第4話 感傷
主人公2人の出会いが近くなってきました。同時に騒ぎになる下準備もばっちりです。
普段からガジェットに身を包んで猛スピードで空を飛んでいるが、それでも今の光景はロックにとって新鮮であった。生活圏を取り囲む巨大な壁の上から眺めるZ58惑星の大自然は普段と違って高速で流れるわけでもなくさらに生活圏に近いゆえの人の手が加えられた跡が見られた。いつもと違った雰囲気だけで心がどこか踊るものだ。
現在ロックはガジェットに身をまといつつ壁の上に立っていた。横には同じようにガジェットに身を包むアシュリーがいる。2人とも顔のバイザーを開いて少し冷たい空気を胸に一杯入れていた。こんな珍しい光景をわざわざモニター越しに見るのがもったいないのだろう。
今回の任務は地球から来る政府の役人のボディーガード。と言っても宇宙から直接この生活圏の着陸場に向かってくるので、上空から現れる宇宙船を守ればいいだけだ。本来なら探索が中心のロック達が所属するマーク部隊が駆り出されることはないのだが、今回はいつもと比べて警戒レベルは高かった。
理由は2点。1つ目は数週間前に起こった輸送部隊が襲撃された事件。大量のゼオが輸送船やその護衛に群がり救助隊のほとんどもケガを負って戻ってきたというものだ。現場が混乱しており事実は不明、さらに飛べるはずの輸送船が襲われたということでさらに疑問を生んでいた。もっとも輸送船の損傷は大きくなかったため離陸直後に襲われたと見るべきだろうが。事故の瞬間をはっきりと見たであろう護衛のガジェット部隊のほとんどが死亡か意識不明の状況なのが悔やまれる。いずれにせよ今回も空から船がやってくるようなものなのでゼオの大群が現れないかを警戒しているのだ。
もう1つは2日前にロック達が気づいた撤退するゼオの存在である。ロック達は帰還した後マークや他の隊長たちに報告したのだが、揃いも揃って目を点に驚いていた。ゼオの生態を研究しているチームからすればそれに加えて奇声まで上げる者までいたくらいだ。無理もないだろう。もしゼオに知能がついていればこの星の支配権が揺らぐ可能性まであるのだ。それくらいゼオという生物は肉体的に強力な生物であった。
「また難しい顔をしているのね」
ロックの顔を見ながらアシュリーはあっけらかんと答える。
「キミはあの場にいなかったからそう思えるんだよ」
「怖いってこと?」
「それもあるんだけど先が見えない方が不安かな。だってこれからゼオ相手にどうなるかわからないじゃないか」
「まぁ私たちの人生決まっていたようなものだからそう思うのはわかるけど。でも心配したって意味がないわ。それに今回はもしものためにあれだって出し惜しみなく使うんでしょ」
アシュリーが指さす先にはスーツというよりももはや一種のロボットのように見えるガジェットがあった。「5型タートル」に追加装甲と重火器をさらにつけたものだ。おかげで機動力は大幅に落ちたが余りある射程と火力は防衛にうってつけであった。ロックとしてはタートル本体よりもあれを操作できる者の顔を拝みたいくらいだ。
「ウチからのタートル装着者はクレアさんだけだよね?」
「そうだよ。3ブロック先のところに配備されているって」
「なんか今回、ごちゃごちゃよね。部隊ごとに分けてくれればいいのに」
「やっぱりこの前の輸送部隊の襲撃で少し人員が削られたからなぁ。あらゆる方向に人手がいると考えてこうなったんだろうさ」
「でも今回は人が多すぎよ。そんなにすごい人が来るってこと?」
アシュリーは興味深そうに目をキラキラさせながらロックに問う。このさっぱりしたミーハーぶりはどんな時でも変わらないようだ。
「政府の役人ってしか知らないな」
「役人なら定期的に来るじゃない。私が訊きたいのはその中でもすごい人なのかってこと。ロックなら隊長あたりから聞いていない?」
「僕もそこまで詳しくは知らないよ」
