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好奇心は小心者ですら殺す  作者: えねるど
5月23日(金)
37/46

ほしの

 公園に着くなり由宇はすぐにブランコに小走りで駆け寄り、そのままその一つに座った。

 俺もそれに倣いもう一つに座った。


 徐々に明るさを失ってゆく夕刻、正面を向いたまま沈黙を破ったのは由宇だった。

「先に春枝に謝ることがある」

「何?」

 え、本当に何?告白前に振られる感じ?そもそも告白をしに来たわけじゃないのに振られる俺っていったいどこまで悲壮な人生なの。

「実は、先週の土曜に春枝とデートしたAさんって子の事なんだけど……」

 ああ。

「それ君なんでしょ?」

 ブンッ!!と空気を裂く音が鳴りそうな勢いで由宇の顔がこちらに向いた。

「……いつから気づいてたの?」

「最近、かな」

 いやついさっきなんだけどね。

「そう……」

 由宇は再び正面に向き直り地面をぐいと蹴った。

 由宇の乗るブランコが不安定に揺れる。


 後々、考えていけば由宇がオースティンであるというヒントは定期的に与えられていた。

 俺の目が澄んでいればまずそこで気づけただろうし、由宇が恐らく動揺した時に出る俺の呼び方だ。

 俺が由宇についてとある確信をした時も、さっき突然病院であった時も、由宇は俺を君付けした。

 由宇の中では本来俺は「春枝君」らしい。

 そして――。

 俺のとある昔話(ポリシーの動因)へのオースティンの反応。

 今となれば、オースティンが由宇である証明になる。


「それにしても、オースティンってなんだよ。偽名使うならもう少しまともな名前にしてくれよ」

「偽名じゃないから……」

「は?……どういう事?」

 ゆったり揺れる由宇は、定期的に地面を蹴り続ける。

 俺の問いには返答しないようだ。

 俺も自分を落ち着けるために地面を蹴り、ブランコを正しく使用した。


「一昨日、電話で言っていたよね。Aさんは恋煩いで、恋について知るためには実際に絶賛恋の病で盲目中のAさんと過ごせば理解できるかもとか何とか」

「……私そんな陳腐ないい方してないけど」

「でも、そんなようなことは言ったよな。それで、Aさんは君だったという事は……そういうことなんだよな?」

 街灯が点き始めた。

 街灯の当たらないこの公園は、鼠色の世界だった。

 そしてまたも沈黙。

 何となく察してきたが、この子の沈黙は肯定を意味する。


 さて。


 俺は長期に亘る俺の後悔を懺悔する機会をようやっと得たのだ。

 兎にも角にも、完全に日が暮れる前に俺は言わなくてはならない。

 言うべきであり、ずっと言いたかったことでもある。


 俺はブランコ降りて緩やかに動く由宇の正面に立った。

 それを見るなり由宇も足でブレーキをかけ、座ったまま止まった。


「俺は由宇に謝らなければならない事がある」

 由宇は黙ったままこくりと一つ頷いた。

「ほしのさん。あの日から、会いに行けなくて本当にごめん。ほしのさんはずっと待っていたのに、ずっと会いに行けなくてごめん」

「…………ずっと待っていたって、どうしてわかるの?」

「分かるさ。あの時のあの子は、絶対そういう子だから」

 由宇は俯いた。

 辺りが暗く、表情は全く見えなくなった。

「どうして会いに来てくれなくなったの?」

「それはその……って、全部赤裸々に話さなかったっけか。まあAさんにだけど」

 当の本人とも知らずに、ね。

「……後悔してる?」

 ああ、しているさ。

 ポリシーが一つ形成されるくらいには。

 本当にこうして直接後悔を清算することができてほんの少し晴れ晴れしい。

 それで全てが払拭されるわけではないし、これから訊く由宇のその後を知ることで更に膨れ上がる可能性はあるのだが。

「本当にごめんなさい」

 同時に俺は深々と頭を下げた。

 人は本当に心の底から申し訳ない時は、相手を見ることができないものなのだな。


 頭を下げたまま沈黙が数十秒。


「本当に本当に、久しぶり、春枝君」

 頭上で響いたその声は驚くほど柔らかく、温かかった。


 顔を上げると、時間差で点いた遠くの街灯がほんのりと届く由宇の顔に優しい笑顔があった。


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