放送室のポニーテール
「失礼しまーす……」
翌日の昼休みに、俺は放送室を訪ねた。
もちろん昨日の白夜から引き出した情報をもとに、放送部に裏組織の一人がいると知ったからだ。
Eと呼ばれていたその三年生をどのように特定しようか考えていたが、それは無駄に終わった。
放送部員は各学年一人しかいないとの事だった。
まあこれも朝方黒川に訊いて知ったのだが。
「そこまでして辿り着きたいんだね……」
何故か切なそうに答える黒川の顔が浮かぶ。
何がそんなに嫌なのか見当もつかない。
それも、もう一度金髪Uに直接会って話せばわかるんだろうか。
まあ、会えたら真っ先にあの文句を言うと決めているんだけどね。
放送室に入ると、左奥の椅子にポニーテールに眼鏡の女性が机に向かって座っていた。
――ズズ! ズーー!!
どうやらカップめんを啜っているようだった。
イヤホンをして何かを聴きながらパソコンの画面を見つめ、キーボードを叩きつけている。
俺の来室に気付いていない。
「あのー……もしもーし……」
そう言いながら俺は辺りを見渡す。
機材や段ボール箱など、とにかく室内はごちゃごちゃしていた。
他の人間は見当たらない。どうやら今はこのポニーテール一人みたいだ。
先の俺の問いかけは全く耳に入っていない様で、食い入るように画面を見つめていた。
少し気になり後ろからこっそり画面を覗くと、映っていたのは大量の「#」や「@」といった記号だった。
それがマップのように配置され、「@」が彼女の方向キー入力に合わせ動いている。
――ローグ、ね。
非常に懐かしいゲームだ。
小さなころ親父のパソコンに入っていて、やったことがある。
簡単に言えば風来のシ●ンやト●ネコの大冒険の先祖のゲーム。
シンプルかつ奥深い思考型ゲームシステムに加え少しの運要素もあり俺はとても好きなゲームの一つだ。
興奮してきた俺はいてもたってもいられず、遂にカタカタとキーボードを叩くポニーテール女子の肩を叩いていた。
彼女はピクリと全身が上下し、ものすごい速さで振り向いた。
右手で右耳のイヤホンを外した彼女は眼鏡のブリッジを同じ右手の人差し指でクイとあげて、
「誰?」
と一言。
好きなゲームをプレイしていた興奮で思わず肩なんぞ叩いてしまったが、会話の仕方を考えていなかった。
「あ、えーと、春枝というものですが……」
怪訝そうな顔をするポニテ眼鏡女子。
まあいきなり知らん奴が居たらそうよね。
「あの、俺は決して怪しいものじゃ――」
「ちょっとまって!」
いきなりのポニテ女子のラウドボイスに「はい!」なんて返事しちまった。小心具合は健在で。
彼女は立ち上がり、ぶつぶつと「春枝」という単語を何度も呟きながら俺の全身を舐めまわすように見ている。
そんな時間が三十秒くらい経ち、「オーケー!」と再び大声で叫ぶポニテ。
「そういうことね。だいたいわかった! 初めまして、ウチは放送部三年の田丸英梨。英梨でいいわ。そしてEでもいいわ。基本的にはマーキュリーの窓口みたいな役割かしら。内部も外部も情報が入ってきて願ったり叶ったりな立ち位置なのよ。春枝君は多分あのアホレンからウチのことを聞いてきたのかしら。何にしても面白そうだし、話をしましょう!」
目が宝石でも入ってるかのような輝きになった彼女はノンストップでたくさんの情報を飛ばしてきた。
待って待って、うん待って。
順番にお願いします。
というか状況把握が早すぎないか。俺の体と名前から何をどうしたらそこまで読み取れるんだよ。心が読めるの?
「えと、田丸英梨さん?」
「英梨でいいってば!」
「いやその……じゃあ英梨さん」
「なにかしら」
立ち上がった田丸女子は百五十センチ位しか身長がない小さな身体に、それにそぐわぬ大きな胸をお持ちだった。ロリ巨乳?
