第7話 執着
前回の話で主人公が何者なのかわかっていた人もいるでしょうが、今回でようやく言葉として出てきます。これが何を意味するかというと、表記がだいぶ楽になるということです。
アーノルドは現在、人数の割には広い会議室で大臣や父、その他の政府の役人と共にZ58惑星の者達から今回の被害状況の説明を受けていた。Z58惑星の中心施設は研究施設との複合である。そのためほとんどはこの惑星を攻略するための施設や研究室で占められており、会議室はこの大きい場所以外となるとこの人数すら収容できないような部屋やモニターすら無いような部屋しかないのだ。
そんな広い会議室の巨大モニターに映し出されているのは今回の被害者の名前だ。全員が戦いの中で散っていった者達だが共通しているのはそこだけではなかった。
「クローン人間…」
アーノルドの小さなつぶやきを取り合う者はいなかった。それほどこの技術は特別なものではなかったということだ。RANDと他の人間の遺伝子を持つ…それこそ髪の1本でも切った爪あとでも良い、とにかくそれらを使うことで1人の人間を作ることが可能というのはだいぶ早い段階から実用化されていた。人間が宇宙に進出できるようになって人口問題は深刻なものであった。それは人間が増えすぎたからではなく、宇宙を開発するのに人手が足りないというものだ。いくらRANDで技術が発展しようが行ける星が増えようがそこで働く人間が圧倒的に足りないのだ。機械でどれだけ代替えしようにもやはり人間でないと難しいことは多い。そんな状況の下で生まれたのがクローン人間の技術というわけだ。
そしてアーノルドにとってもこの技術は特別なものではなかった。というのも彼自身、自分のクローンがどこかにいることは知っていたのだ。幼い頃に髪の毛を1本提供したことを。これは何もアーノルドが特別だったわけではない。ある種の献血のような感覚であったし、これにより生まれたクローン人間がこれからの社会の礎になると考えた父だからこそ自分の子のクローンを生み出すことをよしとしたのだろう。
アーノルドとしてはこの技術について驚くことはなかったし、そもそもほとんど忘れかけていた。ただ事前に大臣に言われていたことから自分の頭にある聞いたことのある技術について考えを巡らせ、何よりも自分のことを間違えたガジェット装着者の発言から確信に変わった。これほどクローン人間が存在する惑星ならば自分のクローンがいてもおかしくないのだろう。
しかし奇妙な気分であった。この惑星に自分と同じような顔を持つ人間が他にいるというのは。その幼少時に自分のクローン人間の存在をほのめかされた時は緊張もしたが、別に顔を会わせるわけでもなかったし当時はどこにいるかもわからなかったので次第に意識しなくなりほとんど忘却の彼方へ飛んでいった。
だが今は会おうと思えば会える距離だ。しかも自分を助けてくれたあのガジェット装着者と知り合いであることは間違いない。救助してくれた時のお礼が言いたいなどと話せば探すこともできるだろう。そんな近くに自分と血を分けた他人がいるというのは好奇心と不気味さを混ぜたような気持ちになった。
「以上が今回の被害者たちであります。民間人にほとんど被害がなかったのは不幸中の幸いでしょうか」
「バロックくん、その被害は我々が知っておくべき情報か?」
「大臣、慌てないでくださいな。私にも順序を立てて話すことくらいはできますわい。今回のこの話はとっかかりでしかないのです」
そう話すと研究部門責任者バロックは手に持つパネルを操作して映像を切り替える。そこには例の翼を持ったゼオの姿が映し出された。
「さて今回、我々を混乱に陥れた最大の原因です」
「ゼオは地上でただ突進するだけしか能のない存在だと思っていたが?」
「我々もそのように考えていました。しかし実際に出てきたのです。しかも我々にこれまで感知されずに…」
「おかげで死にかけた」
ニヤニヤと呟く若い役人の言葉に周りの数人も少し不満そうに言葉を漏らす。当然と言えば当然なのだが、彼らの半分が穴の開いていない方の宇宙船に乗っていたことをアーノルドは知っていた。
バロックは若者に文句を言われたのが気に食わなかった様子で暗い一瞥を放つと話に戻った。
