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好奇心は小心者ですら殺す  作者: えねるど
5月23日(金)
33/46

ヘタレストーカー

 本来、放課後の教室など俺のようなぼっちにとっては針の(むしろ)でしかない。


 スクールカースト――あんまりこの言葉遣いたくはないが――の上位勢がたむろう場所でもあり、ぽつりと一人そこに佇む俺は彼ら彼女らにとって融け残った片栗粉のような、ぺアが見当たらない靴下のような、そんな邪魔くさくて消し去りたい存在なのだと思われていることを思うと今すぐにでも帰ってしまいたい。


 ……まあ実際のところ、それは自意識過剰なだけで、俺の存在など眼中にも心の片隅にも記憶にもなく、各々がそれぞれ熱く甘く酸っぱい青春を謳歌しているのに精一杯なのだろうけど。


 現に一人読書をする俺に向けられる視線も掛けられる声もこれまでに一度もない。

 それはある意味当たり前のものであって、俺みたいなコミュ障からすると有り難いことでもある。


「おまたせ」


 後ろから凛々しい声、振り向くと肩で息をする生徒会長がそこにはいた。

 俺みたいな根暗ピンに声を掛ける奇特な方は、まあこいつ位なものだろう。


「生徒会の仕事、副会長たちに押し付けてきたから。さ、行きましょ」

「そんなんでいいのかよ。二年なのに、上級生から反感かってないか?」

「ふふん、こういう時の為に普段からいろんな人に貸しを作っているから大丈夫なのよ」


 なーにが、ふふん、だよ……。


 校門から出て、俺たちは二人駅へ向かって歩く。

 横目にちらりと見た黒川は、どこか曇った表情に見えた。


 才色兼備で人当たりも良く、生徒教師問わず皆から信頼もされ、ちゃっかり抜かりもなく、おまけに生徒会長。

 傍から見れば完璧に近い黒川にも、やっぱり悩みとか不安とかがあるのだろうか。


 これといった長所もなく、誰の信頼もなく、というかそもそも交友もなく、いろんな点で無能な俺に対しても分け隔てなく接してくれるこの子に、俺はどれ程救われただろう。


 俺が何ができるのかわからないが、できる事がもしあるのならばしてやりたい。


「定期外の駅になるけども、春枝君電車賃もってる?」

「まあ、あんまり遠くないなら大丈夫だと思う」


 南張駅までの歩いた十分間、会話はそれだけだった。

 妙に気まずいが、どんな会話をすればいいのか分からない。さすが無能俺。


 券売機で指定された場所は俺の定期間の二つ先の名沙(なさ)駅だった。

 電車の中でも俺たちに会話はなかった。


 学校を出てからというものの、急な黒川の曇り気味の表情を見るに、気軽に声を掛けられる雰囲気ではなかった。


 それでもどうか、勇気を出して声を掛けるか、そう迷っているうちに目的駅に到着した。


 名沙駅を出てすぐ目の前に嫌でも目に付く大きな病院があった。


「ここよ」


 さっきまでの曇らせた顔とはうって変わって作り物のような笑顔で黒川が言う。


「ここに、由宇の父親が入院してるのか」

「……春枝君はあの子の名前をどうやって知ったの?」

「どうやってって、本人からだよ。依頼に関しての不満を引き合いに出して、対等にお互いの情報を共有すべきだと言ったら教えてくれた」

「……あの子も大概バカよね」


 どの辺が?


「別に依頼をされる側とする側が対等になる必要なんてないし、例え依頼が上手くいかなくて責任を感じたとしても自分を犠牲にする必要なんてないのに」


 たしかに。

 俺に名前を教えることを()()と表現するのは傷ついたけども。


「まあその辺が、あの子らしいけれども。不器用さは昔からだし」

「……黒川は、由宇とは昔からの仲なのか?」


 素朴な質問には鋭い眼光が返ってきた。


「何度も何度も言わないと分からない馬鹿枝君の為に言いますけど、私からはあの子の事は何ひとつ教える気はないからね」


 馬鹿枝……語呂はいいけどもさ……。

 そうまでして頑なに秘密にする理由がわからない。


 黒川は左手首の小さな腕時計をちらりと一瞥し、


「それじゃあ、私はこれで」

「黒川は一緒に来てくれないのか?」


 隠れていた曇り顔が黒川に戻った。


「行かないわよ。わたしはもう午前中に一度行ったもの」

「でも、俺一人で急に由宇のところへ行ったらおかしくないか?」

「うん。おかしいわね」

「なんか追いかけてる、そうストーカーみたいじゃないか?」

「うん。ストーカーみたいだね」


 おいおい。


「……やっぱり、俺も帰ろうかな」

「そうしたいならそうすればいいんじゃない? ただ、ここまでさせといて帰ったら春枝君の事は一生ヘタレと呼ぶことになるけれど」


 俺は数秒目を閉じて優しく自分自身の想いを整理し、決心した。


 唯一、学校で気の置けない同級生の黒川に、一生そう呼ばれるのは嫌だから、じゃなく。

 どうしても会って由宇に言わなければならない事があるから。

 

「やっぱり、行ってくる。ここまで案内してくれてありがとう、生徒会長」


 黒川は濁ったような笑顔で頷いた。


 駅に戻ってゆく黒川を見送った後、駆け足で(そび)え立つ病院の中に侵入した。


 受付の看護師のもとへ向かいながら気づいた事が一つ。

 由宇の苗字を知らねえ!


 これは大きな失敗だった。

 入院中の父親の名前を知る事もできない。


 せめてこの病院のどこかに由宇が居れば声を掛けられるが、これだけ大きな総合病院だ。

 いつになったら由宇が見舞う病室から出てくるのか、寧ろ今病院内に居るのか、何もかも皆目見当がつかないし、かといってふらふらとうろつくわけにもいかなそうだ。


 受付への足取りを止め周りを見渡す。


 幸いこれだけ大きな病院でも一般の出入口は一つしかなく、座れそうな椅子も空いていたのでいつか通るであろう由宇を待つことにした。


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