風呂上がりのアイス
火照る身体は脱衣所で急速に温度を失い、忽ち寒さを感じさせた。
まだ五月、蒸し暑さには遠いこの季節が俺は嫌いではないが、バスタオルで体を拭き終わるまでのこの気化熱の感覚は苦手だった。
そそくさと全身くまなく拭きあげ、準備しておいたスウェットに着替えた。
二階の自室に向かう途中、玄関から妹の声がした。
「ただいまぁあ」
唸り声のようなその声から察するに、今日もみっちり指導を受けたのだろう。
妹は剣道部だ。
俺が小学三年生のころ、父の勧めで妹と二人で父の知り合いの道場に行き、稽古を付けてもらったことがある。
俺はたったの一週間で挫折し、妹は今でもまだ剣道を続けている。
「おかえり、ちょうど俺風呂終わったから入っていいぞ」
重そうな防具袋と竹刀袋を玄関に置く妹に向け、労いの言葉をかけた。
「んー、うん……」
そっけない返事が返ってきた。お兄ちゃんちょっとショック。
まあ、あまり構いすぎてもウザがられて嫌われゆくスピードが速まるだけなので、放って自室に行くことにした。
途中冷凍庫からアイスバーをサルベージし、部屋に着くなり早速咥えた。
机の上に目をやるとそこには大きめのビニール袋が一つ。
中にはチュッパチャッ●スが入っている。五十個も。
今日の帰りに『スーパーよしむら』で買ってきたものだ。
おかげで明日から次の小遣い日の月末まで、昼飯どうしよう状態だ。
バイトでも始めようかな。
椅子に座り、半分ほどアイスを食べたところで白夜の言葉を再び思い出す。
間違いなく「Uからお願いされて」という言葉を発していた。
半ギレでなんでもないと訂正していたけど。
その半ギレこそが何か真に迫るものを語っている気もする。
ということは報酬のぶどこんには「U」が絡んでいて間違いなさそうだな。
「文芸部の一年か……」
――岸絵、確かそういったな。
その子ならあるいは金髪少女について知っているのだろうか。
親しかったりしたら尚良い。
創設者のクリス先生……は最後の砦ということで最後の手段としてとっておこう。
しかし文芸部室ってどこにあるんだろう。
アイスの木の棒を歯で挟んだまま立ち上がり、ハンガーにかかった制服の胸ポケットに手を突っ込み、生徒手帳を取り出す。
椅子に座り直し、校内図のページを開き文芸部室を探す。
一階の図書室の隣にその文字があった。
「っし」
生徒手帳を閉じ、ハンガーにかかる制服を見る。
ちょうど胸ポケットがいい感じに膨らんでいる。
椅子から立つのも億劫で、生徒手帳を胸ポケットめがけスローイングした。
綺麗に放物線を描いたものの制服にすら当たらず壁に跳ね返り、そのまま綺麗に端に置いてあったゴミ箱にすっぽり入った。
「あーあ」
態とらしく怠さを声に出した瞬間、融けたアイスが棒から落ちて太ももに着地した。
「あああ!」
スウェットが水色のソーダ味を吸う。
慌てて落ちたアイスを指で摘み上げ、ぱくりと一口で頬張る。
そのまま机の上のティッシュを数枚取り、濡れたスウェットを強めに拭いているところにノックもせず妹が入ってきた。
「お兄ちゃん、ホッチキスもっ……」
必死にティッシュで濡れた太もも部分を拭く兄は妹の目にどう映ったのだろう。
途中で固まり絶句した時点でそう映ったに違いなさそうだけど。
そのまま静かに扉を閉め立ち去る妹に弁明しにゆくのも面倒で、ティッシュをゴミ箱へシュートしそのまま布団へ倒れ込む。
さて、ホチキスはどこにしまってたっけか。




