金色
「色」についてじっくりと考えたことはあるだろうか。
昔調べた事だが、「緑」は自然を連想させる色で、安心や癒し、生命などのイメージがあったり、また目の疲れを和らげたり、リラックス効果があったりもする。
「青」は冷静さ、理性などのイメージ色で気持ちや感情の落ち着きを表したり、はたまた冷淡さ、悲しさ寂しさなどのイメージもある。
対して「赤」は情熱やエネルギッシュさなどを象徴していたり、鳥居に使われるなどの魔除けのような場合に使われたりもするらしい。
そして「金」は、ストレートに富の象徴でもあり、繁栄や幸福、希望の光なんて意味もあるのだそうだ。
だがどうだろう、今俺が実際に目にしているこの「色」が、他の人にとっては全く別の見え方をしている可能性はないだろうか。
たとえばそう、懐かしいものにはなるが、インスタントカメラのネガフィルムに焼付いた、人物の色を見たことがあるだろうか。
それは奇怪な、白髪に青みがかった肌をしており、ホラー的印象を受ける色合いだ。
実はそのような反転色が正常な色の世界であり、いま現にこうして俺が見ている鮮やかな赤や青や肌色は、他の人間にとってはまるでホラーのような、ネガ映像だったりするのではないだろうか。
自分が見て感じている色が、全く他人と同じように見えているという証明は、他人の体に乗り移らない限り不可能なのだ。
しかし、自分一人が見ている色に限り、それは赤は赤であり、青は青であり、そして赤の中でも青の中でも違う赤や青は存在し、認識できるものだ。
それは金色についても勿論例外はない。
はずなのだが。
俺が先週の金曜日、日光が僅かに入るここ天文学室で見た金色は、今、同じように日光が入り込む薄暗いこの部屋の奥のソファーにひっそりと佇む金色と若干違う金色に見えたのだった。
更に、前回との相違点を挙げるならば、長さが、そうバッサリと短かったのだ。
「失礼します……」
天文学室に入ってきた俺をソファーに座りながらしっかと見つめる金髪少女は、もちろん俺の控えめな挨拶には無返答だ。
扉を閉めた後の薄暗く静かな部屋に、掛け時計の秒針音だけが鳴り響く。
立っている姿一つぎこちなくなってしまうほど気まずい。
そのまま棒立ちを見られているのはバツが悪く、一番入口に近いパイプ椅子に座ることにした。
嫌な音をたてないように慎重に椅子を引きながら、
「髪、切ったんだね」
なんてフランクめかしく話しかけてみた。声震えちゃったけど。
金髪はこちらを見つめたまま、先週と少し違って見える金色の襟足を右手で摘まんだ。
「……………………うん」
かなり遅れて、素直に頷く金髪。
なんだろう、この懐かしい感じは。
前回の初対面から一週間も経っていないのに。
――再び静寂。
昨日の電話ではあんなに堂々と啖呵を切り、言いたい文句も納得のできない感情も、ここで全て吐き出そうと決めて今この場所へ来たはずなのだが。
いざ対面すると、保存先を見損ね、何処にあるか分からないファイルのように言葉が見つからなくなる。
普段使用禁止の薄暗いこの部屋が委縮する要因なのか、はたまたこの金髪少女がそのような特殊なオーラを発生しているからなのか、今の俺には皆目わからなかった。
いや単にコミュ障なだけなんだけど。
どう切り出すかを俯いて長考する俺に、
「春枝は意思疎通をしに来たのではないの」
と金髪。
相変わらず逆光で見えにくい金髪の顔をまじまじと見ると、少し強張った表情でしっかりと俺を見つめていた。
「ああ、そうなんだけど……」
「だけど?」
「いやその、ちょっと頭の中を整理中というか」
なんだそれ言い訳甚だしいだっせえ俺。
意思疎通の手前の段階で足踏んでるのがバレバレだ。
心の中で自分を蔑視していると、
「私も春枝に訊きたいことが少しある」
金髪は言うなり豪華なソファーから立ち上がり、テーブルを挟んで向かいの椅子に向かってポトポトと歩き、そのまま椅子を引いて座った。
そう、正面に座った。
小さくて、人形のような、どこか人間離れした綺麗な顔。
長い睫毛をぱちくり動かしながら、金髪もまた俺の顔を直視している。
見つめ合うと素直におしゃべりできない。
ただ、なぜだろうか、言葉は無くてもずっとこうしてみていられるような気がした。
「いい?」
……え? 何だって。いいって? E? 何が?
男と女が見つめ合いながら、「いい?」なんて訊きかたをするということは、それはもちろん――
「質問しても」
――そう。質問ね。
男と女が見つめ合ってする事といえばそりゃ質問に決まっている。
それが相場だ。泣いてなんかないぞ。
「……どうぞ」
「マーキュリーの事、何で知っている? どこまで知ってる?」
「それは……」
最初に聞いたのは黒川からだ。
情けか悪戯心か気まぐれか分からないが許された三つの質問で教えてくれた。
しかし黒川には返しきれない恩義がある。
安易に貶める可能性のあるところに名を出してはいけない。
その次は……。
「直接、組織名を教えてくれたのは田丸先輩で、田丸先輩の事を教えてくれたのは報酬受渡しの時の白夜だ」
「何の為の組織か……は知ってる?」
「特異な悩みのある生徒の助けになる組織……って聞いた。たとえば今回の俺の依頼のような、ね」
金髪は僅かに口角が上がった……ように見えた。
「おかしなことを訊いている自覚はあったのね」
「別におかしくはないだろ! ちょっと恥ずかしいとは思うけどさ……」
言ってさらに恥ずかしくなってきた。
「でも俺は純粋に、概念というか概要というかそのものの具体的なところが知りたいだけだ」
ますます恥ずかしくなった。
金髪ももう少しだけ顔が崩れたように見えた。
正面の女の子はその顔のまま目をテーブルに落とし、
「本来そのためのものだったわけではないのだけど……」
と呟いた。
「どういう意味だ?」
「何でもない。他にマーキュリーについて知っていることは?」
「……構成人数が7人だとか、コード? のような呼び方も全員じゃないが知っている。創設者がクリス先生でC。田丸さんがEで、白夜がR1で、海がUで、黒川がM」
「海……」
「えーと、き、岸絵さんね!」
下の名前呼びの強制がこんなところで恥を誘うことになってしまった。
「そう」
「あとの二人の内、一人は君だろう?」
金髪はこの問い掛けには返事はしなかったが、口を噤むその表情が肯定の意なのだと何となく察した。