「Eってのはやっぱり?」
そぐわぬそれもE…はあるな。
「そう! ウチ! ウチE! 春枝君はウチを探しにここまで来たんでしょ? そんなことでもないとこんな小汚い部屋に来客なんてないもの。えへへへ」
えへへへって……。笑い方が嘘くせえ。
まあ確かにごちゃついたこの放送室には用がない限り普通は近づこうとは思わないね。
埃っぽいし。
「ということは、英梨さんもその……裏組織の?」
「そう。マーキュリーの窓口やってます!」
マーキュリー、この冗談みたいなふざけたネーミングが組織名という事らしい。
「なんでマーキュリーって名前なんですか?」
話すうちに田丸女子はどんどん笑顔が激しさを増してゆく。
眼鏡属性はないけど、その笑顔は男を数人殺してそうだ。
「詳しいことはウチもわからないけど、命名は組織創設者だよ!」
「創設者って誰なんです?」
そう訊くと田丸女子は更に目を細めて「えへへへ!」と笑った。
「これ以上の情報は有料となります!」
なんだよそのお試し版からの正規購入へのイントロダクションみたいなの。
「有料って……お金取るんですか」
「えへへへ! お金っていうよりは報酬かな。情報にはそれ相応の報酬をもらってるのよん」
ポニーテールをゆさゆさ揺らしながら彼女は楽しそうに揺れていた。
ひょっとして。
「報酬さえ払えば、金髪の創設者の少女のことも教えてくれますか」
「きんぱつー? 創設者?……Cのことかな?」
C?って誰だ。初耳だぞ。
「Cは少女じゃないけど! えへへへ」
頭の中で洪水が起こった。
U=金髪=創設者、の組み立てた式が砂消しでバリバリに消されていく感覚に襲われた。
とにかく、正しい情報が欲しい。
「英梨さん、報酬ならいくらでも払います。なので質問していいですか」
必死な俺の表情を見て田丸女子は一瞬引いたが、すぐに笑顔に戻り、
「いいねえ! 気前がいい子は好きだよ! えへへへ!」
よし。
とにかく今は正しい情報だ。
報酬なんぞ後でいくらでも何とでもしてやる。
「それじゃあまず――」
ガチャリと音がし、俺は口が止まった。
振り向くと放送室の入口が開いて、誰かが入ってくるところだった。
それは黒髪長髪の女の子。
毛先が少しウェーブしていて、良く知った顔だった。
「あら、春枝君じゃない。何してるの、こんなところで」
黒川は教室の時と同じトーンで俺に話しかけながら、のしのしと入ってきた。
「えと」
ちらりと田丸女子を見る。
と、先程のゆさゆさポニテは、今度は全身が硬直していた。
明らかに顔色が悪くなり、冷や汗が出ているようにも見える。
何をそんなに怯えているのだろう。
そうこう思考している内に、黒川は入ってすぐのキャスター付きの椅子に座った。
「えと?」
「ああ……俺は、ちょっと英梨さんに話があって…」
「英梨さん……ほうほう、英梨さんね。下の名前で呼ぶなんて、お二人はずいぶん仲がいいのね」
黒川の尖った笑顔が俺に向けられる。
「いやいやいや、ついさっき知り合ったばかりで……ね? 田丸先輩?」
しかし返答はなく、みるとそこには小さい田丸女子がさらに小さくなった姿があった。
だから何をそんなに怯えてるのだろう。
「私はお邪魔だったかしら? 私も英梨さんに用があってきたんだけど」
「そうなのか。一旦はずそうか?」
「別に、どっちでもいいわよ。ただの業務連絡だし」
その割には斜め後ろにひどく怯えている人がいるんですが。
「英梨さん」
「ひゃい!」
涙目の田丸女子が裏返った声で返事する。
大事なツボを割ってしまってこれから叱られる子どもみたいだな、まるで。
「放送部の年間予算統制表と校外行事予定表の提出がまだなのですが、完成してますか」
「うう~。大体はできてますぅ……」
「大体ではなくて、完成したものを四月中に提出してくださいと何度も通知してるはずなのですけれども」
「うう~。ごめんなさい」
本当にそれは叱られる子どもの画だった。
しかし淡々と発言する黒川は冷徹さがあり、たしかにちょっと怖いな。
それで怯えてたのね。
黒川はハァと深めのため息をついた。
こういう風にされるとメンタルにくるよね。
「取り敢えず、できたところまででいいので見せてもらえますか」
「えーと、その、えーと……はい」
今の田丸女子の動揺っぷりだと多分大してできてないんだな、その予算なんだか表。
もはや半泣きの田丸女子は引いた椅子にちょこんと座り、パソコン画面に向かう。
そこにはまだ「ローグ」が開きっぱなしだった。
そりゃたしかに生徒会長としては、半月以上提出期限を過ぎたものがある部にもかかわらず、その部長が昼休みにゲームをやっているようじゃ溜め息も出るな。
「ちょっと! 英梨さん、これまだ半分も出来てないじゃないですか」
「ひー! ご勘弁を~」
なんだろう、こういうやり取りって当人同士は怒りとか呆れとか恐怖とかででコンチクショウなイベントなんだろうけど、傍から見てる分にはほっこりというか微笑ましいというか。いいね、若いって。
しばらく黒川の憤り色の声と田丸女子の悲愴ボイスのやり取りを聞いていた俺だったが、どうやら時間がかかりそうなので出直すことにした。
「それじゃあ俺はこれで」
強引に大声で割り込み、放送室を出ようとドアノブに手を伸ばした時、背後から黒川の声がした。
「春枝君、やっぱりまだいろいろ探ってるのよね」
詮索はナシ、と俺に釘を刺した黒川に「はいそうです」とは言えなかった。
俺は振り返らずに「まあ、どうかな」と濁す。
「英梨さんに会いに来てるってことはそういう事でしょう」
まあ、そりゃそうだよね、ほぼ一本筋だしね。わかっちゃうよね。
俺は伸ばした手を降ろし、ドアを向いたまま、
「なんで探っちゃダメなんだ?」
「ダメというか……。お勧めしたくないの」
「じゃあなんでお勧めできないんだ?」
この問いには短い沈黙が帰ってきた。
俺は振り返って黒川を見る。
黒川は右下の床に置いてある「予備」と書かれたダンボールに目線が向いていた。
そのまま重そうに口を開く。
「その答えに到達したら、悲しむ人がいると思うから」