ロックの言葉に偽りはなかった。たしかに今回の来訪者について彼は詳しく知らなかったが、噂なら耳に挟んでいた。なんでも大臣のひとりと政府中枢で働くお偉いさん、他にも数人の役人が来る上に治療目的の大富豪まで来ると聞いた。ここまで話を知っているのは偶然ロジエール部隊の友人から聞いたからだ。ロジエール率いる部隊はロック達と同じく探索を中心としたガジェット部隊。ロック達と比べると一癖も二癖もあると言われており、隊長のマークとロジエールが同世代の顔なじみのためか比べられることが多かった。実際、リュータのように闘争心を見せる者もいるが実際のところはたまに皆で食事をとるくらいには関係は良好であった。その中でもロックと顔なじみの男バラーラは情報に目ざとくどこからともなく珍し気な情報をかっさらうのだ。ただし信用度は半々といったところ。そんな男から得た情報だから信用には足るのかも判断し難いし、正式に出回っていない情報を出すのは気が引けた。何よりもアシュリーに話した通り詳しくは知らないのだ。大臣も誰が来るかは知らないし、役人や富豪の名前も知らない。そんな状態でいたずらにおしゃべりな親友に話すのはロックでなくても気が引けるのではないだろうか。
「ロックで知らないなら、ウチの部隊だとあとは隊長くらいかしら」
「さすがに作戦中に興味本位な連絡は…」
「しないわよ、リュータじゃあるまいし。だいたいこんなに気持ちいい空気の中で何が楽しくて電子音を鳴らさなきゃいけないのよ」
アシュリーはふっと息を吐きつつ手を広げる。含みあるような声色だったがロックには見当もつかなかった。その後2人はしばらく無言で目の前に広がる自然を見ていたが、ふとアシュリーが口を開く。
「地球に戻りたいとかって思う?」
「なんだい、藪から棒に」
「こういう景色とか見るとそんな気持ち湧いてこない?」
彼女のこの言葉でロックは先ほどの言葉を理解した。アシュリーは地球を思い出していたのだ。
アシュリーの想いを知った途端、ロックも地球にいたころの記憶がありありと流れだした。山に囲まれ大きな湖が見えた自分たちの学校。みんなと一緒に勉強して、笑っていた穏やかな日々であった。運動場で思いっきり走ったり、外出許可を得て海に出るのは気持ちがよかったし、たまに来る訪問販売で物を買ったり、逆にバザーで作品を売るのも魅力的だ。
だがこれも全て過去のこと。今の自分たちがいるのはZ58惑星なのだ。地球の頃とは違い命と隣り合わせな場所ではあるが、食事や娯楽は地球にいた頃より自由で生活は快適、景色も悪くない。何よりも共に笑い合える仲間がいる。
「あんまり…僕は思わないな。戻ったところでみんながいない」
「たしかに私もひとりの地球はイヤだけどさ。できることならあの本物の景色をもう1度目に焼き付けたいのよ。それこそ今なら見方も違うかもしれないし」
「本物ねぇ。僕らが本物どうこう言うのは変な感じがするよ。それにここは地球の景色にも劣っていない」
「わかる。わかっているのよ、そんなことは。でもときどき思うの。もしあの土地でまたみんなと一緒にいられたらって。もっと命の危険が無いような場所でね」
唇をかむ彼女の表情は涙をこらえているように見えた。ロックもその気持ちがわからないわけでもない。こういった空気で昔を思い出すことは彼も何度もある。それはほとんど楽しさと懐かしさに溢れていたがときどきノスタルジーな感情が心に入り込み涙が出そうになるのだ。地球の学校にいたころは思いもしなかったこの現状に。いや知っていたし、それが抗いようもない事実だということは理解していたのだ。その中で子供ながらに嫌がったり不満を漏らすこともしょっちゅうだった。だがそれでも受け入れて、今はこの地に立っていた。
彼女は不可能なのがわかっていても口に出したいのだ。もしかしたら別の夢を見てそれを実現することもできたかもしれない可能性を。そうすることがこの寂しさを少しでも埋め合わせてくれるのを知っていたのだから。
鼻をすするアシュリーにロックはなんと声をかけるべきかわからなかった。ただ下手に慰めると自分も彼女と同じ感情が一層強まりそうで不安になった。作戦中に参ってしまうわけにはいかない。そう思った彼はただ無言で彼女の顔を見ないようにするしかなかった。
その時、2人の下に通信が入る。
「ゼオが来たぞ!」
ガタガタと宇宙船が揺れる。部屋の物は固定されているとはいえ宇宙余光に慣れていないアーノルドとしては不安に感じた。こんなことで緊張するのだから自分は根本的に宇宙船に向いていないのかとも思った。
現在、宇宙船はついにZ58惑星に到着した。正確に言えばちょうど大気圏に突入しているところで、このままゆっくりと生活圏の着陸場を目指していたのだ。地球以外の星でも大気圏があるのは珍しいことではない。他銀河の星が人類にとって都合よいものだったのも宇宙に進出できた理由のひとつだろう。正確に言えば大気とは違うらしいのだが科学的なことを掘り下げる気はなかった。
