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好奇心は小心者ですら殺す  作者: えねるど
5月23日(金)
31/46

愛妻弁当

 ちょっとこい、です、などと(のたま)いやがった岸絵に連れられるがまま移動した先は、グラウンド周りの防風林の端にある木製のベンチ。

 日に日に強くなりつつある日差しを感じながら、俺たちは足を止めた。


「座れ、です」


 その言い方、本当何とかならないのかね、脅しにしか聞こえないぞ。


 並んで座ると、岸絵は手に持っている小さな袋から可愛らしい弁当箱を取り出した。


「これ、春枝に作ってきてやった、です。食べてみろや、です」


 少し照れくさそうに、しかし満面の笑みで岸絵は両手で弁当を俺に突き出す。


 理解が追い付かず茫然自失のまま無意識にそれを受け取っていた。

 そして無意識のままぱかりと蓋をあけていた。


 うんどう見ても愛妻弁当、しかもベタなやつ。

 桜田麩でハートが描かれている。


 というか白米とそれ(桜田麩)しかない。


「あの、これは……」

「食べてみろ、です」


 恐らく恥ずかしいのだろう、おっとり顔がいつもより赤くとても可愛いらしい。


 傍から見ていればそれはそれは胸キュンというか癒しというか、少なからず尊さを感じられそうな表情だ。


 当の俺は感情がパニック・シャッフルで脳細胞連鎖(チェーン)破壊(デストラクション)状態だ。


 この子はいろいろと勘違いをしているのか、世間知らずなのか。

 お家柄上の無知なのか。カマトトって訳じゃないだろうし。


 断る勇気もなく、混乱状態のままピンクの付着した米を口に運ぶ。


 甘い。

 正に、桜田麩をかけたお米の味だ。


「海、これって……」

「美味しいか? です」

「えーと……」

「……美味しくねえ、です?」


 顔を曇らせた岸絵が不安そうな声色を出した。


「いやいや、おいしい! おいしいよ! うん。……だけど、どうしたのかなって、急に」

「文献を参考にしたところ、どうやら友達は、昼休みに一緒に飯を食いやがる、です」


 それはあってるぞ、多分。

 高校に入ってから、周りの集団はそうだった。


「そして男の心を掴むなら、お弁当を作ってあげるべし、と文献には書いてやがった、です」


 一体、こいつはどんな文献(ざっし)を読んだんだろう。

 いや、何となく想像つくけどさ。


「なにかおかしいか、です」


 キョトンとした顔で見つめてくる岸絵。


「いやその、どうしてコレなのかなぁ……って」


 そういった後、二人で食べかけの弁当に目を落とす。


「あんまり好きじゃねえ、ですか。桜田麩」

「いやいや、そうじゃなくて、ハート! ハートって普通、恋人とか伴侶とかに作る愛妻弁当のイメージだからさ」


 苦笑いを浮かべながら岸絵の俯き顔を見ていると、徐々に赤くなっていくのが見受けられた。

 やはりよく意味を介さずに作った代物だったようだ。


「すまねえ、です!」


 そう小さく叫ぶのと同時に愛妻弁当をひったくる様に俺の手から奪い上げた。


「そ、そんなつもりじゃねえ、でした!」

「いや、せっかく作ってくれたんだからいただくよ」


 優しく岸絵から愛妻弁当を奪い返し、箸を進める。

 顔が真っ赤のままの岸絵は目を少し潤めながら口を開いた。


「友達とか、恋人とか、今までいたことがねえからわたしにはよくわからねえ、です」

「うん……俺も、よく分からなくて困っているところなんだ」


 甘いお米を頬張りながら俺は昨日の由宇(ゆう)とのやりとりを思い出す。 


――以前、会ったことがある。


 そう確信した直後にピリリと由宇の携帯が鳴り、すぐそれに出た由宇は「えっ」と驚嘆の声を上げ、携帯を耳に当てたまま天文学室を後にした。

 そのまま戻ってくることはなかった。


 いったいどういう事だってばよ……。


 放置プレイは嫌いじゃないけど……とかそういう事じゃなくて。

 今俺の中にあるすべての疑問は、ほとんどが金髪美少女の由宇(キミ)に繋がっているというのに。


 勿論の事こちらからの連絡手段を獲得などできてはいないので、再会を望むなら足繁く天文学室に通うしかないのだろう。


 ただ、次に俺が由宇に会った時には、必ず伝えなければならない事がある。

 これは俺の中のけじめでもあり、望みでもあり、報いでもある。


「春枝?」


 岸絵の西風のような声でグラウンドと日差しと甘さを取り戻す。

 気づけば弁当箱は空になっていた。


「美味しかった。ありがとう、海」

「そうか、です」


 おっとりとした顔のまま柔らかく笑顔になった岸絵。


「春枝、わたしも全然恋とか友情とか、よく分からねえ、です。だけど、これだけはわかる、です」


 そういうと岸絵は再び袋から色違いの弁当箱を取り出した。

 笑顔で俺にそれを突き出しながら、


「困っていたり、悩んでいたら、助けてあげるのが友達、です」


 そう言いながら再びぱかりと開かれた箱の中には、まったく同じピンクのハートがあった。


 俺はちょっぴり吐き気がした。

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