狸寝入り
失くして初めて気づくもの、というのは世の中にたくさんある。
簡単で身近な例えを挙げるなら、「健康」もその一つだ。
風邪をひいたり怪我をした時に、何不自由なく暮らせていた日常がいかに幸せだったか、という事を思い知る。
そんな平穏な日常に戻り、何事もなく暮らすうちに健康がいかに幸せな事かをまた忘れるのだ。
有るのが当たり前だと思い込めば思うほど、失った時の落差に心が蝕まれる。
例えるなら、今日の俺がそうだ。
俺の日常から、なんと生徒会長という存在が無くなってしまったのだ。
……。
いや別に不幸だとか転校などの大それたことではないのだが。
単純に欠席、ということらしい。
そりゃ黒川も人間なので風邪の一つくらい引くのかもしれないし、もしそうなら心から早く治る様祈らんばかりではあるが。
そういうことで、俺の日常は、つらく厳しい現実になるのだった。
要するに会話をする者がいないってだけなんだけどね。
実際に失くさなくたって、俺にとって黒川は大切で大切で大切なことくらい千も承知なのだけれど。
有無を言わさず俺の大切を突然奪う神様はきっと俺のようなぼっち野郎がいけ好かないのだろう。
好きでぼっちになったわけではないぞ!
……いやそりゃ自分に原因が全くないとも思ってはいないけども。
社会の教師の甲高い熱弁も環境音に溶け込んでしまうほどの脳内自己会議を繰り広げていたところ、昼休み開始の鐘が鳴った。
たかだか一日喋る人がいないくらいでビーたれる自分に嫌気がさしながら、移動教室の無い今日の二年六組で本日の五度目の寝たふりを決めることにした。
突っ伏す俺の腕や頭に不意に固い振動が二つ。
何の音だ。
アレに似ている、そうあの時の天文学室を訪れた俺のノック。
などと考えていると再び振動と打音が強めに三回。
恐る恐る頭を上げると、小さくて童顔なふんわりセミロング女子が俺を見下ろしていた。
確かこの子はクラスの風紀委員で、天道さん、だったかな。
……俺、何か風紀に触れる事やらかしましたでしょうか?
無言で凝視する天道さんに苦笑を返してしまう俺。
天道さんは何も言わず、その童顔を教室の入口へ向けた。
俺もそのまま入口に目をやる。
そこにはまたしても髪の短い女の子が立っていた。
おっとりとした顔でこちらを見ている。
……遂にモテ期到来か!? などという淡い発想はすぐに昇華した。
立っていたのは俺の初めての友達だった。




