど、新築で立てたばかりの家と車のローンで一年もしないうちにお金が尽きて。その間、勿論病院や医療関係の仕事に着こうと必死に動いてたみたいなんだけど……やっぱり当時はその医療ミスがかなり大きくニュースになっていて、実名も出てたから、受け入れてくれるところは全く見つからなくて。そのうち、お父さんは全く飲めなかったはずのお酒に溺れるようになっちゃった」
まったくうまくいかない現実から少しでも逃避したかったのだろうか。
お酒を飲んだことの無い俺はその辺はうまく理解はできない。
「お酒を飲んだお父さんはヒトが変わったかのように怖かった。お母さんも、私も、何回も暴力を受けた」
暴力、という言葉が俺の心を突き刺した。
悪寒ともまた違う全身のざわつきが襲ってくる。
これ確かに気分の悪い話だ。
「お酒を飲んで暴力を振るうようになってからすぐのある日、朝起きたらお母さんが居なくなった。お母さんの服も化粧品も、お母さんの物は全部なくなってた。テーブルの上には半分記入された離婚届が置いてあった。小学生だった私でも何が起きたかは理解はできた。その日の夜、外から帰ってきたお父さんにこう言われたの。明日から家の事は全部由宇がやりなさい、って。専業主婦だったお母さんが居なくなったから、代わりに私が全部やることになった」
どうしてそうなる。
「一応、時々手伝ったりはしてたから何となくいろいろはできるけど、そうすると学校に行く暇が無くなるくらい忙しくなることをお父さんに伝えたら…………学校とお父さんと、どっちが大切なんだ! って言われた。そんなこと考えたこともないし、比べぶべくもないというか比較対象ですらないし、分からないって答えたら、引っ叩かれた」
「ッ……」
言葉にならない感情が込み上げてくるが、やはりそれは言葉にならなかった。
「その時私は八歳だったけど、やっぱりお父さんもお母さんも大好きだった。お酒を飲んだお父さんは怖かったし、お母さんもいなくなってしまったけど、お父さんもお母さんも優しくて、毎日が楽しかった記憶がたくさん残っていたから。だから……」
日は完全に落ちて、少し離れた街灯の光だけが俺たちを照らしていた。
風が少し強く、少し肌寒い。
「だから、私はお父さんを選んだの」