「感知されずに潜んでいたのです。これには衝撃を受けました。この星を開拓し始めてかなりの年月が経っていますし、我々は日夜これでもかというほど手を抜かずにゼオの排除には力を入れています。にもかかわらず発見されなかったということは何か理由があるはずです。そして死骸を調査した結果、驚くことが判明したのです」
バロックが声高に話しながらパネルを操作するとゼオの周りに様々な数値や成分表が示された。おそらくこのゼオについて何かを表すことなのだがまったくわからない。
「これに気づくことは我々の研究者たちにはそこまで難しいことではありませんでした。いや本来ならもっと困難なものであってほしかったですが…」
「前置きはいらんよ。我々は研究じゃないのだから早々に説明してほしいのだが」
「わかりました。ではこちらの翼に注目を」
映像は少し拡大されて翼全体に色が付けられる。ここだけ見てもアーノルドはピンとこなかった。しかしバロックの次の言葉に地球からの来訪者たちの空気は大きく変わるのであった。
「これは間違いなく合成、弄った跡があるのです。しかし体自体は普通のゼオと同じ…つまり突然変異などではなく作為的なものなのです」
この言葉に会議に参加していた者達は静まり返る。それが何を意味するものなのかわからないほど政府の人間は間抜けではない。
「…つまりゼオを使って実験でもしている輩がいるということか?」
「これほどの改造を施すならそれなりの施設は必要です。それにあの尋常でない数を考えるとここの施設をフル稼働しなければ不可能でしょう」
「ならばあの猛獣どもがやったということか!」
声を荒げる軍事大臣は鼻の穴を膨らませてバロックを睨みつける。これは衝撃的な発見かもしれなかった。人類が宇宙に出て長い年月、どれほど他の知的生命体の存在に期待してその望みに裏切られてきただろうか。そしてその想いは地球以外への否定的な感情に移り変わっていた。そんな者達にゼオが自分たちの技術を模倣するくらいの知能がある可能性を示唆するということは…。
「さすがにあれらに改造できるほどの頭はないと私は思うのです。ただこれはあくまで想像にすぎませんが…」
「話してみろ」
「ゼオを指揮する何者かがいると思われるのです。じつは先日、ゼオが撤退するという報告がありました。彼らは本能のままツッコむだけですし、最近のゼオの死体数十体調べても彼らの脳に変化はありませんでした。なのにそんな行動を取ったのは別の存在が考えられるのです」
バロックの話に気味の悪さを感じなかった者がいただろうか。それほどこの発見というのは重要なものであったと言わざるを得ない。人類の希望が失望へと切り替わり、さらに地球に種族としての誇りどころか星としての誇りを抱かせた時代ではこの事実はあまりにも残酷で得体の知れないものだろう。
アーノルドも例外ではなかった。心にのしかかる泥のような不安は背筋に凍るような悪寒を抱かせる。ましてや彼の場合は直接対峙してその恐怖を目の当たりにしたのだ。あの存在が自分たちに並ぶ知能を持つ可能性、またはその恐怖を操る知的生命体がいるかもしれないのだ。
ただアーノルドが他の者達と違ったのは一種のズレを感じたことだ。間違いなくハマると思うパズルのピースなのに、どこかが食い違っているような気持ちなのだ。だが何に?なぜただの不安と恐怖で終わらない?アーノルドが自分の抱くズレについて解答を得るのはまだ先のことなのだろうか。
友のためにどこまでやろうと思えるのはロックの美点でもあった。そんな彼が今考えるのはルオンのオリジナルと思われる役人とどうやって会うかであった。ロックの寿命がどのくらい残されているのかがわからない以上、早々に会いたいのだが彼がどこにいるのかがわからなかった。
幸いだったのはガレキやゼオの死体処理が予想以上に順調だったため、再びガジェットを装着して作業に戻らなくても良かった。おかげで考える時間はたっぷりとあり、装着場の近くで立ちながら紙コップに注がれたコーヒーを飲んでいた。作業を終えたガジェット装着者達に配られていたものをロックも貰ったのだ。こういう時に休憩のために飲み物を振舞ってくれる人がいるのはありがたい。