だがおかげで宇宙船は昔よりも格段に進歩していてもこういうあたりはまだまだ改良の余地があると実感させられる。ある意味、進化するべき場所を知れるのは腐らないためにも必要なのかもしれない。
もちろんアーノルドがここまで不安になっているのは宇宙船の揺れだけではない。昨日の軍事大臣との会話がいまだに尾を引いているのだ。慌てても意味がないと頭では理解していたが、今回の宇宙出張への楽しみはすっかり不安と疑問に覆いつくされてしまった。
悪態のひとつでも口に出したい気持ちではあるが、この揺れがどうも苦手で口を開ければ昨日バンドル一家とお茶をした時の物が吐き出されるんじゃないかとも思った。
現状の気分は最悪と言えるアーノルドだが、それでもまったく悪いことばかりではなかった。少なくとも昨日のバンドル一家とのお茶は楽しませてもらった。これまで知らなかったがバンドル一家の大黒柱であるリッブ・バンドルが父と知り合ったのは当人同士が馴染みではなく互いの父親が学び舎を同じくしており親友だったことが由来する。いわば原因は祖父にあって、そこから親交を深めていったというものだったのだ。こう言っては何だがアーノルドとしてはもっと金と権力が絡んだドロドロの付き合いを想像していたため、ただの親友というのは拍子抜けではあった。同時に潔癖な面を持つアーノルドとしては安心した瞬間でもあった。父がここまで秘密にしていたのは自分の親にやり方を習ったのだろう。父も祖父からバンドルを紹介されたのは仕事について大変な頃だったと聞いている。
「私としてはもっと早くても良かったけどね。ワイジーがキミを人前に出せるような仕事に着かせるまでは会わせないと言っていたんだ」
お茶の時にバンドル当主はにこやかに答える。禿げ上がった額に低めの背丈、体格は軍事大臣と違って華奢であった。見た目通りの覇気がない男性であったが神経質そうな顔つきは温和な笑顔ですっかり緩和されていた。
「自分としてもバンドルさんにはもっと早くお会いしたかったですよ。これほどお話がお上手な方だとは」
「そこまで言ってもらえるのは変な気持ちだな。もっと砕けてもいいんだよ?」
「それはさすがにできませんよ」
にこやかにアーノルドは答える。こういう時、いつも自分は落ち着いて笑顔を出せているのかと気になっていたが、数年の政府での仕事のおかげで作り笑顔が身につきいつの間にか本物の笑顔にも影響を与えていたようだ。
そんなアーノルドに対して、バンドル一家の息子テキスは緊張した面持ちで紅茶の入ったカップを握りしめていた。年はまだ10歳前後くらいだろうか、父親に似た神経質な顔つきだが笑顔のすべを持ち合わせていないため怯えているような印象も感じられる。食堂へ来るまで会話もなかったしそう簡単に緊張が解けることはないようだ。
リッブはアーノルドが息子の方を見ていることに気づくと声をあげて笑う。
「最初の夕食時以外に会ったことはなかったからね。気にもなるだろうさ。どうもこいつは私と違って人見知りが激しくてね。少しでも慣れるように迎えに行かせたのだが」
「丁寧な子ですね」
「そう思ってくれたならありがたい。だがいつまでもこういうのじゃ困るんだよ」
困ったように額をかくリッブにアーノルドは苦笑いをする。個人的にはリッブの気持ちよりもテキスの方が彼にとっては同情的になれた。父親が有名だったり特別だとその子供としては割を喰らうのだ。
ともかくこのままリッブにだけ話させているのは気が引けたので、自分から息子の方へと話を振ってみることにした。
「テキス君はどこの学校に行っているのかな?」
「…バーネットスクール」
「バーネット!それはすごい!」
思わず声が大きくなるアーノルドにテキスはびくりと体を震わせる。アーノルドも想像以上に声が出てしまったことに驚いてすぐに口に手を当てた。顔に赤みが差し込むのがイヤでもわかる。
「おっと申し訳ございません」
「いやはや気にせずとも良いんだよ。それよりもアーノルド君はバーネットスクールに思い入れがあるのかい?」
「いやぁ自分としては一度足を運んでみたいと思うのですよ。だってあそこは歴史的に著名な人を何人も輩出しているじゃないですか」
