Leaping Theory
「オアシス」に入って数歩走ると、エスカレータに向かう岸絵が見えた。
慌てて追いつき謝辞を述べると、岸絵は再びにやりと笑った。ひえぇ。
そのままエスカレータに二人で乗り、ついたのは四階のゲームコーナーだった。
ゲームコーナー?
「あの、岸絵さん?ここで何を……」
「海」
「え?」
「海」
……合言葉?
山! とか答えればいいのだろうか。
「私の下の名前、です」
こちらを向きながら、岸絵はそう言った。
どのリアクションが正解なんだろう。
綱渡りをしている気分で、
「い、良い名前だね!」
なんて言った。声裏返ったし。
「わたしの事は、そう呼べ、です」
岸絵はそう言うと少し俯いて毛先を弄っている。わずかに顔が赤く見えた。
おいおい。どのフラグだこれ。
「えー、分かったよ。海ちゃん」
と俺が言った瞬間、岸絵は血相が一変し、人を殺しそうな冷たい顔で、
「ちゃんはやめろ、です」
と顔をひくつかせながら言った。怖ェ!
「ごご、ごめんなさい……その、海」
「…………それでいい、です。さ、さあ春枝、いくぞ、です。」
表情がおっとりモードに戻った岸絵は俺の制服の袖を摘み、歩き出した。
年下の女の子に制服をつままれる、+50pt! みたいなアナウンスが頭の中でよぎりながら、引っ張られるがままついたのはプリクラコーナーだった。
「えーと、岸絵さん?」
ギロリと鋭利な目を向けられた俺は慌てて訂正する。
「……じゃなくて、海? ここでなにをするの?」
「何って、二人でプリクラを撮るにきまってるだろ、です」
ええええええ?
えええええええええええ!?
脳天に雷が落ちるエフェクトが浮かんだ。
一体全体どこからどこまでがどうなの。マジコンフュ。
「どうしてまた、プリクラなんかを?」
妹とも撮ったことないのにー!
「どうしてって……友達とはプリクラを撮るものだろ、です」
そりゃあ、女の子同士なら学校帰りとかによく撮るって聞いたことはあるけども。妹に。
って。
ちょっと待て。
「…………友……達?」
俺が訊くと、岸絵は再び顔をほんのり赤らめて俯いた。
摘まんでいた俺の制服から手を放すと、ポソポソと話し始めた。
「学校で私の秘密を知っているのは、先生方を除くとほんの少しの生徒だけ、です。その筈が、クラスどころか生徒全員が誰も私と話さえしてくれねえ、です。多分、口には出さねえが、色々と素性を知られているからだと思う、です」
まあ、その特殊なしゃべり方とかお付の朱雀のアノ感じだと、色々思われるところはありそうだけど……。
「クラスでも部活でも、大体が話すのは朱雀だけ、です。他の文学部員なんかは、私が入部するなり、私を避けて部室に来すらしなくなりやがった、です」
うん、俺も知ってたら訪れなかったと思う。
無知は時として身を滅ぼすものなのだね。
「でも春枝はそんな孤独な私に話しかけてくれやがった、です。態々部室まで来てくれやがって、です。だからその……わたしと春枝、友達ってことだよな、です」
何その論法ー、理論飛躍してるー、顔を赤くして飛躍してるー。
でも良かったー、俺が天国に飛躍しないで良かったー。
「おい春枝、きいてるのか? です。わたし達、友達で良いんだろ? です」
あれ、そういや、君は俺を苗字で呼ぶんだね。
角度で言うと十度くらい首を傾けながら、岸絵はそれはもう頬を真っ赤にしている。
「えと、うん、きし……海さえよければ俺は嬉しいよ。俺も友達少ないし!」
てかいないし!
それ以前に色んな意味で断りが可能な場面ですらないし。
「そうか。私もうれしい、です……」
岸絵がさらに顔を真っ赤にした。
照れている表情や仕草を見て、やっぱりちゃんと女の子なんだなとドキリとした。
さっきまでコンクリート詰めとか石狩湾とか、消される心配とかしかしてなかったから余裕がなかったが、改めてしっかり岸絵を見るとかなりの可愛さを備え持つ女子だと気が付いた。
「だからその、友達になった記念に、撮らねえか、です」
上目使いの岸絵。
やべえなにこれ超可愛いんですけど。
地獄から一変、何のご褒美イベントですか。
「良いけれども、俺こういうのやったことないから操作とかわからない」
「その点については安心しろ、です。私も分からねえ、です」
「そっか、それなら……いやいや安心できないよ!」