さて誰に訊けばあの役人について知ることが出来るだろうか。自分とつながりが深く、可能性があるとすれば部隊長であるマークであった。ガジェットの小隊をひとつ預かる、しかもそれが探索部隊とくれば上司との関わりも多い。とはいえ、現在彼は義足が破壊されて病院に担ぎ込まれている。
そうなると他に考えられる人は…。
「マーク部隊のお前がこんなところで油を売っているのは珍しいじゃないか」
顔を上げると胡散臭そうな表情の小男が目に入る。がっしりとした肉付きに不相応な低身長はロックにも見覚えのある体型であった。
「なんだ、バラーラか」
「そういう言い方は人に対してイヤな気持ちをさせるものだぜ?」
「キミだってそんなことはざらじゃないか」
「俺はそうなっても気にしないから言えるのさ」
見下すような感じの悪い笑みを浮かべながらバラーラは答える。彼はロジエール部隊のひとりで、ロックに今回地球からやってくる政府の人間について情報をくれた人間であった。
「ルオンが危篤で心配だからって仕事をさぼる理由にはならないぜ」
「さっき装着場に行ったら人では足りているから休んでいていいって言われたんだよ。それよりもその話をもう知っているのか」
「おいおい、俺を誰だと思っている。あらゆる情報を覗き知ることが趣味なバラーラさんだぜ」
「キミが探索の部隊に配属されたことに納得だよ。ロジエールさんは扱いに困っているだろうけどね」
「へっへっへ、そうかもしれないね」
相変わらず食えない男だとロックは思った。どこかひねくれた性格のおかげでロジエール部隊が癖のあるメンバーと言われることに一役買っているような男であった。
バラーラは同世代に生まれたクローン人間ではあったが米国方面の施設にいたロック達と違い、彼はアフリカ大陸にある施設にいたため少年時代を共にしたわけではない。初めて会ったのはZ58惑星に来たときであって、その時も隊長同士しか面識はなかった。しかしそれでも同じ世代というだけで話は弾むもので、ロックにとっては結果的にロジエール部隊で特に付き合いのある相手となった。
「そういえばさっきの戦いで誰か死んだみたいだね」
「ああ、ロゼットだな。まだウチの部隊に入って1年経つかどうかの新入りだったのに残念だったよ。うん残念だ」
言葉とは裏腹にあまり嘆きも悲しみも感じない言い方でバラーラは話を切り上げようとする。胡散臭さ、不真面目さに定評のあるような男が自分を追い詰めないようにするひとつの方法であることをロックは知っている。
そんな彼にこれ以上の追及は残酷だと思い、ロックは早々に話題を変えようとする。そして思いついた。この男なら例の役人について何か知っているのではないかと。
「なあ、バラーラ。今回来た役人たちについて何か知らないか?」
「知らないかだぁ。なんでそんなことを気にするんだ?」
「じつは救助中にルオンのオリジナルと思える人に出会えたんだよ。僕はぜひルオンに会わせたいんだ」
「なんとまぁ驚くべきことだ。ルオンのオリジナルが政府の役人とは…その割には呼吸器官が弱かったりとボロボロだな」
「そんなことを聞きたいんじゃない。なにか知らないか?キミは彼らがこっちに来る前にその詳細を知っていたじゃないか」
期待するように早口気味に訊くロックだが、バラーラはやれやれといった様子で首を振る。この反応だけで自分の期待通りにいかないことが予想された。
「俺が今回それを知れたのは偶然ロジエール隊長が話していたことを聞けただけだ。名前も大臣や中枢で働くお偉いさんの2人しか知らないし、それ以上は何も分からねえの」
「いつものキミならもっと根掘り葉掘り知ろうとするじゃないか」
「興味が湧かないし、どうせ来たらわかることだもの。そのために労力を割こうなんてバカみたいじゃん」
予想こそしていたもののこの言葉だけで期待がどんどんしぼんでいくのがロック自身もわかった。頭では仕方のないことだとわかっても友のために出来ることのとっかかりを見つけられないのはため息をつきたくなった。
ロックの落胆を察したバラーラは気を使って…ではなく興味のみで質問する。
「ちなみにどんな奴?」