バーネットスクールはヨーロッパ大陸にある世界有数の学校のひとつだ。ここでは思想と科学、化学両方に力を入れており、その教育レベルの高さゆえか歴史に名を残すほどの人物を多数輩出していた。アーノルドが持つ著名人の本にもバーネットスクール出身が複数いた。エスカレーター式なためこの年でも入れるのかと思うとアーノルドとしては羨ましい限りだ。
「自分は残念ながら父の薦めで別のところだったんですが」
「私はそこまで詳しくないな。入学説明や周囲の評判で聞いたことはあるが」
「僕はバレンジャが好き」
だしぬけに主張するテキスに2人の大人は目を丸くする。食堂に来てからほとんどだんまりを決め込んでいた彼が自発的にきっぱりと言うのに面食らったのだろう。
「バレンジャ・ノートンか。バレンリウムの活用法について論文を書いた学者だな。俺はロベルタ・クーベルトが一番かな」
「RANDの人だ!」
テキスの嬉しそうな反応にリッブはますます目を丸くさせる。まさか息子の大人びた趣味に付き合ってくれる人間とこんなところで出会えるとは思っていなかったのだろう。あるいはすっかり気を許したテキスの饒舌に驚いたのかもしれない。
「まっこと驚きだ。アーノルド君がそこまで歴史に詳しいとは知らなかったよ」
「俺もテキス君の博識ぶりには頭が下がります。バーネットスクールに行かせたのは大正解ですよ」
「元々は妻がそこ出身だから勧められたんだがね」
「そういえば奥様はどちらに?お部屋でしょうか」
「娘と一緒にいるよ。さすがにひとり残すのはできないからね」
リッブの言葉にアーノルドは神妙にうなずく。先日の夕食でバンドル一家の旅の目的は知っていたからだ。どうも娘の内臓に悪性の腫瘍ができたとかでそれの治療のためにZ58惑星へ行くとのことだ。このことについてアーノルドは疑問的であった。自分の学校時代の友人も内臓に病気を抱えたことはあるのだが地球で十分に治療できたはずなのだ。それなのになぜ彼らは…また思考の渦に入り込みそうだったが話せる相手を見つけたテキスの質問攻めのおかげで彼の頭は自分の趣味に全力を尽くすために使われることになった。
楽しい思いはするべきだと実感させられる。現に昨日のお茶の時間を思い出すだけでこの大気圏の不安な時間をやり過ごすことが出来たのだから。気がつけば大気圏内をすでに通過して船体は落ち着いていた。すでに船体は着陸準備が出来ておりあとはゆっくりとまっすぐに下がっていくだけであった。このやり方のおかげで着陸まで固定ベルトを外せるようになったのはありがたい。
アーノルドはベルトを外すと冷蔵庫から水を取り出してラッパ飲みする。気持ち悪さがスーッと引いていくような気分だ。今の様子を確認するためにアーノルドは窓の外を見る。そこに広がっていたのは目を疑うような景色であった。悠然と広がる緑豊かな自然に大きな山、空も青く澄んでおりとこの銀河の太陽がZ58惑星を照らしていた。地球のビル街ばかりを見てきたアーノルドにとってこの景色は新鮮そのものであった。いや地球の大自然よりもこの景色は価値があるのではないだろうか。
感動しているところに船内でアナウンスが流れる。
『壁の向こうからゼオが向かってきています。現在順調に殲滅させていますが安全のため着陸速度を少し緩やかにしますのでご了承ください』
ゼオという言葉を聞いたとき、アーノルドの心に曇りが生じた。別に自分が襲われるとは思っていない。しかしこの生物についても政府は隠しているような気がしたのだ。それだけで緊張する理由になる。
この景色についても同じようなものだ。一目見てわかるほど素晴らしい星に大きな陰謀があると考えると、それらが黒いものに寝食されているような気持ちになるのだ。まるで美しい金属に徐々に錆が現れて輝きを曇らせているような。
それも言ったら地球も同じなのかもしれないがあそこはすでに自分にとって慣れた場所なだけであって、父親含めた地球至上主義者である者たちによって好き勝手された土地にしか見えないのだ。それほどアーノルドにはこの景色が美しく新鮮なものに見えたのだ。
すると森の中から何かが飛び上がるのが見える。黒くそれでいて群がるような何かが次々と現れたのだ。
「なんだあれ…?」
目を凝らすアーノルドには嫌な予感しかなかった。この独り言が意識せずに自然と漏れる時ほど決まってイヤなことが起こるのだから。
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