棒付きの飴
放送室は二階の角を曲がった先の突き当り右側に位置している。
すぐ隣は職員室となっており、廊下を挟んで向いには校長室がある。
普段なら近づきたくもない場所だ。
放課後となった今、その小汚い放送室に用がある。
もちろん昼休み訊きそびれたことで。
手前の職員室前で無意識に忍び足になりながら、目的の部屋の前まで来た。
ノックをしようと右手をドアに近づけたところで、昼休みの黒川と田丸女子のやり取りを思い出した。
あれではどう見ても黒川が先輩で、田丸女子は先輩に叱られるダメ後輩、といった感じだった。
さらに生徒会長と放送部長、の関係だけではない。
マーキュリーなる組織の仲間でもあるらしい。
まあ、内情にあまり差はなさそうな気はするけれども。
その窓口たるEこと田丸女子に話をすべく、俺は深呼吸の後、強めにノックを三つ。
案の定、返事はなかったが、部屋に入るとお目当ての彼女はそこにいた。
イヤホンを付け、パソコン画面を凝視しながら、口からは白く細い棒状の物が出ている。
口の中でカラカラと音を立てながら、その棒は無作為に動き回っていた。
俺の入室に気づきそうもないので、昼休み黒川が座ったキャスター付きの椅子に腰かける。
それでも田丸女子の眼は画面で舞う「@」を追い続けていた。
キーボードを叩くのに合わせ、ポニーテールが微かに揺れている。
暗めの放送室に対して一際明るいパソコンの画面が眼鏡に反射し、なぜだか科学者を連想させた。
声を掛けようか、俺の手を彼女の視界に入れてやろうか悩んでいると、ふと机の上にあるお菓子が目に入った。
チュッパチャッ●ス。
田丸女子が今咥えているそれだ。
青と水色のそれが一つずつ、マウス付近に転がっていた。
こっそりと手を伸ばし、青いそれを取った。それでも全くこちらに気付かない。
力を入れて包装紙を剥がし、俺も咥えてみた。
懐かしい少しチープな味がする。コーラ味かな。
いい加減、時間も惜しいので気づいてもらうべく田丸女子の肩を静かに二回たたいた。
「うわあ」という声と共に彼女はびっくり箱のようにぴょんと全身が伸び、そのまま椅子ごと後方へ倒れた。
「いってててて」
床タイルに打ち付けた腰をさすりながら田丸女子はイヤホンを外す。
貞操に気を配る余裕のない彼女は、大胆にも大開脚状態だった。白のレース、なんとも意外。
「ああ、春枝君か! もうびっくりさせないでよ!」
「すみません。声は何度もかけたんですが」
目のやり場に困りながら、倒れた彼女へ手を差し伸べる。
田丸女子は何の抵抗もなくその手をつかみグイッと引っ張ってきた。
逆のベクトルへ力を込める。
「よ! っと。ありがとう! えへへへ」
嘘くさいこの笑い方こそが、彼女の笑い方なんだろうなと、やわらかい手の感触の余韻に浸りながら考えていると、
「ああああああ!!!!」
突然田丸女子の口からの劈く悲鳴。
そして徐々に顔が赤くなり、目が潤んでいく。
「それ、それ……ウチの飴ちゃん!!」
俺の口から出る白い棒を見て、田丸女子は今にも泣きそうな顔になっている。
「ああ、これですか……すみません、ついひとつ頂いてしまいました」
それから田丸女子は小さな子どものように号泣を始めた。
年上の号泣。もうこれほど手のつけようのない事態はなかった。
そうね、勝手に食うのはまずかったよね。泥棒だね。
どうしよう。
こんなところを誰かに見られたらどういう誤解をされるかわからない。
「すす、すみません! 新しいの買って返しますから!」
俺の声が届くと、声が止み、涙目でこちらを見つめてきた。
ああなんだろうこの感覚。
「っぐすッ……ほんと?」
「はい! もちろんです! なんなら今すぐ買ってきます」
飴を咥えたまま大きく鼻をすすり、制服の袖で目をこする田丸女子。
その仕草風貌は小学生にしか見えない。胸以外。
まだ眉は八の字に近かったが、強引に笑顔を見せてくれた。
「取り敢えず、春枝君の質問の量によって、飴ちゃんの量を決めるね。昼休みの続きをしに来たんでしょ?」
昼休みの時も思ったが、田丸女子は洞察力というか推察力は人並み以上らしい。
見た目とは裏腹に。
「理解が早くて助かります」
「ウチのもらう報酬はこの飴ちゃんなの」
そう言って口から出ている白い棒を摘み、先端に小さくなったミルク色の飴が付いたそれを取りだした。
そして目を細めながら「えへへへ」と笑っている。
眼鏡属性はないが、小さな顔に掛けられた大きなレンズのそれは幼さを際立たせている。
年上だけど。
「分かりました。早速質問していいですか」
「いいよ! ウチの知ってる範囲でね!」
正念場だ。
しっかり脳内を整理して正しく問おう。
ここ数日の出来事で生まれた謎の為の大切な情報を、チュッパチャッ●スで買おうじゃないか。