「パッと見れば間違いなくルオンのオリジナルだとわかるくらいそっくりな人だ。年齢は僕らよりも10個近く位上じゃないかな。1番船の方に乗っていた人なんだけど」
「わからないなぁ。お前はどういう状況で会ったんだよ」
「どういう状況って…そういえば家族連れだったな。あまり似ていなかったけど」
「それってバンドル一家じゃないか?」
具体的な名前が出てきただけで衰退していたロックの心に再び期待の炎が燃え上がる。
「知っているのか!?」
「又聞きだけどな。地球でも有数の大富豪だよ。他の星への開拓の資金援助もやっているんだってさ」
「どこからそんなことを…」
「整備士のパルから聞いたんだよ。あいつ、ここに派遣されたメンバーでは珍しくヨーロッパ方面の学校だからさ、彼女からちょくちょく話を聞くのよ」
「だからってそれだけの情報でよく特定できるね」
「政府中枢で働く役人の名前を挙げたら割とあっさりだ。それくらい有名ならしいぜ。リッブ・バンドルとワイズオル・ルイスの関係性っていうのは」
ワイズオル・ルイスならロックも知っていた。世界政府の最高責任者であるマクス・ノートンの側近として知られている男だ。テレビでの露出も少なくないため、Z58惑星でも見られる数少ない放送チャンネルでその顔を見たことがある。
とはいえ、さすがにそれほどVIPの相手と下役人を同じ部屋にしているとは考えられない。家族にしてもあまり似ていなかったし、あれほど若い役人が仕事に家族を連れていけるほどの権力があるかも疑問であった。
そうなるとバンドル一家が彼と知り合いであることが考えられるが、接点がわからなかった。
「バンドル一家って他に知り合いいない?」
「そこまでわかるかよ」
「あり得るのはワイズオルの息子じゃないか?」
いきなり話に割り込んできたのはギャリーであった。どこにいたのか今の話を全部聞いていたようだ。
いきなり入り込んできたギャリーにバラーラは鼻を鳴らす。
「盗み聞きは感心しないぜ、ギャリー」
「お前にだけは言われたくないな。その情報だって元をたどれば」
「頼むから喧嘩はやめてくれよ」
「お前のそういうわかったような言い方は嫌いだ」
ギャリーは目を細めてロックを見る。別段仲が悪いわけでもないのだが、やはり本質的に合わない部分が互いにはあった。それはロックもよく理解していたため反論しようとは思わなかった。
しかしギャリーの意見はロックにとって腑に落ちるものであった。彼がワイズオルの息子ならばバンドル一家と交流のためにあの場にいたことも説明がつく。もしかしたら一家が彼に助けを求めていたのかもしれない。そのように考えられるほど不自然ではなくなった。ただ彼はワイズオルとは似ているとは思えなかったので、血縁者や親しい関係者くらいなのかもしれない。
ロックが考えている間、バラーラはギャリーに皮肉っぽい口調で話す。
「まさか戦闘大好きのギャリーさんが役人に興味あるとは思わなかったよ」
「俺はロックと同じくルオンに何かしてやりたいだけだ。それをはやし立てるような言い方はやめてくれ」
「だって俺にとってはこれが楽しいのさ」
悪気なく答えるバラーラにギャリーは鼻を鳴らすだけで終わる。ギャリーの中でバラーラは「こういうイヤな奴」という認識であり、かなり割り切った関係性であった。
そんなときにサイレンが鳴る。危険を知らせるための不快な音であった。そしてそれぞれの通信機にメッセージが入った。
『ゼオ発生。場所は南63番付近の壁と西11番の壁付近。装着場が近い者は直ちにガジェットを装着せよ』
このメッセージだけでロック達の取る行動は決まっていた。南側の装着場付近にいた彼らはすぐにそこへ入り、自分のサイズに合うガジェットの場所に案内される。足を固定し背中から腕、脚、肩と全身に科学の結晶ともいえる機械の鎧が装着されていった。
まずは仕事だ。もし再び空を飛ぶゼオが出ることも考えると油断ならないのだ。自分はこの惑星で戦う人間なのだから油断するわけにはいかないのだ。そう決心するも心のどこかにルオンと政府の下役人の顔がちらつくロックの顔に仕上げのガジェットの頭部アーマーがつけられていくのであった。
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