恥ずかしい質問
「なあ生徒会長、恋って何なんだろう」
クリームパンの包装紙を開けると同時に隣の席の黒川恵に話しかけていた。無意識に。
小さなプラスチックの箸で卵焼きをつまんだまま大きな瞳をさらに大きく見開いて、黒川はゆっくりとこちらを向いた。
名前の通りの黒く、川のように流れる長髪の毛先だけくるりとウェーブをかけている。
「春枝君、思春期?」
可憐さを失わずににやけた黒川はそのままぱくりと卵焼きを小さな口に運んだ。
「えーと」
割と恥ずかしい事を訊いてしまった。
でもここで引き下がったらもっと恥ずかしいやつになりそうで、意地を張りつづけることにした。
「するとか落ちるとか盲目とか、定まってもいないし個人差もあるし、何より経験しているかどうか自分で確認する術もないと思うんだよね。それに英語だと愛も恋もLoveに変換されて区別されてもいないし」
自分で言っていてどんどん恥ずかしくなってきているが、それを誤魔化すかのようにいつも以上に雄弁になってしまう。
途中までニヤニヤ聞いていた黒川が、何故か不意に笑顔を消した。
「ねえ春枝君は、恋をしてみたいの? それとも既にしているかもしれないからそんなことを聞くの?」
なぜこの場面でこんな真剣な表情なんだ?
まあ、君はある程度真面目な性格ではあるけども。
「正直それもよくわからない。生徒会長は恋をしたことはあるの? ……でしょうか?」
「どうして丁寧語なの」
「どうしてって、ちょっと動揺してかな」
「どうして動揺してるの」
それは、見たことのないあなたの引き攣った笑顔を見たからですよ、なんてことは言えなかった。僕小心者ですし。
「まあ、少なからず女性にとってはナイーブでナーバスな問い掛けではあったから……」
そう、仮にも黒川は女の子だ。特に難しい時期の、何かがあってもおかしくはない時期の。
やっぱりこの問いかけ自体は引き下げて思春期認定されたほうが良かったのかもしれない。
黒川は少し俯いてから正面に向き直り、手際よく弁当箱を小さくたたみ、カバンに入れた。
ふんわり滑らかな黒髪が表情を隠している。
やっぱり癇に障ったかな、それとも嫌なことを思い出させたかな、なんてクリームパンを握る手に少し力が入った。
さあ謝ろう。謝れ小心者。
「あの黒川さ――」
「春枝君はさ」
遮った黒川の声音は何故かおびえているように感じた。
眼だけゆっくりとこちらを見ながら続ける。
「どうしても、知りたい?」
そういった生徒会長はいつもの笑顔だった。なんだそれ。
「えーと……知ってみたいってのは、何を?」
「恋」
恋? ああ、最初の問いのことか。
自分が微妙な苦笑を浮かべていることに気づき首を軽く振った。
「そうだね、もし可能なら知ってみたいとは思うよ」
「そっか」
そういうと再び黒川は俯いた。
と、思った瞬間に勢いよくこちらに身体を向け、続けた。
「そうしたら、もしかしたら春枝君の力になれるかもしれない」