右人差し指のエースストライカー
ぶどうこんにゃくとは購買においてある自動販売機の人気商品だった。
紙パックの中に、ぶどう味の柔らかいゼリーが入っており、それをストローで吸うというものだ。
ひとつ百十円。三つで三百三十円。
……俺の依頼ってそんな安かったのね。
なけなしの小遣いで三本購入した後、再び下駄箱へ向かう。
ぶっきらぼうに靴を履き替え、グラウンドの方向へ走った。
ああ、あるねプール。
グラウンド周りの防風林の奥の方にひっそりとしたビニールシート。多分あれだね。
まさかサッカー野球のゴールデンツートップな部活動様が練習中のグラウンドを突っ切って行くわけにもいかず、遠回りをしてプールを目指した。
若輩者ならぬ弱輩者の俺は、プールに着くころにはバテていた。
もうバテバテだった。
両手に持ったぶどうこんにゃくも汗をかいている。夏はもうすぐだね。
さて、息も整ったところでプールを凝視。
中から女の声が響いている。水泳部かな。
……。
再び訪れた青春チャンスに、挙動不審に周りを確認し、恐る恐る近づいて曇ったビニールシートから必死に中を見ようとした。
「よう!ムッツリ君!!」
「ぅわ!」
後ろからの馬鹿でかい声に持っていたぶどうこんにゃくを二つ落としてしまった。
振り返ると、そこにはいかにもチャラそうなツンツン頭の男が立っていた。
「覗きはダメっしょ、ムッツリ君」
「dだだ断じて覗きとかはしてないですし!」
まだしてないし。未遂だし。
てか丁寧語になってるし。小心ポイント増加中。
「男なら競泳水着よりビキニだぜ、ムッツリ君よう」
「その……ムッツリ君ってのやめてもらえますかね」
俺がそう言うと、男はふふんと白い歯を見せて目を細めた。
その顔から目を逸らし、しゃがみながら落としたぶどうこんにゃくを拾う。
このチャラそうなイケメン男は恰好からしてどう見てもサッカー部だろう。
確か同じ学年だな。
この手のコミュ力お化けじみた分類の人間はどうにも苦手だ。
勢いとノリで、何でも解決しようとする。できるだけ関わらないのが吉だ。
と、俺のコミュ障レーダーが告げている。さ、逃げますよ。
「えと、すんませんそれじゃ、俺は用があるのでこれで……」
「待って待って。ぶどこんもってるってことは、自分、春枝っしょ?」
「ぶどこん……」
手に持っているぶどうこんにゃくに目を落とす。
こいつはなんで俺の名前を知っている?
「俺、ビャクヤっつうもんだけど。白に夜で白夜ね。サッカー部のエースって感じ?」
「はあ。……ども」
嫌な予感がしつつ、このチャラ男に問うた。
「何か御用で?」
「御用も御用だよ、ムッツリ君」
「それやめてくれ」
「じゃあムツゴロウ君」
そんなに動物愛でたことはない。が突っ込む気にもなれず、
「何の御用で?」
「そりゃあれよ、報酬の受取り。春枝って男からぶどこん三つを貰ってこいって、ユーからお願いされてるんだ」
ユー? U? ってのは誰だ? 金髪のことか?
ということはアレだ、このチャラ男は金髪の所属する裏組織のメンバーってことか。
またしても金髪とは直接会えないという事かよ。
言いたい文句がたくさんあるというのに。
汗のかいたぶどうこんにゃくを地面に落としてしまったので、表面には葉っぱや砂が付いていた。
それを払い落としながら、俺は白夜に訊いた。
「Uってのは金髪の子のことか?」
「金髪?」
しかし白夜はどういうわけか驚愕したような表情を浮かべ、身振り手振り分かりやすく狼狽を始めた。
「えーと、ムツゴロウ君、その、金髪……じゃなくて、U……じゃなくて、何でもないんだ!」
「……なんだそれ」
「何でもねえっつってんだろ!!」
うわっ、突然大きな声出さないで。ちょっと漏るかと思った。
しかしすぐに白夜は本来の任務を思い出したのか、笑顔に戻って、
「そう、ムッちゃん、ぶどこんもらってくぜ!」
そう言って強引めに俺の手からブツ三つをぶんどり、「じゃあな!」と人差し指と中指を自分のおでこに向けた白夜だった。
「ちょっと待ってくれ、訊いていいか?」
「なんだよ、おれっち部活中なんだけど。そろそろパイセンにどやされるっつーか」
「それはやっぱりそのUって奴に渡すんだよな?」
「えーと、まあそんなとこみたいな?」
「白夜は何て呼ばれてるんだ? その、裏組織では」
この問いで白夜の顔は少し変わった。具体的に言えば笑顔が消えた。
「あちゃー、けっこ知ってるのねムツゴロウ君。まあコード位ならいっか。」
ぶどうこんにゃくをポケットにしまいながら白夜は続けた。
「俺はR1って呼ばれてるよ。それと、金髪ってのは創設したあの人ことを言ってるんだろうけど、俺もあんまり直接会わないんだ」
ほう、金髪Uは組織創設者なのか。
「今回も違うやつから電話で指示されただけだし。でもムツゴロウ君は直接あの人と会った事あるような言い方だね」
「まあ、ちょっとした依頼をしたよ」
「へえ。あの人が直接依頼人に会うのは珍しいよ。基本は顔の広いイーが窓口なんだけど」
ほう、イーね。Eかな。
それにしてもこいつどんどん喋るな。ありがたいんだけどね。
「そのEって人は? 本名とかクラスを教えてくれると嬉しいんだけど」
「いやいやいや、その手には乗らないよムッちゃん」
白夜は顔の前で左手をひらひらさせながら、笑顔が戻った。
「さすがのエースストライカーなおれっちでも、先輩の情報は売れないぜ」
ほう、先輩なのね……ってことは三年生か。
「じゃあ、せめてヒントだけでもくれないか? 頼むよ、同期のよしみで」
チャラ男とは、「親友」「友達」「仲間」にような単語に弱いものだ。まあ偏見だけど。
今回の場合俺と白夜は同学年という意味で「同期」という言葉しか当てはまらず、やむを得ず使用した。
すると一瞬苦悩の表情をみせつつ「同期のよしみならしゃあねえな」と白夜は口を開いた。チャラ男ってよりチョロ男って感じだな。
「Eは放送部員だぜ!」
そう言ってすぐ、ぶどうこんにゃくでパンパンのポケットをゆさゆさ揺らしながら今度こそR1はグラウンドに消えて行った。
アルファベット1文字だけじゃないのね……数字との組み合わせのパターンもあるということか。
とにかくこれにて報酬の引き渡しは終了、と……。
結局、金髪には会えず仕舞いだったが収穫はあった。
それらを元に、金髪ことUの元へたどり着いてみせる。
そう思いながら再びプールを覗こうと必死に中を覗く。
ビニールシートがしっかりと曇っていて、よく見えない。
活気のある女の子の声だけが良く聞こえてくる。
払った際に手に付着した葉っぱや砂に目を落とす。
R1ねえ……。右人差し指で押せそうだな。




