ストリキニーネ
大抵の人間があまり好きではないとされるこの月曜日に、ひとり目を爛々とさせる男が居た。
まあ俺なんだけど。
二年六組の教室はちょうど正面玄関の真上辺りに位置し、校舎に入る生徒を一望できる。
ひとりひとり丁寧に生徒の顔を見ていく。
いつもより一時間以上早く登校したのはこの為だ。
この作業は正門の閉まる八時三十分まで続けた。
しかしお目当ての生徒は発見できなかった。
「春枝君、そろそろ先生来るから席に座ったら?」
「おう、おはよう生徒会長」
窓を離れ椅子に座ると同時に担任教師が入ってきた。
だらりとした沈黙の中始まるHR。
真剣に担任の言葉を聞く黒川に、小声で話しかける。
「なあ、金髪のあの子は普段学校にはいないのか?」
一瞬こちらを見て人差し指を口元にあて、すぐに正面に向き直る黒川。
もちろん返答はない。
そりゃそうか、生徒会長がHR中に私語する訳にはいかないもんね。
黙ってHRが終わるのを待とうと思って窓の外を見て少し驚いた。
金髪の人間が正門から入ってくるのが見えたからだ。
しかしよく見るとどう見ても男、しかもそれなりな年齢の男だった。
「なあなあ、この学校に金髪の教師なんかいたっけ?」
再び小声私語の俺に対して、黒川の形相は鬼と化した。超怖え。
背筋までピンと張りつめたところで予鈴が鳴り、HRが終わる。
恐る恐る右を向くと黒川は呆れた表情でふぅ、と息を吐いた所だった。
「あのね春枝君。私一応生徒会長で、教師の前でくらいは真面目にしてなきゃならないの」
「まるでいつもは不真面目みたいな言い方だな」
「そりゃ常に真面目なんて無理よ、にんげんだもの」
常に見ているわけではないが、確かにしばしば不真面目っぽさは見受けられるんだよな。
授業中に漫画読んでたのを見た時は流石に驚いたけど。
「ところで黒川みつをさん、さっきの質問の答えは」
「ああ、クリス先生のことかしら。確か三年生の英語の先生ね」
「それじゃあ、金髪のあの子はそのクリス氏のお子さんとか?」
「クリス先生は確か独身なはずだよ」
んー、髪の色は似てるかななんて思ったのだが。
「それで、一番最初の質問には答えてくれるのかな」
「何回も言わせないで。詮索はナシ。それらの件には、私からはこれ以上は教えないわよ」
けっ、やっぱり真面目ちゃんじゃねえか。
「さよけ。まあしかし、こうやって黒川と話すことで俺の中の平穏が保たれる気がするよ。いつもありがとうな、黒川」
「うわ、なんか気持ち悪いわね、やけに素直っぽくて。体調悪いの?」
たまに感謝を述べるとこれだ。
黒川の中での俺は一体どんな変人なんだよ。
「とにかく、依頼については全く解決してないぞ。あんだけ大見得きっといて」
「別に大見得なんて切ってないわよ。私は力になれるかもしれないっていっただけだよ」
「しかしなあ、言われたとおりにしたら謎がどんどん増えたんだけど。もちろん当初の疑問もそのままだし」
「それならよかった」
「よかった?」
「ううん、こっちの話!」
珍しく黒川が慌てたように手を振る。
なんのこっちゃわからんどういうことだ。
「どんな感じだったの? ……その、土曜日のあの後は」
「ああ、あのあとね……」
俺はそれとなく土曜の夜の出来事を話した。
金髪は来なかったこと。
デートをすることになったこと。
デートとは呼べないものだったこと。
最終的に微妙な別れ方をしたこと。
しかし、俺の昔話に関しては割愛した。
聞き終わるなり、黒川は笑い始めた。
声の出ない爆笑といった感じだった。
「人の不幸が美味しいかね、会長さん」
まだ笑ってやがる。涙まで出してやがる。
俺は振られたような気分でショックで不眠気味だったというのに。
「元気だしなよ春枝少年。人生は長いよ」
涙を袖で拭いながら黒川は声を絞り出した。
本当にね、元気だしなよ俺。
「元気も小出しに低燃費、が主流なんだよ、今の時代。それで、この依頼ってどうなるの? 結局その……恋について俺はさっぱりわかってないから解決してないと思うんだけど」
「それについては時間の問題って感じだと思うよ。」
「はあ?……はあ」
「遅効性ってこと。ストリキニーネみたいなものよ。じんわりとわかるはず……」
切なそうな顔の黒川がそう言った。
恋について知る、ってのは一旦置いといて。
何にせよ、疑問を疑問のまま残しておくことは絶対に嫌なので、是が非でも金髪の正体や、裏組織? なるものを知らねばならない。
ついでにボーリングデートをしたAさんも正体を知れたら万々歳だ。
黒川が教えてくれないなら自分で調べるしかないと、小さく決意をした。
「その、ストリキニーネって何?」
「自分で調べなさい」




